第90話 ゴブリンテイマー、王女に脅される

「王女……」

「ええそうよ。驚いたかしら?」

「それじゃあ貴方様を追いかけていたあの男たちはまさか……」


 王都の中で王女を襲う様な連中だ。

 暗殺者?

 誘拐犯?

 どちらにしてもまともではないだろう。


「護衛よ」

「は? 今なんて?」


 彼女の答えは全く予想外のもので。

 思わず問い返してしまう。


「だからあの二人は私の護衛なの。というか本当は他にも十人くらい今頃は王都を探し回ってるはずよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。どうして王女様が護衛から逃げてたんですか!」

「そんなの、私が逃げたかったからよ」


 あっけらかんとそう告げるシャリスの顔を、僕はかなり間の抜けた顔で見ていたのだろう。

 彼女は僅かに吹き出すと、声を抑えて笑い出した。

 だけど、それが行けなかったのだろう。


「痛っ」


 体を動かした途端に足首がまた痛んだようで、シャリスは小さく悲鳴を上げた。


「今、治しますね」


 彼女と追っ手の正体がわかった今、彼女の足首を治すことに躊躇する理由はなくなった。

 それどころか一国の王女様に、たとえ相手が悪い状況だったとしても怪我をさせたのだ。

 もしそれが知られたらタダでは済まない。

 幸い、僕は逃げたがっていた彼女の望みを叶えたことになっている。

 なので、ちゃんと怪我を治してあげれば酷いことにはならないはずだ。


「ゴホマ。出てきて」


 ゴホマはテイマーバックの中で暮らすゴブリンたちの中でも特に回復魔法が得意なゴブリンだ。


『ゴ?』

「今すぐ姫様の足の怪我を治してくれないか。いや、体中他にかすり傷でもあればそれも全て治してくれ」

『ゴブゴブ』


 ゴホマの手がシャリスの足首に添えられる。

 その手が、うっすらと緑色の光に包まれたかと思うと、その光はあっという間にシャリスの体全体を包み込んだ。


「何これ」

「ゴホマの回復魔法です。でも前に見た時より緑が濃くなってる気が――」


 辺境での戦いの時、ゴホマも回復役として戦場に出ていた。

 だけどその時はもっと薄い緑だったはずだ。


『ゴブ』

「鍛えてますから……って、バッグの中で?」

『ゴブゴブ』


 そうしている内に、見るからに晴れていたシャリスの足首がどんどん元の細さに戻り、炎症で赤くなっていた肌の色も収まっていく。

 前に戦場で見た時はここまで早く回復するような力は持ってなかったはず。

 なので、ゴホマが特訓して力を上げたのは本当なのだろう。


「居たくなくなったわ。ありがとうゴホマちゃん」

『ゴブー』

「どういたしましてとか言ってますね」

「私も魔物の言葉がわかるといいんだけど。テイマーさんって魔物の言葉がわかるんでしょう? いいなぁ」


 心底うらやましそうにそう言いながらゴホマの頭を撫でるシャリスに僕は苦笑を浮かべつつ答える。


「言葉がわかるというか伝わってくるという感じですね。ですけど自分がテイムした魔物としか大抵は意思疎通は出来ませんけど」

「そうなの?」

「ええ。まぁ、ごく希に上位の力を持つ進化した魔物はテイマー意外の人とも意思疎通出来るらしいのですが」

「会ってみたいわ」

「そのレベルになると、多分普通に近寄るだけで殺されちゃいますよ」


 その答えに彼女は「話してみたいけど死ぬのは嫌だわ」と身を震わせた。


「それで姫様」

「なにかしら?」

「これからどうするおつもりですか?」

「どうするって……そうね」


 シャリスは僅かの間考えた後、僕を指さして口を開く。


「そういえば貴方の名前をまだ聞いてなかったわ」

「僕ですか? 僕の名前はエイルって言います」

「エイル……エイルね。覚えたわ」


 しまった。

 このまま名前を伏せて彼女を護衛に渡して逃げた方が良かったのではなかろうか。

 でもそれで彼女の機嫌を損ねて、王女に怪我を負わせた罪人として指名手配されるのも怖い。


 そんなことを考えている間に、どうやらシャリスはこれからの行動を決めたらしい。


「酒場とやらに行ってみたいわ」

「そんな所、お姫様が行く場所じゃないですよ」


 特に夜の酒場は酔っ払いや気性の荒い男しかいない場所だ。

 そんな所に彼女の様な美しい女性を連れて行けばどうなるかは明白で。


「もう少し違う場所に――」


 僕はなんとか彼女に別の安全な場所を進めようと口を開き掛けた。


「連れてってくれるわよね? 私を傷物にしたエイルくん」


 だが、続く彼女のそんな言葉に僕は一瞬で口を閉じざるを得なかったのだった。

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