奴隷の在り方

 傷害保険も盗難保険も順調な運用が続き、俺の生活基盤も安定してきたある日。


 俺は情報収集も兼ねて、馴染みの冒険者を三人誘って、酒場で夕食を楽しんでいた。


「今日は俺が奢るよ」


「流石はリクだな!」


「とは言え、その金は俺らから徴収した保険料だろ?」


「まぁ、そう言うなって。傷害保険が導入してからは治療費の心配も無くなったし、俺達も助かってるじゃねーか」


 俺が飯代を奢ると告げると、囃してて喜ぶ者、冗談交じりに俺をからかう者、そんな俺を庇う者と三者三様の対応を取られるも、全員の表情には笑顔が浮かんでいた。


「まぁ、収支は安定してるな。これも一重に、お前達が怪我をしないお陰だ」


 俺も冗談交じりに笑顔で答える。


「そういえば、リクが始めた盗難保険だったか? アレのお陰で護衛クエストが大幅に増えたぞ」


「そうだな。報酬金額は少し悪くなったが、実入りが確実なクエストが溢れているから、無一文な日は減ったぞ」


「そいつはよかった」


 盗難保険に伴う護衛クエストの増加は冒険者からも好評のようで何よりだ。


 運搬によりリスクが無くなり商人が喜ぶ。護衛クエストが増えて冒険者が喜ぶ。保険料が増えて俺が喜ぶ。絵に描いたような好循環な流れに、俺の頬もつい緩んでしまう。


「盗難保険と言えば、リクが最近購入した元貴族の奴隷も好評だな」


「シャーロットのことか?」


「そうそう! そいつだ! シャーロットちゃんだ。頭は回るし、礼儀も出来ている。何より……すげー美人じゃねーか! ルナちゃんに続いて当たりの奴隷だな」


 冒険者の一人がシャーロットの事をベタ褒めすると、他の冒険者も口々にシャーロットとルナを称賛する。


「シャーロットは確かに当たりだな。ルナは……当たりなのか?」


「馬鹿野郎! ルナちゃんが当たりじゃ無くて、誰が当たりなんだよ!」


 俺の返事を聞いた冒険者が激昂する。


「えっ? そこまで怒るか?」


 俺は過剰なまでに激昂する冒険者の態度に引いてしまう。


「ったりめーだ! 馬鹿野郎! お前はルナちゃんの剣技を見たことあるのか!」


「ルナの剣技……? 勿論あるぞ」


 そもそも、ルナに剣の才能があると教えたのは俺だ。最近は、盗難保険の事務処理に追われて一緒に冒険には出掛けていないが、ルナの剣技は知っている。


「ルナちゃんの剣技……アレは化け物だぞ」


「そうだな。一対一であればルナちゃんに勝てる奴は、いないかも知れないな」


「この前一緒に冒険に出掛けたが、Sランクの冒険者並じゃねーか?」


「馬鹿野郎! お前はSランクの冒険者と冒険したことはないだろうが」


「はっはっは。言われてみればそうだな」


 口々にルナを称賛する冒険者達。最後は、何が面白いのか大声で全員で笑っている。


 現在、俺とシャーロットは盗難保険の事務処理で忙しい。事務処理能力で言えば、完全に戦力外のルナは、自分の食い扶持は自分で稼いでこい、という事で冒険者ギルドに稼ぎに行かせていることが多い。


