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わたしが驚いたのと同様に、メイナードもびっくりした様子だった。
まさか一介の騎士が会話に割り込んでくるとは思わなかったのだろう。
メイナードはちょっと残念なところがある王子様だけど、人に対してそれほど威圧的な態度に出るタイプじゃないから、友人も多い。第二騎士団の副隊長で、公爵令息のバーランド様とは冗談を言い合うような間柄で、ほかにも同様のお友達がいるんだけど、さすがにそれは貴族――それも、そこそこ身分のある家柄の方たちに限る。
メイナードは多分気にしないんだろうけど、相手の方が恐縮しちゃうからだろう。
だから、騎士の――しかも、貴族でないファーマンから射貫くように見つめられて驚くのも無理はない。
わたしも妃教育でこの国の貴族の名前はしっかり覚えている。
ファーマン・アードラーなんて貴族やその子弟はいないからね。ファーマンがのちのち騎士としての実績を積んで爵位を賜れば別だろうけど、今の彼は貴族じゃない。
おじいさまが前国王の宰相を務めて、お父様もなんだかんだと国の重鎮なんてやってる我がコンラード家は、お父様の人柄なのか、あまり身分にこだわらない。身分の貴賤問わず素晴らしい人物はたくさんいる、と言うのがお父様の持論。だからか、わたしは貴族とか貴族じゃないとかあんまり気にせずお付き合いしてきた。メイナードも身分にこだわるようなタイプではないけど、おそらく二十二年間、一度も身分の高くない相手から威圧的な視線を向けられたことがないのだろう。戸惑っているのがありありと伝わってくる。
「君は……?」
ファーマンと面識がないらしいメイナードが、ちらちらとわたしの肩を抱くファーマンの手を気にしつつ訊ねる。
ここで「その手を放せ!」とか言えないのがメイナード。少し気弱なのよね、昔から。変なところでぐいぐい来るくせに、こういうところは情けない。
ファーマンはわたしの肩から手を放して、胸に手を当てて騎士の礼を取る。
「ファーマン・アードラーと申します」
「アードラー……? どこの所属だ?」
「それは……」
ファーマンは躊躇うように言葉を区切ったけど、小さく息を吐くと答えた。
「第一聖騎士団です」
「聖騎士団?」
メイナードが驚いたけど、ええ、わたしも驚きましたとも。
城には第七部隊までの騎士団がいるけれども、それとは別に、教会には聖騎士団と呼ばれる、三つの部隊からなる騎士団がある。
教皇や枢機卿の護衛が主で、あまり表立った活動をすることがないため、王子であるメイナードもほとんど関わることがない。
「ファーマン、聖騎士団所属だったの……」
「黙っていてすみません。内緒にしていたわけではないのですが……、聞かれなかったもので」
それはそうだ。国が派遣した護衛の中に聖騎士団所属の騎士がいるなんて思わない。教会の人間以外の警護をするなんてありえないからだ。
(わたしが聖女だからかしら……)
だが、聖女に選ばれたからと言って、わたしは教会に籍をおくわけではない。
「聖騎士団……。アードラー、今回アイリーンの護衛についた騎士の中に、何人聖騎士がいる?」
メイナードが少し難しい顔になってしまった。
そうだよね。聖騎士団の扱いって難しいもんね。聖騎士団は教会に所属しているから、王家の命令は聞かない。教会は王家に忠誠を使っているとはいえ、その扱いはとてもデリケート。
もう二百年以上前だけど、教会が王家に反発して、クーデターを起こしたことがあったの。気に入らなければいつでも噛みついてやるからな――、と言わんばかりの教会は、決して王家の忠実な飼い犬ではない。
「私一人です」
ファーマンの答えに、わたしは納得してしまった。そう言えばここへ向かう道中にしても、邸の中にしても、ファーマンはほかの騎士と一緒にすごしていない。一匹狼な感じがして格好いいなーと思っていたけど、なるほど、聖騎士と騎士であれば、一緒に行動しないよね。
「そうか。それで、どうして君はアイリーンの護衛を……?」
「猊下がお命じになられたので」
「それを陛下は?」
「ご存じのはずです」
「………、聞いてないぞくそ親父」
メイナードがぼそっとつぶやく。
メイナード、口が悪いわよー。人前では父上って呼ばないとだめでしょ?
