第45話
現在、私たちはロケットの窓から、地球を眺めている。
「地球は青かった、ぴょん……」
「なにを言っているのでアリマスか? そんな分かり切ったことでアリマス」
「ただ、言ってみたかっただけだぴょん」
「それにしても、打ち上げが失敗せず、順調にオツキサマに向かっておりますワ」
「この調子でいけば、本当にオツキサマに戻れるかもしれないでアリマスね」
私たちが乗っているロケットは月を目指している。
これまでのところ、障害らしい障害はない。偶然降ってきた隕石とぶつかり、ロケットが破損……などは、していない。
可能性としてはとても低いものだが、これまでの私たちにとっては全然低いものではなかった。
つまりは、私たちを『地球に縛り付ける』という『呪い』が消えた……ということか?
しばらくして、ロケットは順調に月の重力圏に入った。
か……帰れたのか?
「やったぴょーん。帰れたぴょん」
「もうすぐ、オツキサマに着陸ですワ」
「うぴょーーーーん。着陸の準備をするぴょーん」
「がってんでアリマス」
こうして私たちは母星オツキサマに帰還した。
オツキサマは一見すると、生物が住んでいないように見えるが、その内部ではウサギ族が栄えている。
なお、内部への入り方はウサギ族しか知らない。
こうして私たちは、数千年の願いを成就したっ!
コングラチュレーション。
故郷の地に足を踏み入れると、3匹そろって深呼吸した。
懐かしい味だ。まるで変っていない。
私たちはそのまま実家への帰路についた。道中、私は数年前、塔の屋上で繰り広げた小僧と小娘との激闘を思い出した。
紅翠押合戦で、熾烈な押し合いが続いていた。
「もう、こうなれば『想いの強さ』で勝負だぴょん。ウサギだって奇跡を起こせるんだぴょん」
「あんたらのいう、奇跡なんて、起こさせてなるものかあああ」
「頼むでアリマス。ボインだけでなく、ボン・キュッ・ボンな体型にしてあげるでアリマーーース」
「そっちこそ、永遠に餅食べ放題で、手を打ちなさーーい。しかも、特級米のもち米よぉぉぉ」
「じゅ、じゅるり………………。いかんいかん。小娘、ではこちらは……」
とかなんとかで、お互いに『想いの力』の『削り合い』に勤しんでいたところ、ガラスの壁に突然大きな力が加わった。
「な、なんだぴょん。突然、あ、圧力が……」
「あわわわわ、あわわわわでアリマス」
1つ目、2つ目とグロウジュエリーの色が赤色から緑色に変わっていく。
私たちの陣地には、残すところ1つのみとなった。歯を食いしばり、耐えるも、圧力は無情にも私たちを押し続けてきた。
「ま、負けますワ。このままでは……。そ、そんなの嫌ですワ……」
勢いは止まらなかった。そして、最後のグロウジュエリーの色が緑色に変わった。その瞬間、ガラスの壁が消えた。
私たちの負けが確定した。
全て緑色となった6個のグロウジュエリーは、点滅を繰り返した後、光の粒子となって砕け散った。
「ま、負けたぴょん……う、うぅぅぅぅ」
「もう、終焉で……アリマス。うぅぅぅ」
「やはり、運命は変えられなかったのですワ……うぅぅぅぅうぅ」
私たちは崩れ落ちた……。
大粒の涙をボロボロと床にこぼす。
その隣で、小娘がぴょんぴょんと大ジャンプしている。
「いやっほおおおおい。勝ったわ! 勝ったのよっ! ボインの勝利よ! 胸よ、早く大きくなーーーれ」
満面のニコニコ顔で、胸を見つめる。
しかし。
………………。
「……あれ? 大きく、ならない? おーい、大きくなってもいいのよー。早くボインになりなさーい」
小娘は自分の胸に話しかけるも、応えてくれない。胸に変化はなく、平たいままである。小娘の顔に困惑の色が浮んだ。
「ど、どどっどど、どういうことなの? グロウジュエリーの伝説ってまさか、『都市』が頭につく方の伝説だったの?」
