第41話 ゴブリンテイマー、躍り出る!

 トスラ・ダイト。


 ダイト商会次期代表と言われているその男のことはエイルは初耳だった。


「僕はてっきりルーリさんの言ってたケリー・ダイトって人が来るものだと思ってたんですが」

「ケリーさんか……あの人は確かにレリック商会とずっと戦ってきたし、自分も何度も辛酸をなめさせられたものだが」


 ダイト商会の二代目として、若い頃からタスカ領でも一番の商会であったダイト商会を守り続けて来た。


 そんな彼の足下に突然現れた商売敵であるレリック商会。

 きっとケリーにとってそれは全力で叩き潰さなければならない相手だったに違いない――と、僕は思っていた。


「父とケリーさんはいつも顔を合わすと喧嘩してたけど、でもあれは似たもの同士だったからなんだ」

「本当はそれほど仲は悪くなかったってことですか?」

「よく家でも愚痴ってたけどね。お前の代までにはレリック商会をダイト商会と五分で戦えるようにして、あのいけ好かない男の鼻を明かせてやるって」


 それまで、商人になってからずっと敵なしだったケリー・ダイトにとって、ターゼン・レリックという男は初めて相まみえる好敵手だった。

 漫然と日々の業務を繰り返す日々の中、ケリーにとってやっとその日常に変化を与えてくれる存在だったのだ。


「あの二人はいつも正々堂々、正面から殴り合ってた。だからダイトとレリックの二つの大商会がこの領地に存在出来てたとも言えるね」


 だが、ケリーの後継者であるトスラは……。


「あいつは父親ほどの商才は無い……まぁ、自分も父にはまだ全然かなわないと思ってるけど、いつかは追い抜いてやるつもりで居るんだが、あいつは違う」

「違うって何がですか?」

「あいつは今すぐにでもケリーさんを超えるつもり……いや、もう超えたつもりで居るんだ。町の青年会で何度も話すことがあったけど、いつもいつも自分が今すぐにでもダイト商会の代表になればレリック商会なんてあっという間に潰してやれるのにって」


 青年会でも自分の意見と合わない事案にはことごとく反対し、その全てをダイトの力を利用して潰す。

 いつしか青年会はトスラと、その腰巾着の独壇場になってしまったのだという。


「自分がなんとか出来れば良かったんだけど、見ての通り僕は気が弱くてね……」

「……キリートさんは優しすぎるんですよ」

「そうかな」

「でも、優しいだけじゃダメだと僕は思うんです」

「えっ」

「優しさだけ与え続けたら、いつしか相手はそれを当たり前に思ってしまうんですよ。だから、時々きっちりと厳しさを見せてあげないと相手は優しさに甘えてしまうんです。きっとあのトスラって人もケリーさんや貴方の優しさに甘えて、それを当然だと思い込んでしまったに違いありません」


 僕はキリートさんにそう告げると建物の陰に全員を呼び寄せる。


「ケリー・ダイトじゃなかったのは驚きましたが、それ以外は大体計画通りでした。なので僕は今から彼ら全員を拘束しようと思います」

「ああ、分かってる。その間ここを動かなければ良いんだね?」

「ええ。僕が手をはなすと光錯こうさくの効果は消えてしまうので、周りには注意しておいて下さい。一応ゴチャックを護衛に置いておきますが」


 戦闘中にキリートさんが相手に見つかって人質にされるような事態は避けなければならない。

 これはルーリさんの入れ知恵だけど、実際油断して人質を取られたせいで、実力がある冒険者が野盗に倒された例も珍しくないらしい。


「それじゃあ行きます」


 僕はキリートさんとゴチャックが頷くのを確認してからゆっくりと手を離す。

 途端に僕の体とキリートさんの体を包んでいた光錯こうさくスキルが解ける。

 そして広場に集まる盗賊たちの隙を突いて一気に馬車の元まで背を低くして駆け込むと――


「さぁ、皆待たせたね。出番だよ」


 僕は親指と人差し指で輪を作り口に当て、思いっきり指笛をならした。


 ピーーーーーーーーーッ!!


