盗難保険⑤
「何じゃ? リク? 儂は護衛クエストの報酬金を引き下げることには納得しておるぞ」
「いやいや、カシムさんが言いたいことはそういう事ではない」
「む? しかし、奴がそう言っただろ」
「カシムさんが言いたいことは――」
「私の口から話しますよ。アドラン。貴方は存じ上げないかも知れないが、商人が運搬する商品は何も百万G規模のみではない。むしろ、百万Gなどの大口は稀だよ」
「ふんっ! そんなことは知っておるわ! リクの話した百万Gというのは、あくまで分かりやすい例えじゃ。そんなこともお主は――」
「アドランは本当に分かっていますか? 商人の中には個人で営んでいる者も多い」
「ふんっ! そんなことは百も承知じゃ」
「ならば、運搬する商品の最低金額はいくらくらいかはご存じかな?」
「最低金額じゃと? そんなもんは大体一万Gにも満たない……ハッ!?」
カシムは何を問題定義にしたいのか、アドランがようやく気付く。
「そう、中には一万Gにも満たない少額な商品を運搬する商人も大勢いる。仮に一万Gとしても、運搬する商品の八%――つまりは、八百Gで護衛を引き受けてくれる冒険者はいるのかな?」
「む、むむ……そ、それは……」
「仮に! 引き受けてくれる冒険者がいたとして、その金額で仕事を請け負ってくれる冒険者は盗賊を撃退出来るのかな?」
カシムは言い淀むアドランを責め立てる。
「そのような少額な商品を運搬する商隊は――」
「切り捨てろと? では、幾らから引き受けますか? 百万Gですか? 一〇万Gですか? 我々商業ギルドに加入していて、十万G未満の商品を運搬している商人は何人いるかご存知ですか?」
「そ、それは……」
アドランが助け船を求めるように俺へと視線を向ける。
「カシムさん。流石です。俺の想定していた問題は、まさしくそれです」
俺はカシムに笑顔を差し向ける。
「ほぉ。流石はリク殿。勿論、解決策も考えてありますよね?」
「無論だ」
「マーベラス! 頼もしい限りです」
俺の表情を見て、カシムがニヤリと笑う。
「一応、解決策は考えてあるが……それが可能かどうかをお二人に判断して欲しい」
「何じゃ? 言ってみろ」
「是非、お聞かせ願います」
俺の言葉を受けて、アドランはホッとした笑みを浮かべ、カシムは俺を試すような笑みを浮かべる。
「俺の考えた解決策は――連隊を組むという案だ」
「連隊じゃと?」
「連隊ですか?」
「連隊という言葉が当てはまるかは不明だ。定期便という言葉の方がしっくり来るのか? 説明をする前に、二人に質問だ」
「何じゃ? 言ってみろ」
「何でしょうか?」
「まずは、アドランに質問だが、護衛クエストの最低報酬金額はいくらだ?」
「そうじゃの……拘束する時間にもよるが、最低でも五千Gは欲しいな」
「五千Gか。つまりは、六万二千五百Gか」
俺はアドランから聞いた金額を聞いて、引き受け可能な運搬する商品の最低金額を割り出す。
「次いで、カシムさんに質問だ。商業ギルドに所属している商人の中で六万二千五百……って面倒だな。七万G未満の商品を日常的に運搬している商人の人数は全体の何割だ?」
「そうですね。詳しくは帳簿を見ないと分かりませんが、三〇%以上はいると思います」
「この街の一日に運搬する商隊の数はどのくらいだ? 出来れば、私兵を雇っている大規模商会の運搬は除いて、教えて欲しい」
「そうなると……三〇~五〇ですかね? 感覚的な答えとなりますが」
「すると、七万G未満の商品を運搬する商隊の数は一日で十件以上はあるな」
「そうなりますね」
二人からの答えを聞いて、俺は笑みを浮かべる。
「ならば、可能だな」
「「ほぉ」」
俺の表情を見て、アドランとカシムが声を合わせる。
「カシムさん。仮に、護衛にかかる経費が運搬する商品の八%。盗難保険の保険料が運搬する商品の七%として、保険に加入する商人はどのくらいになると思う?」
「それは、運搬する商品の価格を問わずの経費として考えても?」
「勿論だ」
「ならば、私兵を擁する大商会を除いたほとんどの商人が加入するでしょう。商業ギルドとしても、全面的に協力させて頂くので、少なく見積もっても大規模商会を除いた九割は加入するでしょう」
俺の聞きたい答えは全て揃った。
「ならば、七万G未満の商品を運搬する商隊に関しては、纏めて護衛をする。という案はいかがだろうか?」
「纏めて護衛だと?」
アドランがオウム返しに聞き返してくる。
「そうだ。方法は二つある。一つは、一定以上の商隊が集まったら出発する方法。もう一つは、定期便の様に決められた時間に商隊が集まり纏めて護衛する方法」
「ふむ。面白いな」
「なるほど。それなら少額の経費でも護衛を雇うことも、保険に加入することも可能となりますね」
俺の案を聞いて、二人がしきりに頷く。
「リクのオススメはどっちだ?」
アドランが俺に尋ねる。
「そうだな。双方に善し悪しはある。前者ならば、冒険者ギルドは一定額以上のクエスト報酬金を得られる事が確定する。但し、商人側からすれば、いつ出発するか分からないというデメリットがある。後者であれば、仮に一日二便と設定すれば、常に安定した収入を得られることが出来るし、クエストを受ける冒険者もクエストで拘束される時間が明確化されるので、受注し易くなる。但し、規定の商隊が集まらなかった場合は安い護衛費用でクエストを受けるというデメリットがある」
「前者」
「後者」
「「だな」」
アドランとカシムの正反対の言葉が見事に重なる。その後、しばらく言い争う二人を静観する。
「リク!」
「リク殿!」
「「お主(貴方)が決めてくれ!」」
最終的に、決定権は俺へと委ねられる。
どちらの恨みも買いたくはない。出来れば、あちら主導で決まって、俺としては一枚噛む程度が責任的にも程よいのだが……。
「そうだな……。定期便でいいんじゃないか? 最初は需要が多そうな、朝・夕のみにして、集まった商隊の数の統計を取って、今後増減させればいいんじゃないか?」
「流石はリク殿! マーベラスなご判断です!」
「むぅ……。そうか……リクが言うのであれば……」
カシムは満面の笑みを浮かべ、アドランは苦虫を潰した表情をしながらも納得の様子を見せた。
その後、三人で細かい打ち合わせを何度も繰り返した。新たに追加された要素は、運搬にかかる日数に応じて保険料及び護衛費用が高くなるという、基本的な事項であった。
そして、盗難保険が実現する運びとなったのであった。
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