盗難保険④

 アドランに連れられて商業ギルドへと出向いた。


 流石は冒険者ギルドの長。全ての受付を顔パスで通過。無駄な挨拶は全て省いて、商業ギルドの長が待つ部屋へと辿り着いた。


「アドラン殿。よくぞ参られました。そちらの御仁は?」

 頭にターバンを巻いて、口ひげを生やした恰幅の良い中年男性が柔和な笑顔を浮かべる。


「カシム、元気そうじゃな。こいつはリク。例の保険を考えた冒険者だ。後ろの二人はリクの従者だ」

 アドランは面倒そうに、俺とシャーロットと指さし、簡単な紹介をする。


「初めまして。リクです」

「シャーロットですわ」

「ルナなのですよ。よろしくなのです」

 俺はカシムに手を差し出し、握手を交わすと、シャーロットはスカートの端をちょこんと摘まんで、貴族風の挨拶をし、ルナは元気いっぱいに挨拶をする。


「ふむ。噂通りの御仁じゃな。確かに、粗暴な冒険者ギルドには、似つかわしくない御仁だ」

「ハッ! 粗暴で悪かったな。こいつは、確かに冒険者らしくはねーが、腕前も中々なもんだぞ」

 商業ギルドの長――カシムが頬を緩めると、アドランは獰猛な笑みを浮かべて答える。


「それに、後ろのお嬢さんは……そうか、良き御仁に拾われたのだな」

 カシムはチラッとシャーロットへと視線を送ると、柔和な笑みを浮かべた。


「シャーロット。知り合いなのか?」

「過去に少しですが」

 俺は小声でシャーロットに尋ねると、シャーロットは小さく首肯した。


「っと、商人の世間話に付き合ったら日が暮れちまう。リク、盗難保険の説明をしてくれ」

 挨拶もそこそこに、アドランが本題へと話題を差し向ける。


「了解」

 俺は、その後書類を用いて冒険者ギルドで話した内容と同じ説明をカシムへと話した。


「なるほど、なるほど。噂とはあてにならないものですね」

 俺の説明――プレゼンテーションを聞き終えたカシムは、口髭を触りながら頬を緩める。


 ヤバっ!? 護衛を付けた場合の実際の被害率は一〇%も無く、俺の取り分が増えることに勘付かれたか?


 俺はポーカーフェイスを装い、尋ねる。


「何か不審な点があったか?」

「いえいえ。そういうことでは無く――素晴らしい! マーベラス! 自己の利益のみを追求した話ではなく、冒険者ギルド、我ら商業ギルド――関わる全ての者に幸福をもたらすマーベラスな提案です!」

 上機嫌に両手を挙げるカシムの姿に俺は胸をなで下ろす。


「そいつは良かった」

「全く……噂などあてになりませぬな。リク殿は噂以上に聡く、高潔な人物です」

「お褒めいただき、光栄だ」

 俺はあまりの称賛に背中がむず痒くなる。


「どうですか? 一層のこと……所属先を冒険者ギルドから商業ギルドに移籍しませんか? リク殿でしたら、即幹部の椅子をご用意することも――」

「っ!? カシム! てめえ! よく儂の目の前で引き抜きなど姑息なことが出来るな!」

 上機嫌なカシムの提案に激昂するアドラン。


「いやいや、冒険者ギルド……そして、アドランには恩がある。有り難い話だが辞退させて貰うよ」

「左様ですか」

 カシムはさして気にしない表情で答える。


 俺自身、この異世界で生活が出来ているのは、冒険者ギルドの存在が大きいと自覚している。何より、商業ギルドに所属してしまうと、元の世界の会社員の生活に戻りそうな予感もある。折角の異世界生活なのに、社畜になるのは勘弁だ。


「ハッハッハ! 流石はリク! よく言った!」

 そして俺の返答を聞いて上機嫌になるアドラン。


「しかし、勿体ないですな。リク様の才能――このような脳みそまで筋肉出来ている男の元では、発揮出来ますかな?」

「な!? 誰の脳みそが筋肉だ!」

 鋭い眼光を浮かべるカシムの言葉に激昂するアドラン。


「例えば……先程のリク様の提案はマーベラスです! とは言え、完璧ではありません」

「ほう。と言うと?」

 俺を試すような言葉を放つカシムに、俺は視線をぶつける。


「大きな問題が一つあります。とは言え、それは私達商業ギルドではなく、冒険者ギルド側の問題となりますが」

「儂らの問題だと? 何だ! 何が問題なんだ!」

 アドランを挑発するようなカシムの発言。


 カシムの言う冒険者ギルド側の大きな問題――実は、これについて心当たりがある。誰もツッコまなかったら、後で議題にあげる予定だった問題だ。


 俺は、笑みを浮かべたままカシムの視線を真っ向から受け止める。


「ふむ。リク様のお顔を見る限り、すでにお気付きになっておりましたか?」

「どうだろうな。俺の考えと、カシムさんの考えが一緒とは限らないからな」

「宜しい。ならば、私からその問題点をお伝えしましょう。護衛クエストの報酬金を運搬する商品の八%に設定するという話ですが、それは実現可能なのでしょうか?」

「はっ! 大層な言い方をするから何かと思えば! 答えは可能だ! 確かに、単発で見た場合のうちの取り分は減るが、リクの説明を理解出来なかったのか? 依頼件数が増えれば、大局で見れば、儂らの取り分は増える!」

 カシムの質問にドヤ顔で答えるアドラン。


「なるほど、なるほど。本当によろしいのですね?」

「くどい! 男に二言は――」

「アドラン。タンマ! 少し落ち着け」

 危うく暴走仕掛けたアドランを俺が制止するのであつた。

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