盗難保険⑦

 盗難保険導入の初日を終えた。


 加入した顧客の数の定期便利用の商人も併せて四十二件。請け負った保険金――運搬した商品の総額は六百八十万G。得られた保険料は四十七万五千G。


 道中で盗賊に積荷を奪われた件数が二件。被害総額は三十八万G。被害総額の半分を冒険者ギルドが負ってくれるので、支払った保険金は十九万G。


 つまりは、本日は二十八万五千Gの黒字だ。


 ウハウハだ。一日の稼ぎが二十八万五千G。


 この金額は駆け出しの冒険者の月収以上となる。とは言え、このペースが続くとは限らない。保険金のプール金として保管しておくのがベストだろう。


 盗難保険を実際に導入して気付いた点をアドラン、カシム、シャーロットと話し合うことにした。


「ガッハッハ! 大儲けじゃな!」


 護衛クエストの依頼数が五倍以上となり、得られた報酬が四倍以上となったアドランが左団扇で喜ぶ。


「商業ギルドとしても、盗賊に襲われる件数が激減。被害に遭った商人も奪われた商品の金額が補償されたので、概ね好評です」


 カシムも目を細めて笑みを浮かべる。


「加入率が想定以上だったな」


 俺は商業ギルドが把握している、本日の運搬数と保険の加入数を見てほくそ笑む。


 予想では、加入率は七割だった。私兵を擁する大手商会の運搬数がおおよそ全体の二割。残った中小規模の商会の加入率は六割~七割くらいであると予測していたのだ。


「大手の商会が利用しないのは想定内でしたが、それ以外の商会の加入率は九割近くありましたからね。まぁ、加入の要因としては護衛の費用が安くなったというのも大きいですが」


 俺の言葉を受けて、カシムが状況を分析してくれる。


 確かに、【保険に加入する】のが目的ではなく、護衛を雇ったら【ついでに保険にも加入させられた】という認識の商人が多かった気がする。


「まぁ、保険って制度はまだ根付いていないからしょうが無いだろうな」


 俺は軽く息を吐いて、苦笑する。


 他にも想定外と言えば、保険に加入した商人の平均保険金額が、事前に調べていた平均運搬額よりも低かったが、これは大手の商会が未加入という点が原因だろう。


「ちなみに、何か問題点はあったか?」


 俺が周囲に意見を求めると、シャーロットが遠慮気味に手を挙げる。


「奴隷の身でありながら、発言を求め――」


「シャーロット! そういうのはいいから。必要なことだけ話せ」


「畏まりましたわ。失礼……コホン。えっと、リク様から教えられた言葉を用いると保険金詐欺? とでも言えばよろしいのでしょうか? 保険に未加入でありながら、盗賊の被害に遭った商品を補償しろと怒鳴り込んできたおバカ様がいっらしゃいましたわ」


「保険金詐欺?」


「はい。保険証券をお持ちじゃ無かったので、お帰り願いましたわ」


 俺の問い掛けに、涼しい顔で答えるシャーロット。


「ちなみに、保険証券を無くしただけとかいう可能性はあるのか?」


「そのおバカ様も無くしただけと、のたうち回っていましたが、こちらで控えていた名簿とも合致しなかったので、間違いなく詐称ですわ」


 シャーロットは俺の質問に胸を張って答える。


「なるほど。初日からそんなアホが湧くのか……。先行き不安になるな」


 俺は頭を抱えて、ため息を吐く。


「今後もそのような不貞な輩が現れる可能性が十分にありますわ。どのように処理致しますか?」


「常に俺とシャーロットが受付をすれば、成りすましを防ぐことは可能だが……」


 今日に限れば、全ての受付を俺とシャーロットで実施した。言ってしまえば、加入した商人の顔は全て覚えている。


 とは言え、今後も常に俺とシャーロットの二人が受付をするのか、と言えば、そんな訳がない。シャーロットはともかく俺が一日中拘束される日々が続くのは、正直避けたい。シャーロットに関しても、思った以上に高スペックだったので、受付業務のみをさせるのは正直勿体ない無い。


「そうなると、例の話はペンディングかな?」


 カシムが悩む俺を見て尋ねる。


 例の話とは、商業ギルドから受付をする人員を借り入れるという話だ。


 常に、奴隷を購入して補充というのも芸がない。何より、奴隷を買えば衣食住に関してのコストが増加してゆく。そこで、一日一万Gを支払い、商業ギルドから受付をする人員を借り受けるという提案もしていたのだ。


「いや、流石に今後も常に拘束されるのは勘弁願いたい。俺には盗難保険だけではなく、傷害保険もあるからな」


「そうじゃ。今回のリクの施策には満足しているが、傷害保険は継続して貰わないと困る」


 アドランからも横やりが入る。


「とりあえず、受付をする時に記入する書類を二部用意しよう。顧客――商人には二度手間にはなるが、署名をした控えを俺らも控えることによって、成りすましの詐欺を防止するとしようか」


 贅沢を言えば複写式の書類があればベストなのだが、この世界にはカーボン用紙が存在しない。作ればいい! 発明すればいい! とも思えるが、俺はそのような知識を残念ながら有していなかった。


 他にも幾つか改善点を話し合い、定期便の路線と本数を増やすことが決定。


 興味深い話としては、保険に加入しなかった顧客から聞いた理由が「は? 運搬はギャンブルだろ! 大金を得るのか! 奪われるのか! オールオアナッシングだ! そんな日和った制度を利用する訳ねーだろ!」と言う、破滅回路の持ち主が数名いることが分かったことであった。


 今後も問題点が露出する都度、改善策を話し合おうと決めて、盗難保険導入初日の打ち合わせを終えたのであった。

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