シャーロットの適正③
冒険先は、半犬半人のモンスター――コボルトが多く出現する近隣の森の奥地。シャーロットのタンク適正を調べるためにコボルトを選んだ理由は二つ。一つは、コボルトが相手であれば十匹以上いてもルナ、もしくは俺が単独でも討伐が出来る相手であること。もう一つは、コボルトの攻撃は一撃、一撃がそこまで重くないので、万が一の事故も起こりえないと考えた為だ。
「コボルトが出現したら、シャーロットはコボルトと俺の導線上を位置取ってくれ」
「畏まりましたわ」
「盾を使うのは……と言うか、戦闘自体初めてか?」
「そうですわね。お恥ずかしながら、モンスターと戦うのは初めてですわ」
「そうか、まずは盾の使い方だが、相手の攻撃が盾に接触した瞬間に、少し押し出す感じを心掛けてくれ」
俺は盾の扱いに秀でた冒険者の知り合いから聞いたノウハウをシャーロットへと説明する。
「押し出す感じ……こうですか?」
シャーロットは俺の説明を受けて、盾を押し出す動作を繰り返す。
「そうだな……少し練習してみるか」
俺はそこら辺にある木の枝を拾って、シャーロットの盾目掛けて何度か振り下ろす。シャーロットは、俺が振り下ろした木の枝の動きに合わせて盾を押し出す動作を繰り返す。
お!? なるほどな。
木の枝が盾にぶつかるタイミングと、盾を押し出すタイミングが噛み合うと、木の枝を振り下ろした俺の手が少し痺れ、体勢も少し崩される。
「なるほどですわ。押し出すタイミングが噛み合うと、手に受ける衝撃が和らぎますわ」
シャーロットは盾を持った手を見ながら、感心したように呟く。
ぶっつけ本番は厳しい。何事も事前の練習は必要だ。保険会社に勤めていた頃は、大嫌いだったロープレ――同僚との商談の練習――も、するとしないでは、いざという時の対応に大きな違いがでたものだ。
ロープレの基本は反復練習と、本番に近い空気を作ることだったか? 木の枝だと、緊張感が足りないな。
「ルナ。剣で軽くシャーロットの盾を斬り付けてくれ」
「えっ? 大丈夫なのです?」
「シャーロットの為だ」
「わかったのです。最初はかるーく。本当にかるーく振り下ろしますね。シャーロット動いたら危ないのですよ。ちゃんと盾を構えるのですよ」
「畏まりましたわ」
その後、小一時間ルナとシャーロットによる戦闘のロープレを繰り返した。
「こんなもんだな。シャーロット。いけるか?」
「い、いけますわ! リク様の肉壁としての責務、見事に果たしてみせますわ!」
「その肉壁という表現は……って、もういいや。んじゃ、いくぞ」
扇情的な表情を浮かべるシャーロットに、俺は諦めを覚え、コボルトを発見すべく森の奥地へと進むのであった。
「いました! ご主人様! コボルト三匹発見なのですよ」
先行して進んでいたルナが、獲物を見つけた子犬の様にはしゃいで戻ってくる。
「三匹か。シャーロット。今は攻撃することは考えるな、まずは盾でコボルトの攻撃を受けきることのみを考えろ。いけるか?」
「畏まりましたわ。不肖シャーロット。卑しき身分なれど、リク様をお守りする肉壁として、全ての攻撃を受けきって見せますわ!」
「あ、あぁ……。がんばれ……」
熱い使命に燃えるシャーロットの言葉に、俺は疲れた声で返事をした。
「ご主人様。ルナはどうすればいいです? さくっと倒していいのです?」
「ダメだな。俺が合図を出すまで攻撃は控えてくれ」
「了解なのですよ」
こうしてシャーロットのデビュー戦が始まった。
コボルトまでの距離は約七メートル。ルナは俺の隣に控え、シャーロットは俺の一メートル前で盾を構え、コボルトと対峙。コボルトは犬歯の覗く口から涎を垂らしながら、俺達に敵意を向けている。俺とルナは傍観を決めているので動かない。シャーロットも守ることが出来ないので動けない。コボルトも全員鎧のシャーロットを目前に、うなり声をあげるのみで、攻め入っては来ない。
コボルトはいつでも飛びかかれる姿勢を維持し、シャーロットは緊張した面持ちで盾を構えている。俺は傍観に徹し……ルナは相手がコボルト(雑魚)の為か、完全にリラックスしている。
時間にすると十秒程だろうか。膠着した状態が続く。
コボルト相手にここまで緊張感出されてもな。
「シャーロット。今から俺が軽い攻撃を仕掛ける。コボルトが俺襲わないように、行く手を阻み、防御に徹してくれ」
「畏まりましたわ」
俺は僅かな魔力を込めて風の魔法を紡ぐ。
――ウインドカッター!
表面の皮が多少切れる程度の脆弱な風の刃が一匹のコボルトの頬を切り裂く。
「ワォォォォン!」
「「ワォォォォン!」」
脆弱な風の刃を受けたコボルトが雄叫びをあげて、俺目掛けて突進してくると、残った二匹のコボルトも釣られるように突進を開始してくる。
「行かせませんわ!」
シャーロットは突進するコボルトの進路上に盾を構えて立ち塞がる。
「フッ。獣臭い! 獣臭いわ!」
肉薄しているコボルトの鋭い爪の攻撃をシャーロットが盾で受け止める。
「足りません! 足りませんわ! ……ハァハァ。その程度! ……刺激が足りませんわ!」
傍目から見ると三匹のコボルトから熾烈な攻撃を受け続けるシャーロットの呼吸が荒くなる。
「もっと! ……ハァハァ。さあ! もっと! ……ハァハァ。私を嬲るがいいわ! この獣風情が!」
シャーロットの表情が言葉が、どんどん扇情的になってゆく。
ちなみに、【神の瞳】でシャーロットの健康状態と言うか、残り生命力を随時確認しているが、ダメージはほぼ皆無だ。本当に頑丈だな。
「「「キャンキャン」」」
あ!? 逃げた。
攻撃をし続けても、一向に手応えを感じないためか、はたまた攻撃を受ける度に扇情的に変貌してゆく未知なる生物に恐怖を感じたのか、コボルトが逃走してゆく。
「あ!? 待つのです! まだ全然足りないのですわ!」
シャーロットは逃走してゆくコボルトに愛おしそうに視線を送る。
「……ご主人様。ルナはシャーロットが少し怖いのです」
「少しか? 俺はかなり怖いぞ」
傍観していた俺とルナは全身に寒気を感じるのであった。
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