第97話 ゴブリンテイマー、呼び出される
「エイル様。お待ちください」
その声に振り返る。
そこには三十代前後ほどのメイド服を着た女性が、額に汗を浮かべて息を切らしながら立っていた。
王城に勤めているメイドだろうか。
「えっと……どこかでお会いしましたか?」
名前を呼ばれた以上、相手は僕を知っている。
でも僕の方には彼女の顔に一切見覚えが無かった。
「ここでは何ですので、庭の方へお願いできますか」
「庭ですか? 別にかまいませんけど」
「それでは門兵にそのことを伝えておきますので、エイル様はこの道をまっすぐ行って一つ目の角を右に曲がって細い道に入った所にある休憩所でお待ちください」
彼女はそれだけ言い残すと、僕の横を通り過ぎ門兵の元へ向かった。
そしてメイドに向けて敬礼する門兵を見て「兵より王城勤めのメイドさんの方が身分が上なのか」と関心しながら指示された休憩所へ足を向ける。
先ほど帰ってきた道をもう一度通って一つ目。
そこはには馬車は通れない人専用の道があって、綺麗に整えられた低木の奥へ続いていた。
「ここだな」
道をしばらく進むと、右側に小さな泉が見えてくる。
その泉の横に、豪奢ではないが白い石で作られた屋根と椅子と申し訳程度の机が備えられた休憩所があった。
「……あれは……まさか」
予想外なことに、その休憩所には既に先客がいたのである。
しかも、僕の知っている人物で。
だからこそこんな所にいるなんて予想もしなかった
「やぁ、エイル君」
そういって座ったまま片手を上げ、男は――旧図書館館長のエルダネスは僕に笑いかけたのだった。
◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●
「どうしてこんな所にいるんですか?」
「どうしてって。私はある意味この国の重鎮の一人だからね。王城にも時々顔を出しているのさ」
そう言う彼の表情は先日会った時と同じく、どこかイタズラを楽しむ子供のように見える。
だが、エルダネスはすぐに真面目な顔になって予想外のことを口にした。
「特にあの偽の部屋に族が入った時なんかは報告が必要だからね」
「族って、まさかこの前言っていた?」
「ああそうさ。まぁ、いつも通りあの部屋を目的の場所だと思い込んで一網打尽だったけどね」
「怪我とかは……なさそうですね」
「あははっ、私がそんなヘマをするわけ無いだろう。わざと部屋の鍵を閉め忘れてトイレに行っている振りをするだけの簡単なお仕事さ」
その時のことを思い出したのだろう。
エルダネスは愉快そうに笑ってそう答えると、今度は僕に向けて問いかけてきた。
「それはそれとして……だ。君はどうしてこんな所にいるのかな?」
「叙勲式が終わって帰ろうとしたんですけど、知らないメイドさんにここに行くようにって言われて」
「メイド……ふぅん。それで警備兵が君を追いかけてこないのか」
エルダネスが言うには、門兵だけで無く王城内には様々な所に兵士がいて監視をしているらしい。
それは庭師だったり貴族のようだったりと、一見すると兵士には見えない姿でいることもおおいのだとか。
「あのメイドさんのこと、エルダネスさんはご存じなのですか?」
「いや、さすがに『メイド』という言葉だけじゃわからないよ。この王女に一体何人の使用人が働いていると思っているんだね君は」
呆れたように肩をすくめるエルダネス。
そんな様子からすると、僕をここに呼び出したのは彼では無いということだ。
僕はてっきり先に指定された場所に居た彼がメイドに頼んで僕を呼んだのだと思っていたのだが。
じゃあ一体誰が。
「おや、君に声を掛けたメイドさんが来たようだよ。――おや、あのメイドは……」
エルダネスと話をしている内に、あのメイドがやって来たようだ。
だけど僕にそのことを教えてくれたエルダネスは、彼女の姿を目にして目を見開いた。
どうやらやはりそのメイドのことを知っているようだ。
「エイル様、お待たせしました――あら? エルダネス様。どうしてこのような所に?」
ちょうど僕の陰になっていて気がつかなかったのだろう。
近くまで来てやっとエルダネスの存在に気がついた彼女は、驚いた様子でそうエルダネスに問いかけた。
「いつもの用事でね。ちょっと訳あって王に謁見して連絡しておこうと思ったんだけど門前払いされちゃってさ」
それでどうしようかと考えをまとめながら歩いていたら、この場所にたどり着いて休んでいたらちょうど僕が来たというわけらしい。
「まさかこんな所でエイル君に会うとは思わなかったけどね。あ、もちろん君ともね」
「そうですか。所でエルダネス様はエイル様とお知り合いなのですか?」
「少し前に友人からの手紙を届けて貰ってね。それで色々話して意気投合したんだ」
意気投合なんていつしたのだろうか。
僕は否定の声を上げようと口を開きかけた。
だが、僕よりメイドの言葉が先だった。
「なるほど。ではせっかくですのでエルダネス様もご一緒に来て頂けますか?」
「どこへだい?」
「それはもちろん――」
メイドは背後を振り返り、低木の上からそびえ立つ王城を見上げてこう告げたのだった。
「我が主、シャリス=ウィリス様の元へです」
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