『都市』伝説? 小娘のその疑問に姉が答えた。
「そんなことないぴょん。確かに、願いは叶えられたぴょん。小娘の願いが叶ってないとすれば、怪力小僧の願いが叶ったんだぴょんっ!」
勝負の行方を決した突然の圧力は、おそらく小僧に由来するものだろう。グロウジュエリーを交えた必殺技によるゲームは、勝った側全員の願いを叶える、というものではない。勝った側で、かつ最も『想い』が強かった者、1名のみの願いを叶えるものなのだ。
小娘の願いが叶っていないのであれば、小僧の願いが叶ったということになる。
「ええええええ。モ、モモくん……、一体、何を願ってたの? 私の、ボイン、よね?」
「ううん。違うよ。だって僕、オメーがボインになろうがなるまいが、どーでもいい事だと思ってんだもん」
「じゃあ、何を願ったのよっ!」
小娘は小僧の肩をぎゅっと掴んだ。そして、叫びながら揺さぶった。
「きったねーな。ツバが飛んだぞー。僕はただただ『どっちの願いも叶って、ハッピーになればいいな』って思っただけだ。だって痛々しいからよー、どっちも」
「はあ? なにそれ?」
「どういうことでアリマスか?」
「そうだぴょん!」
「意味が分かりませんワ」
その後、結局、何も起こらなかった。
『どっちの願いも叶って、ハッピーになればいいな』。
小娘は巨乳にならず、私たちも母星に瞬間移動していない。
つまり、グロウジュエリーは寿命を迎えており、何の奇跡も起こせずに壊れた、と結論付けた。思い起こせば、グロウジュエリーに『永遠』を願った小娘の先祖はずっと女として輪廻転生を繰り返していたのに、今回だけは性別が『男』になっていた。グロウジュエリー自体も、いつもは『宝石』のような外見で生成されるなのに、今回は『石コロ』のような外見だった……。
これはグロウジュエリーの寿命が尽きかけていたことを示していたのだろう。そのため、影響力が、薄れてきていたのだ。
そもそもグロウジュエリーは移動のための道具であり、それ以外の使用法を前提に作られたものではない。本来の使い方をせずに、数千年ももったのなら、長持ちしたと言っていいかもしれない。
どちらにせよ『魂』は女、『体』は男となった今回の小娘は、『元』に戻りたいと強く願った。胸を大きくしたい……すなわち、女の体を手に入れたいと願ったのだ。この想いの力は、尋常ではない程に強力だった。
塔の屋上での勝負を終えてから数日後、私たちは小娘の豪邸に、本当に餅を食いに訪れた。家賃を払えず、アジトを追い出されて行き場を失ったからでもある。
急に押しかけて困らせてやろうという魂胆もあったし、門前払いしてきたら、毎日犬のウンコを玄関前に置いてイタズラしてやろうとも計画していた。
しかし実際に訪れると、大量の餅と住居を用意してもらった。
そのことに感激した私たちは、胸を大きくしたいという小娘の願いを叶えることにした。ちょうどウサギの豆を収穫できたばかりで可能だったのだ。
小娘は、胸が自分の細胞であることを強く意識したいと要望してきたので、小娘の体で『万能細胞』を培養し、その細胞を胸に移植するという術式を選択する。
ウサギの豆の力も借りて、メスを使ったりせず、脂肪を体内で移動させることで小娘の巨乳を実現させた。
小娘は巨乳になれたことに感激した。そして、家の仕事を継いだら、月に向うためのロケットを作ってくれると約束してくれた。
それから数年後が経った。
小娘が実家を継いだ後、私たちは小娘が用意した備品で組み立てたロケットに乗って、何の障害もなく、母星である『オツキサマ』に帰還。
本当に戻れたのだ……。
何千年も顔を合わせていなかったウサギ族の知人たちが、私たちを見て仰天していた。
行方不明で死んだと思われていたらしい。
私は改めて、母星に帰還できた要因について考えてみた。