メイナードはすっかり不貞腐れたような顔になって、じっとファーマンを見上げた。
「それで、私にはアイリーンが渡せないとかなんとか言っていたな。アイリーンは私の婚約者だ」
「元ね」
「も、元婚約者だ。それをわかっていて言っているのか?」
メイナード。わかってるも何も、『元』婚約者のあんたには口出しする権利はどこにもないんだけど……。
ファーマンはもう一度わたしの肩に手を回して、大きく頷いた。
「存じ上げております。この度は、リーナ様との婚約、おめでとうございます」
おお! あなたもなかなか言うねファーマン。
メイナードはうぐっと息を飲んで、そわそわと視線を彷徨わせている。
「い、今は私の婚約の話をしているわけでは――」
「それは失礼いたしました」
「それで、君はアイリーンの何なんだ。さっきから護衛騎士のくせに馴れ馴れしいぞ!」
それは私のだと言わんばかりの噛みつきように、頭が痛くなってくる。
さっきも説明いたしましたけどねメイナード、あなたと私は無関係。わかってる?
ファーマンはちらりとわたしに視線を向けて、にっこりと微笑んだ。
「恐れながら、私とアイリーン様は恋人関係にございます」
あ、言っちゃった。
そーっとセルマを振り返れば、目玉が飛び出さんばかりに目を見開いている。あちゃー、あの様子だとあとでお説教されるな。うぅ、ファーマン、嬉しいけれどもできればまだ内緒にしてほしかった。
「恋人関係⁉」
ガタンと音を立てて立ち上がったメイナードが、あわあわしながらわたしに指を突きつけてきた。
「アイリーンと君が、恋人関係⁉」
メイナード、人を指さしちゃダメなのよ。わたしもたまにやってセルマに怒られるもの。
メイナードの顔が見る見るうちに真っ青になっていく。
「どういうことだ! 君は私の婚約者――」
「だから、元でしょ? 殿下とわたしの関係はもう終わったんですから、別に新しい恋人がいても問題ございませんよね?」
「問題大ありだ! 私は認めないぞ!」
「殿下に認めてもらわなくても、父が認めれば別に支障はないんですけど……」
まだお父様には話してないけどね。「聖騎士」ってところがもしかしたら引っかかって来るかもしれないけど、お父様の場合、泣き落として押し通せるんじゃないかしら。
お父様はメイナードとの婚約破棄でわたしが傷ついているのを知っているようだし、これ以上娘の幸せを奪うようなことはしないはず。
手ごわいのはむしろ、お父様よりお母様の方なんだけど、たぶんファーマンの人柄なら乗り越えられる。お母様ってば「男で女の一生は決まる! あなたはもう殿下と婚約してしまっているから仕方がないけれど、変な男をつかまされると一生後悔するのよ!」と拳を握りしめて力説する人。ファーマンを紹介したその日には、しつこいくらいのチェックが入ることだろう。
わたしにお友達が多いのも、「男より女友達を大事にしろ。男を信じると痛い目を見る」――っていうお母様の教育のおかげ。
ああ、勘違いしないでほしいのは、お父様とお母様の仲が悪いわけじゃないの。ただ、……お父様、過去に何をしたのかしらね。たまに「若いころのあなたは」とネチネチ言われているお父様を見ると、たぶん何かやらかしたんだと思う。
おっと、なんだかちょっと脱線しちゃったけど、とにかく、ファーマンとのことを殿下に認めてもらう必要はどこにもないの。
「アイリーン……」
メイナードが捨てられた子犬のような目で見つめてくる。そんな目をしてもダメです。くどいようだが、わたしは素敵騎士のファーマンと幸せになりたいの! もう、王子様なんてこりごりよ。
「殿下、そういうことだから、わたしはファーマンと幸せになります」
「……認めないぞ」
メイナードが弱々しくそうつぶやくが、わたしはつーんと顔をそらす。
やがて、メイナードは大きく息を吐きだすと、しょんぼりと肩を落として、すごすごと邸から出て行った。
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