保険金詐欺②
盗難保険導入から四十日が経過した。
「どうしてこうなった……」
俺は目の前に並んだ書類に目を通しながら、頭を抱えていた。
目の前に並ぶ書類は直近の五日間で支払った保険金額を纏めた書類である。
六日前までは好調であった。日々の収支も安定し、新たに奴隷を購入して事業を更に拡大させようか等と意気込んでいたりもした。
しかし、五日前から収支が大幅に狂い始めた。
五日前。徴収した保険料は七十三万G.支払った保険金は百三十万G。保険料は、事故率及び被害金額を統計的に分析し算出する。なので、短日であれば支払った保険金が保険料を上回るということは往々にしてあり得る現象だ。幸い、今までプール金として貯めていた貯蓄もあるので、こういう日もあるか、と軽い気持ちで考えていた。
四日前。徴収した保険料は八十二万G。支払った保険金は百五十万G。二日連続で、支払った保険金が徴収した保険料を上回った。しかし、分析はあくまで確率論であり、机上の空論だ。こういう日もあるか、と考えた。
三日前。徴収した保険料は九十八万G。支払った保険金は二百十万G。三日目にして、ロス率――徴収した保険料に対して支払った保険金の割合が二百%を超えた。
流石に、これはおかしいぞ? と思い、調査をしてから保険金を支払いたかったが、この世界では保険という制度は浸透しておらず、「保険金を支払うのをちょっと待ってくれ」と言ったところで「詐欺だ!」と騒がれて、悪評が広がるだけとなるので、渋々保険金を支払った。
そして、二日前、本日と、日々ロス率は悪化の一途を辿っていた。
この五日間で支払った保険金は五百六十万G。プール金もそろそろ底が見え始め、破産を告げる鐘の音が聞こえてきた。
俺は緊急会議と称し、カシム、アドラン、シャーロット、ついでにルナを招集した。
「リク殿、本日のご用件は……最近多発している盗賊被害の件でしょうか?」
商業ギルドの長であるカシムは、すぐに本日の議題に気付く。
「リク! どうなっておるのじゃ! このままでは、冒険者ギルドも破滅してしまうわ!」
俺と同じく、保険金――被害金額の半分を支払っているアドランも出会い頭からご立腹だ。何でも、冒険者側で負う保険金の支払いは、半分を冒険者、半分は冒険者ギルドで負担しているらしい。冒険者が支払えないときは、冒険者ギルドが肩代わりするらしい。
「アドラン。落ち着け。追い詰められているのは俺も同じだ」
俺は激昂するアドランを宥める。俺も同じとは言ったが、アドランと違い、俺は自分の財産を投げ打っているのだ。俺の方が状況は酷いと思う。
「まずは、被害状況を確認する」
俺はシャーロットに被害状況の報告を頼む。
「ここ五日間での被害件数は二十三件ですわ。六日前までの被害件数の平均は二件だったので、倍以上になっている計算ですわ」
「アドラン。ここ最近で勢いを増している盗賊団、もしくは新規の盗賊団はいるのか?」
俺はアドランに尋ねる。被害件数の増加。これは一重に盗賊団の強化もしくは増加を意味する。
「そうじゃな。そういう報告は上がっておらん。むしろ、盗難保険を導入してから、護衛を雇う商隊が増えたから、盗賊は廃業に追い込まれておると報告を受けておった」
アドランが俺の質問に答える。
「なるほど。しかし、ここまで被害が増えた以上、もう一度調査を頼む」
「わかっとるわ! 儂らも死活問題じゃから、早急に取りかかる」
アドランが力強く答えてくれる。
「次いで、被害に遭った商会に共通点はあるか?」
「そうですわね。ここ五日間で二回以上の被害に遭った商会は三つありますわ」
「二回以上? 三回以上被害に遭った商会はいるのか?」
俺は自作自演による保険金詐欺を疑う。
「申し訳ございません。私の報告が悪かったですわ。五日間で二回被害に遭った商会が三つ。三回以上被害に遭った商会はありませんわ」
シャーロットが深々と頭を下げて謝罪する。
「つまり、この五日間で被害に遭った商会の数は二十か……。その二十ある商会で、同じ親族が経営しているといった、関連性の深い商会はあるのか?」
俺は被害に遭った二十の商会の名前が記載された書類をカシムに手渡す。
「ふむ。そうですね。これらの商会は全て小規模の商会ですね。店主同士が顔馴染みということはあると思いますが……そこまで深い仲だと思われる商会の組み合わせはありませんね。強いて言えば……」
カシムが手渡された書類を眺めながら、首を傾げる。
「強いて言えば?」
「いえ、大したことが無いというか、関係ないとは思いますが……店主が二代目や三代目といった商会が多いですね。後は、かつて繁栄していた商会が多いでしょうか?」
カシムが考えを絞り出すように、答える。
店主が二代目、三代目が多くて、かつて繁栄していた商会が多い。言い換えれば、ボンクラな二代目が継いで今は経営が上手くいっていない商会が多いということか?
「カシムさん。この被害に遭った商会の財政状態を調べることは可能か?」
「はい。ギルドに戻れば、毎年提出して貰っている財務諸表があるので、調べることは容易ですね。今からギルドの者に持ってこさせますか?」
緊迫した状況を感じて、後日では無く、今からというあたりが、カシムが商業ギルドの長として優れていることを示していた。
「悪いが、頼めるか」
「了解しました。この問題は、リク殿だけでなく、冒険者ギルド、商業ギルドの将来にも関わる重大な事案です。すぐに持ってこさせます」
カシムは通信機を取り出し、早急に連絡を取る。
財政状況に苦しんでいる経営者が、保険金詐欺を働く。よくある……とまでは言わないが、元の世界でも聞いたことのある事案だ。
俺の自宅兼事務所から、商業ギルドは目と鼻の先の距離だ。十分もしない内に、商業ギルドの職員が、指定された商会の財務諸表を持参してくる。
渡された財務諸表に目を通すと、頭痛がこみ上げてくる。
何だコレ……よく、今までこれで経営が成り立っていたな。俺は頭を抱えながら、渡された書類をカシムに返す。
「これは……我がギルドに加盟している商人とはいえ、酷いですね」
カシムも書類に目を通すと、目を見開き、乾いた笑い声を漏らす。
財務諸表に記載された数値を見る限り、毎期赤字だ。資産は月日を重ねる度に、目減りしている。
「ってか、何だよ……この使途不明金の額は」
商売が下手なのはわかるが、経費に計上されている項目の中に使途不明金が多すぎる。
「流石に、全ての商会の財務諸表を確認することはないのですが……改めてみると、凄いですね。交際費が経費の三十%以上を占めるって異常ですよ」
「リク……お前は財務諸表を読めるのか……お前は本当に冒険者なのか?」
使途不明金の一つである交際費の多さに驚愕するカシムと、俺が財務諸表を読み解いたことに驚愕する見当違いのアドラン。
「とりあえず、明日以降は財政状況が苦しい商会の動きを調査するか」
しかし、縁もゆかりもない商会が一致団結して保険金詐欺を働く。あり得るのか? 他にも、幾つかの要素が絡んでいるような気がするが……。
しっくりとしない気持ちを抱いたまま、本日の会議を終了しようとした、その時。視界の隅で、書類を見ながら首を傾げるルナを捉えたのであった。
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