まず、『究極必殺技』を使用したことが、母星に還れた一因であった可能性がある。『究極必殺技』は、どんなエネルギーでも『刈る』効果がある。この効果がコックピット内にいた私たちにも影響したのかもしれない。グロウジュエリーにかけられた『呪い』の『力』すら刈り取ったのだ。
もしくは、グロウジュエリーが寿命が尽きて、呪いが解けた、という可能性もある。『永遠』を願った小娘の魂が輪廻した体が『男』となっていたことや、グロウジュエリーが石コロになっていたのと同じように、『呪い』の影響力も薄らいでいた。それゆえ、帰還できた。
最後に考えられるのは、何だかんだで小僧の願いが叶えられた、という可能性だ。直接的ではなかったが『運命』が作用し、結果的には小娘の願いも、私たちの願いも叶った。
帰還できた要因について色々と考えられるが、実際のところは分らない。
しかし、要因なんてどうでもいい。
こうして帰れたことが、なによりも嬉しいのだから。
姉は久しぶりに会った旧友のウサチンに、お土産として持参した餅を見せていた。そして食べ方を教えていた。
「こうやって食べるんだぴょん」
「私も食べるウサウサ~」
ウサチンが、ぱくっと食べる。
「おおお、これは、美味だウサウサ~」
続けて、ぱくぱくと食べていく。
「そんなに急いで食べたら、駄目ですワ」
「ぱくぱくウサウサ。美味しいウサウサ~。……う、うぐぐぐぐぐ」
「ほーら、喉に餅がつっかえたでアリマス!」
「そういえば、当たり前に食べていたから、忘れていたけど、餅って注意して食べないといけない食べ物だぴょん」
「う。うぐぐぐぐ……うぐぐぐぐ……」
ウサチンは喉に餅を詰まらせて窒息寸前だ。
しかし、私はこんな時のために、ある道具を地球から持ってきていた。
「こんな時の為に、ちゃーんと持ってきているのでアリマスよ。喉に餅を詰まらせた時には掃除機が活躍するのでアリマス」
「おおお、さすがはばにーお姉さま! それを持ってきたのですね」
「人間が作った機械はローテクノロジーだけど、役に立つ道具もあるのでアリマス! はいっ! お掃除ロボっ!」
「この吸引がすごいんだぴょん。しかも、自動で床を動いて、ゴミを吸いとってくれるぴょん」
「うぐぐぐぐ……うぐぐぐぐぐ……」
円盤型の掃除ロボは、自動的に床掃除を始めた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。これで、どうやって喉に詰まった餅を取るのですか? ウサチン、死にそうになってますワ」
掃除機は周囲を綺麗にしてくれている。その隣でウサチンは『うぐぐぐぐぐ』と苦しんでいる。
「うっしっし。喉に詰まった餅を取るには掃除機が有効! しかし、これは一段階、進化しすぎていたでアリマス。ちゃーんと、コードレスのハンドクリーナーも持ってきてるでアリマス。これをこうして吸引口を口の中に突っ込んで……吸引、オンっ!」
掃除機をウサチンの口に突っ込んで、スイッチを入れた。
ぶおおおおおおん、と音が出て、ウサチンの喉から餅がポコンと取れた。
ウサチンは餅を見ながら、ガクガク震えた。
「も、餅とは怖いものだウサウサ。怖すぎるウサウサ……怖すぎるから、全部食べて退治するウサウサ~」
そう言って、再び餅を食べ始めた。
………………。
「ちょっと待つぴょん。それは、私の分だぴょーん」
「ウサウサ。ぱくぱく。ウサウサ。ぱくぱく。これは美味しいウサウサー」
「私も食べますワ」
「同じくでアリマース」
気付けば、他のウサギたちも集まってきて、餅の取り合いっこになっていた。
オツキサマは昔と変わらず、平和だった。
地球に取り残された月の民・ウサギ三姉妹の逆襲~ロボチートで【不幸】の呪いをはねのける~ @mikamikamika
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