第67話 君の名は

「入りたまえ」

「お邪魔します」


 中継所にたどり着いた僕は、先に到着していた騎士様に案内されて駐屯所の事務室へ向かった。

 騎士様の名前はネガン・スソード。

 名ばかりの男爵家の長男で、王国軍第13連隊の指揮官の補佐をしているらしい。


「大佐、タスカ領から来たという少年を案内してきました」


 ネガンは僕の後ろで扉を閉めると部屋の中で待っていた人物に向かって敬礼してそう告げる。


「うむ、ご苦労だった」


 大佐と呼ばれたその人物は、見かけはまだ若く二十代くらいだろうか。

 金髪で少し赤みがかった目をした彼は、似合わない口ひげを指先でいじりながらそう応えた。


 威厳を出そうとして伸ばしたのだろうか。

 その口ひげは、端正で少し幼さを残した顔には全く不釣り合いで――


「あっ」

「あっ」

「げっ」


 パサリ。


 突然その髭が目の前で地面に落ちたのである。


「た、大佐っ!」

「あわっ慌てるなネガン」


 急いで僕の目の前に壁になるようにネガンさんが立ちはだかる。

 いまさら視線を遮ってももう遅いというのに。


「付け髭なんですか?」

「な、何のことかな? 大佐の髭は自前ですよ」

「いや、でもさっき床に……」

「見間違いではないかな。ほら、人は緊張すると見てないものまで見えてしまうのさ」


 さすがに無理がある。

 僕はそう思いながらも、ここまで必死に上司の付け髭を誤魔化そうとする彼にそれ以上何も言えず。


「ゴホン」


 そんな彼の後ろから、大佐殿の咳払いが響く。


「ネガン、そろそろその少年か話を聞かせて貰おうじゃないか」


 わざとらしく威厳を纏わせた大佐の声が聞こえると、ネガンさんは元の位置に戻っていく。

 この人も大変だなと思いつつ僕は大佐殿に勧められるまま、机を挟んだ彼の正面の椅子に座った。


 なんだか犯罪でも犯して取り調べでもこれからされるような気分が顔に出ていたのだろうか。

 正面の大佐殿は、それまでの厳しい表情を僅かに緩め口を開く。


「緊張せずとも良い。私は君から件のダスカス公国軍による侵略にまつわる話と現在の状況について、知ってる限りで良いから聞きたいだけなのだ」


 大佐殿は付け髭の下の口に笑みを浮かべてそう優しい声で言った。

 だけどその目は真剣で、僕から聞き出せることは全て聞き出そうという意思が感じられる。

 あまり下手なことを言うと大変なことになるかもしれない。

 なので僕はまず彼らが何を知っていて、これからどうするつもりなのかを聞き出すことにした。


「わかりました、僕の知る範囲であればお話しします。ですが……その前に先に僕からおたずねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、かまわんよ。ただし我々は軍隊だ。答えられない質問もあることはわかって欲しい」

「それはもちろん」


 さて、何から聞こうかな。

 そう考えつつ、机の上に目線を落としながら考える。

 これから彼ら……いや、彼と長く話をしなければならない。

 そのために、まず一番最初に聞かなければならない情報があることを思いだした。

 それを後から聞くことは難しいだろう。

 聞き出すなら今、タスカ領についての話が始まってしまえば、聞き出すタイミングを失ってしまう情報だ。

 僕は最初の質問をそれに決めると顔を上げ、正面の大佐の顔を見る。


「それではまずは――」


 そして僕はその質問をするために口を開き言った。


「大佐殿、貴方のお名前を教えて下さい」


 と。



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