第91話 ゴブリンテイマー、女装する?

 ゴチャックたちの索敵と案内のおかげでダイト商会に無事たどり着いた僕たちは、まず彼女の顔を隠すための変装道具を買いそろえた。


 金髪の髪を隠すためのウイッグ。

 顔を隠すためのサングラス。

 服も一般的に最近王都で流行っているというものを選んで貰った。


「エイル様、女装でもするのですか?」


 王都の民には有名なシャリス本人を店の中に連れてくる訳にはいかなかったので、僕は自分が変装に使うからという理由でボッテリィに品物を揃えて貰う羽目になった。

 それというのも彼女と僕の背格好がかなり近かったことも敗因だった。


「ちょっと知り合いの図書館員にドッキリを仕掛けたいって頼まれちゃって」

「王都に来て間もないのにもうそんなお知り合いが?」

「うん、まぁ。ここに来る前に旅の途中で知り合ってね……エルダネスって言う人なんだけど。ちょっと変わってる人でね」


 心の中でエルダネスさんに謝りながら僕は【女装道具一式】を揃えて買うと店を出て裏に回った。

 少し狭いその場所は、ダイト商会の物置となっていて大きな箱が積まれたままになっていたり、かなり雑然としている。

 そのおかげで身を隠す場所も沢山あって、その箱の隅からシャリスが顔を出した。


「遅かったわね」

「これでも急いだんだよ。あー恥ずかしかった」

「それでものは揃ったのかしら?」

「ああ、一応ね」


 僕は持って来た【女装道具一式】をシャリスに手渡す。


「この服はちょっと地味ね」

「今の流行らしいけどそんなに地味?」

「これが今の王都庶民の流行なのね。滅多に外に出ないから知らなかったわ」


 彼女は僕から受け取った変装道具を一つ一つ手に取って確認すると「それじゃあ着替えるから」と言って箱の陰に向かっていった。

 そしてしばし――


「どう? 似合うかしら」


 そう言って出て来たシャリスは、服の前後ろを間違えて着た上に、金髪が半分見えたままの頭をしていた。


「……シャリスって自分で服とか着たことないの?」

「えっ? そうね。いつもは侍女にやって貰ってるわ」


 僕は無言でテイマーバッグの中からゴブナとゴブミンを呼び出すとシャリスを指さし告げた。


「二人とも、このお姫様の服をちゃんと着替えさせてあげてくれ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お金はあるのよ! お酒もっとちょうだい!!」

「シャーリィ、飲み過ぎです……だよ」

「良いじゃ無い。さぁエイルも飲みなさいよ」


 ラスミ亭でなるべく目立たない席を選んだはずなのに、真っ昼間から酒を飲んで騒ぐ若い女の姿は既に目立ちすぎるほど目立っていた。

 シャリス王女にほとんど脅されるように頼み事をされた僕だったが、なんせ王都のことをまだほとんど知らない。

 なので『酒場』と言われても知っているのはこのラスミ亭だけだった。


「僕はあまりお酒とか飲んだこと無いからいいよ」

「付き合い悪いわね。斬首にするわよ」

「シャーリィ……それ、冗談になってないからね」


 シャリスがこんなに酒癖が悪いとは予想外だった。

 というか僕の中の可憐なお姫様のイメージの中に大酒飲みというものは一つも無かったのだ。

 まぁ、ここにたどり着くまで既にシャリスが可憐なお姫様なんてものでは無いことは十分身にしみてわかってはいたが。

 それにしてもさらに絡み酒だったとは。


「シャーリィ? 何言ってんのよ。わたしはシャリ――」

「わわわっ」

「うがっ」


 僕は慌てて彼女の口に骨付きチキンを突っ込む。

 王女であるシャリスの名前を公の場で使うのは危険だと、偽名を決めたことを酒のせいで忘れたようだ。

 これは早々に切り上げて彼女を王城に帰すべきなのではないだろうか。


「はぁ……失敗したかなぁ」

「何溜息なんて付いてるのよ。もしかして私と一緒に居るのが嫌なのかしら?」

「……滅相もございません」

「今一瞬返事に間があったわ! やっぱり斬首ね」


 一応このラスミ亭までやってくる最中も今も、ゴチャックたちに周りは監視させてある。

 ダイト商会の裏路地から別の人気の無い場所への移動はゴチャックとその部下の光錯こうさくを総動員して身を隠して行った。

 だから足は付かないはずだ。


「ふぅ。自由気ままに、マナーとか気にせず食べて飲むのがこんなに楽しいなんて思わなかったわ」


 暫くして少し落ち着いたシャリスが、満足げにそう呟いた。

 生まれてからずっと王女として厳しく育てられてきたのだろう彼女はきっと、こうやって何の気兼ねなしに食事をする機会は無かったのだろう。

 まぁ、僕のお財布二冠しては少しぐらい気兼ねしてくれても良いとは思うけど。


「ありがとうねエイル」

「えっ」


 まさかこの傍若無人な姫様にお礼を言われるとは思わなくて、僕は思わず聞き返してしまう。


「私……疲れちゃった」


 だがそれに対する反応は無く、代わりにそんな言葉と共に――


 コテン。


 僕の肩に彼女の頭が乗せられた。


「ちょっ、どうしたのシャーリィ」

「……すやぁ……」


 お酒の飲み過ぎと慣れない王都での逃亡劇で疲れたのだろう。

 シャリスは既に夢の中のようで。

 その顔はなんだかあまりに幸せそうで純粋向くに見えて――


 僕は暫くの間、そのまま彼女を眠らせてあげようと決めて、頬の赤みを誤魔化すために目の前のジョッキをあおったのだった。

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