「そうか。ルナは皆に受け入れられているのか」


 俺は日中のルナが何をしているのかをよく知らない。律儀にその日に得たクエスト報酬を全額俺に渡してくれているが……。


 そうか、ルナは冒険者に受け入れられているのか。それはよかった。


「リク! お前は自分の贅沢な状態に気付いていない!」


「「そうだ! そうだ!」」


 酒に酔ったのか、冒険者は俺への絡みが強くなる。


「そうか?」


「そうだ! ルナちゃんレベルの強さを持った奴隷は、本来存在しない! 存在したとしても、購入額は天文学的な値段になるぞ」


 ルナの値段は諸経費込みで十二万Gだったな。天文学的と言うか、奴隷の平均額よりも少し安いくらいのお買い得品だったな。俺はルナの購入金額を思い出す。


「ふむ。そうなのか。それならお前達も奴隷を買えばいいじゃないか?」


「馬鹿野郎! ルナちゃんみたいに強くて、可愛くて、素直な奴隷が売っている訳ねーだろ!」


「それに仮に奴隷を買ったとしても、俺達みたいな根無し草には奴隷を養えないさ」


 俺の返答を聞いて、冒険者達は口々に反論をしてくる。ってか、こいつの口癖は「馬鹿野郎!」なのか。


「しかし、シャーロットはともかく、ルナは奴隷としての自覚に欠けているぞ?」


 一方的に文句を言われるのも気分が悪いので、俺は普段のルナの態度を思い出しながら反論を試みた。


「奴隷の自覚って……リクは旧時代の貴族様かよ」


 俺の反論を聞いた冒険者が、呆れた表情でため息を吐く。


「えっ? でも、ルナは奴隷として俺を主人として扱う態度が欠けているというか、口の利き方もなってないというか……俺を舐めてるというか……」


 俺は普段のルナの態度を思い出しながら答える。


「だーかーらー、お前は旧時代の貴族様か? って言うんだよ!」


「どういうことだ?」


「ルナちゃんはお前の命令を無視するのか?」


 俺はルナとの生活を思い返す。


「無視はしないな」


「ルナちゃんはお前に危害を加えたことはあるか?」


「無いな」


「だったら、十分にいい奴隷じゃねーかよ!」


「でも、普通奴隷と言ったら、ご主人様の命令は絶対で、常に主人の目を気にして……」


「は? リク? お前はそういう趣味があるのか?」


 冒険者達が俺に絶対零度の視線を向ける。


「いや、俺にそういう趣味がある訳じゃ無くて……何て言えばいいんだ? そう、世間一般的にだな……」


 俺はしどろもどろになって答える。


「リク。お前は賢いが、時々常識に欠けるよな」


 冒険者が呆れたようにため息を吐く。


 その後、冒険者からこの世界――正確にはこの国での奴隷の在り方を聞いた。


 昔は俺が想像していたような奴隷制度が蔓延していたらしい。奴隷は人に非ず。満足な衣食住も与えられず、家畜の如く扱われていたらしい。しかし、ある日奴隷が反乱を起こしたそうだ。


 しかも、異世界から来た勇者が先頭に立って。


 そういえば、女神様は俺以外にも過去に何人もの人間をこの世界に転移させたとか言ってた記憶があるな。


 結果として、旧時代の奴隷制度は崩壊したらしい。


「は? じゃあ、何で奴隷制度がまだ残ってるんだ? そんな事が起きたなら奴隷制度事態を廃止すればよかったじゃないか?」


「勇者様はそうしたかったらしいが……当人であるはずの奴隷がな」


 俺の疑問に、冒険者が昔話の続きを聞かせてくれる。




 何でも、奴隷達が奴隷という立場――他者から支配される立場から抜け出せなかったらしい。


 今まで自由を奪われた立場の者が、「自由ですよ。はい、どうぞ」と言われても、困惑し自立出来なかったようだ。こうして、支配者達の需要と支配される者の需要がなぜか一致し、奴隷制度は継続。但し、奴隷にも人権は認められ、現在の緩い奴隷制度へと落ち着いたらしい。


 考えてみれば、俺の元の世界の社会人。特に、ブラック企業と呼ばれる劣悪な労働環境の中で働く社畜と呼ばれていた人たちが、多く存在した。


 この世界で言えば、奴隷になれば衣食住が主人より与えられる。同時にやるべき事――命令と言う名の仕事が与えられる。


 起床→仕事→帰宅→就寝→起床→仕事……以下ループの社畜と、この世界の奴隷ではそこまで大きな違いは無いのかも知れない。


 細かい違いは沢山あるけれど、言うなれば、この世界の奴隷とは終身雇用みたいなものか、と勝手に脳内にインプットした。


 ちなみに、嫁(もしくは旦那)を求めて奴隷を購入する猛者も多いらしい。


 そうなると、結婚相談所まで兼ねているのか!? すげーな異世界。




「そういえば、リクの望む奴隷も存在はするぞ」


「いや、望んではないが……」


 冒険者がふと思い出したように、俺に話をする。ちなみに、冒険者の言う俺の望む奴隷と言うのは、旧時代の貴族様の奴隷を指しているのだろう。


「しかし、そういう奴隷を購入するには一定以上の身分が必要になる」


「しかも、そういう奴隷は重犯罪を犯した元犯罪者のみだな」


 この世界の闇は深いらしい。


「まぁ、そういう奴隷はいらないな」


「「「当たり前だ!」」」


 その後も、最近の首都での噂や、冒険者で流行している金になる噂話を肴に夕飯を楽しんだ。


 有意義な噂話、そして奴隷に関するカルチャーショックを受け、程よい時間になったので、本日は解散することになった。


「そろそろお開きだな。今日は楽しい話をありがとな」


「馬鹿野郎! いいってことよ」


「奢りなら、いつでも誘ってくれ」


「今度は、ルナちゃんとシャーロットちゃん同伴でもいいぜ」


 俺は手をひらひらと振って、別れを告げる。


「「「リク!」」」


 去りゆく俺に、三人が名前を叫ぶ。俺が何事かと振り返ると、


「これだけは言わせてくれ!」


「ルナちゃんは最高だ!」


「シャーロットちゃんも最高だ!」


「「「お前なんかもげちまえ! 馬鹿野郎!」」」


 俺は、なぜか罵倒されながら店を出るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る