第42話 ゴブリンテイマー、戦う……そして

「ハイゴブリンだかなんだか知らねぇが、所詮ゴブリンはゴブリンよ!!!」


 そう口にしながらも、ギムイは自分のパーティメンバーに細かく指示を出し始めた。

 荒くれた見かけから、実際は低ランクのパーティだと思っていたけど、彼らは本当にAランクパーティなのかもしれない。

 ならばどうしてこんなことに手を貸しているのだろうか。


 僕の頭の中に同じように身を崩した【炎雷団】の姿が思い浮かぶ。

 もしかしたら彼らとギムイたちには何か同じような理由があるのかもしれない。


『ゴブゥ!!!』


 まず先陣を切ったのはゴブト……ではなく彼の左側にいた二匹のゴブリンたちだった。

 なぜなら、盗賊団の数人がそちらからイの一番に襲いかかってきたからである。


 相手は盗賊団と思われる八人の男と、ギムイたち【疾風の災禍】の五人の十三人

 それに対しこちらはゴブリン五人と僕で合計六人。

 相手との戦力差は約二倍。

 そしてゴブリンと戦闘向きではないテイマー。

 普通に考えれば盗賊がこの半分の人数でも一瞬で片が付いてしまう状況だ。


「ゴブト! やれるかい?」

『ゴブッ!』


 一瞬僕らがお互いの意思確認のためにギムイたちから目を話した瞬間だった。

 突然ギムイの背後から『ファイヤーボール!』という声とともに、魔法で作られた炎の塊が僕たちめがけ飛んできたのである。


「うわっ」

『ゴゴッ!!!』


 思わずしゃがみ込む僕の前にゴブトが双剣を握りしめ飛び出す。

 そして、高速で飛翔してきたその炎の球を双剣で切り払ったのだ。


 四つの炎に分断されたファイヤーボールは、ゴブトと僕を避けるように後ろへ飛んで行くと、そのうち二つが僕の左右の地面に落ちはじけ。


「あちちっ」


 はじけた炎のごく一部が僕の手に当たった。


 残りの二つはそのまま飛翔し、片方は護衛たちが乗っていた馬車を直撃し燃え上がらせる。

 馬は既に厩舎にでも連れて行かれたのか、幸いにして繋がれていなかったため、馬車の火災に巻き込まれる心配は無い。


 残りの一つはもう一つの、つまり僕の後ろに壁になっている馬車にぶつかりかけたが、こちらも幸いに幌の上を通り抜け背後に消えていった。

 背後の馬車が燃えてしまったら、レリック商会から積んできた荷物もろとも燃えてしまう所だった。

 商会内に残っていた売れ残りの在庫や、店に出せなくなっていた品を詰め込んできただけではあったが、その中にはカモフラージュ用に本物の硬貨や宝石も混じっている。

 それが燃えてしまったら、流石にレリック親子に合わせる顔がない。


 そして、同じように荷物の心配をしていた男がこの場にもう一人居た。


「お前たち馬車に向けて魔法は使うんじゃ無い!! 荷物が燃えたらどうするつもりだっっ!!」


 ギムイたちの遙か後方で、ことの成り行きを見守っていたトスラ・ダイトである。

 そういえばトスラはこの荷物の中のものを取りに来たのだったか。


『そ・ん・な・も・の・は・無・い』というのに。


「へ、へい。すんません」

「気をつける」


 怒鳴られた魔法使いと、その横に立つ男が後ろを振り返り頭を下げる。

 が、ギムイは一人苦虫をかみつぶしたような顔で僕を……いや、僕の前で双剣を構えるゴブトを凝視していた。




「こいつぁ……やべぇかもしんねぇな」


 そんな呟きが小さく聞こえ、ギムイの喉が口に溜まっていた唾を垂下する。


「まさかゴブリン如きがファイヤーボールを断ち切るたぁ。一体どういうことっすかね」

「俺が知るかよ。だが、こいつらが普通じゃねぇのは確かだぜ」


 ギムイはヒャラクに目線だけで左右を見ろと誘導する。

 もちろんその間もゴブトからは一瞬も意識を外さない。


「ひっ」

「なんでぇ、もう三人死んでんじゃねぇかよ」


 先ほどのファイヤーボールの騒動の間も、左右では四匹のゴブリンたちと八人の盗賊団との戦いは続いていた。

 それぞれ四対二で始まった戦闘は、この短い間に片方は一対一まで減り、もう片方も二対二になっている。

 つまり盗賊は既に五人ほど戦闘不能になり、そのうち三人は息を引き取っていた。


『ゴブブブブブブゥ!!』

「殺してやるっ!!」


 叫ぶ男は盗賊団の中でも手練れのようで、多分やつがこちらのゴブリンを一人戦闘不能にさせたに違いない。

 そのゴブリンは、片手を切り落とされ倒れては居るが、命はまだあるようだ。

 早くテイマーバッグで回収して回復させないと。


「ゴブト。僕も一緒に戦うから手伝ってくれるかい?」

『ブゴ』


 少し余裕を見過ぎた。

 最初の予定ではゴブトの力なら偽のAランクパーティなんてすぐに制圧できると思っていたのである。


 だけど、目の前で油断なく身構え、ゴブトの動きを牽制しているギムイとヒャラクの二人。

 そして今もこちらに向けては使えない魔法を使うため、左右に散ったゴブリンたちを射線に治めようと動き出した魔法使いと、回復役の男。

 後の一人は中型の弓をこちらに向けて、隙をうかがっている。

 なかなかしっかりしたパーティだ。

 確かにAランクパーティというのは嘘では無かったのかもしれない。


「だけど僕たち相手にはまだまだ力が足りないって教えてあげるよ」

「なんだと!」


 僕の言葉はギムイたちにはどう聞こえただろう。

 ギムイはゴブトの力を既に認めてはいるけど、僕自身の力は甘く見ているに違いない。

 なぜなら、僕の言葉を聞いても彼らの注意はゴブトにのみ向いていたからだ。


 僕はそれを見ながら右手を心臓の上に当てて意識を集中する。

 そして、もう片方の手でゴブトの体を触る。


【速度強化】


 テイマーバッグがない今、ゴブリンたちに付与魔法を掛けるには直接接触するしかない。

 しかも手を離してしまえばすぐにその力は消費され、消えてしまう。

 だが、今必要なのは最初の一瞬の力だ。


 そして僕にはもう一つ力がある。


【身体能力強化】


 僕は僕自身に付与魔法を掛けることが出来る。

 これは他のテイマーには出来ないことだと、旅の途中に使って見せたルーリさんに驚かれた。

 つまりギムイたちには全く未知の力だということだ。

 そして僕はゴブトたちと村から出てからしばらく山の中で暮らしている間、この力を使って彼らと共に森の奥の魔物と戦っていたのだ。


「いくよ。ゴブト」

『ゴブ』


 それでも僕とゴブトが動くことを察したのか、彼らは手にした武器を油断なく構え直した。

 だけどもう遅い。


 身体強化をした僕の速度は、彼らの想像を遙かに超えていたのだろう。

 彼らが驚愕の目で、一瞬で懐に飛び込んできた僕たちの顔を見る。


 そしてゴブトはギムイの横で呆けた表情をしていたヒャラクへ斬りかかる。

 同時に僕はギムイとヒャラクの間を抜け、その後ろで魔法を盗賊どもと戦闘中のゴブリンへ放とうとしていた魔法使いへ駆け寄ると、握った拳でその腹を全力で殴りつけた。


「ぐえっ」

「ぎゃあっ!」

「なっ」

「そんなっ」

「っっっ!」


【疾風の災禍】の五人がそれぞれ驚愕の声を上げる。

 僕は吹き飛ぶ魔法使いに目も向けず、その補助でもしようとしていたのか、傍らに立っていたもう一人の男の顎を蹴り上げた。


「きさまぁ!!!」


 背後ではヒャラクを切り伏せたゴブトが、返す刀でギムイの首をめがけショートソードを振り下ろしていた。

 だが、ギムイはすぐに我に返り、その刃を腕に装着していた小盾ではじき返す。


 ガキンッ。


 金属がぶつかり合う音が響き渡る。

 だけど僕は振り返らない。

 ゴブトが、例えAランクパーティ相手だとしても負けるとは思っていないからだ。


「どこ見てるのさ!」


 残るは弓使いの男一人。

 近距離に僕たちが飛び込んできたことで、彼は弓を放つタイミングを失い、慌てて腰の短剣を引き抜いたまではよかった。

 だが、そこから彼は躊躇してしまった。

 僕に攻撃を仕掛けるのか。

 それともギムイに加勢するのかを。


「くっ」

「遅いよ」


 例え最初から僕に照準を定め彼が動いていたとしても、どちらにしろ間に合うことは無かったかもしれない。

 でもその迷いがなければ少しの間は時間を稼げたかもしれない。

 だけど、その一瞬が全てを決めた。


「ふっとべ!!」

「ぐあっ」


 横薙ぎに振るわれた短剣の下をくぐり抜けると、弓使いの胸に向けて勢いのまま肘を突き刺した。

 ドンッという鈍い音が僕の体に伝わる。


「ゴブト! 後は任せるよ!」


 吹っ飛び、地面でピクピクと痙攣したままの三人を放置して僕はゴブトの援護に行くことはせず、そのままの勢いで走り出す。

 背後から激しく斬り合う剣戟の音が聞こえるが、今は大怪我をしている【家族】を助けるのが先決だ。


 急ぎ僕は、ヒャラクが指さしたテイマーバッグが置いてあるという建物へ向かう。

 もしかするとヤンマンともう一人の御者に雇った冒険者が待ち構えているかもしれない。

 流石に外の騒ぎに気がつかないとは思えない。

 しかし今は悠長に様子をうかがっている場合ではない。


 勢いのまま、扉を蹴破るように僕は建物の中に転がり込む。

 この勢いなら例え待ち構えていても簡単に攻撃を受けることはないだろう。


「テイマーバッグを返して貰うよっ!!」


 だけど……僕はそこで見たのは――血だまりの中に沈む、恐怖に満ちた顔で体を丸めたヤンマンの姿と、短剣片手に奇妙な笑みを顔に貼り付けた男の姿だった。

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