 静かな廃村に突然響き渡った指笛に、当然その場にいた全ての者たちが何が起こったのかと騒ぎ出す。

 その中の数人が、音が馬車の方から聞こえたとこちらを指さし走り寄ってくるのが見える。

 だが、彼らが僕の元までたどり着く前に、事態は動き出す。


 突然馬車の横に山積みにされていた箱が、次々破壊され、辺り一面にその中に入っていたレリック商会の商品や金品がはじけ飛んだのである。


「なっ、なんだ」

「お宝がぁ!!」

「まさかレリックの奴ら、爆弾でも仕込んでいやがったのか」


 口々に騒ぐ彼らだったが、徐々に舞い上がった土煙が薄まるにつれ、そこに立つ陰に驚愕の表情を浮かべた。


「ゴブ……リン?」


 そう。

 金銀財宝が入っていた箱の中から現れたのは五体のゴブリン。


 僕が今回の行商に出発する前に先に召喚し、二重底化した箱の底に忍んでもらっていたゴブリンたちである。

 他の魔物たちと違い小柄で、更に弱いが故に隠れ続ける忍耐力を生まれながらに備えていたゴブリンたちにとって、それは特に苦になるものでは無い。


『ゴブッ』


 先頭に立つのは両手にショートソードを構えたゴブト。

 その姿は魔石を食べて進化したゴブリンオーガの姿では無く、見かけ上は他のゴブリンたちと殆ど変わらない。

 不思議なことにゴブリンオーガに進化したはずのゴブトだったが、テイマーバッグに戻し、しばらくして呼び出すと元の姿に戻っていたのである。


 ゴブトにその事を尋ねると、どうやらあの姿は魔力の消費が激しいらしく、通常はいつものハイゴブリンの姿でいるほうが楽だとのこと。

 おかげで今回の作戦でも、最大戦力であるゴブトを忍び込ませることが出来たのはありがたかったが。


「おいおい、驚かせやがって。なんでゴブリンなんてものが紛れ込んだんだ?」

「野良ゴブリンでもこの辺りにいたんですかね?」

「この辺りの魔物はだいたい狩っておいたはずなんだがな」


 どうやら彼らはゴブリンたちが箱の中から出て来たのでは無く、野良ゴブリンの群れが偶然現れて暴れ出したと勘違いしているらしい。

 これは好都合だ。

 普通の冒険者にとってゴブリンという魔物は雑魚中の雑魚でしかない。

 だから彼らが油断してくれているなら――


「おいお前たち、気をつけろ!! そいつはただのゴブリンじゃ無いぞ!」


 ゆっくりと油断しきった顔で近づいてくる野盗とギムイたちパーティの背中に、そんな声がかかる。

 声の主はトスラ・ダイトだ。


「ただのゴブリンじゃないってどういうことだ」


 トスラにそう聞き返しながらもギムイたちは、つい先ほどまでの油断しきった様子を消し、足を止める。

 腐っても冒険者ということか。

 他の野盗たちもそれを見て足を止める。


「そいつはヤツの……テイマーのガキが召喚したハイゴブリンに違いないっ!」

「ハイゴブリンだと。いや、それよりもあのガキのテイマーバッグは奪って置いたはずだぞ。なぁヒャラク」

「へ、へい。間違いなく奪ってあそこに仕舞って……」


 ギムイに睨まれヒャラクが指さしたのは、僕たちが身を隠していた家で。

 僕の位置からでは、彼らから逃げながらその家に入りテイマーバッグを取り返すのは難しい。


「あのガキどもは牢の中のはずだが……おいヒャラク!」

「なんです?」

「お前、牢屋に行ってガキどもを見てこい」

「あっし一人でですかい?」

「心配ならそいつら二人くらいつれて――」


 僕はその言葉を聞いて思わず馬車の陰から飛び出る。


 このままヒャラクが何人か連れて牢屋の方に行かれれば、キリートさんが見つかってしまう。

 ゴチャックが付いているとは言っても、何人も同時に相手には出来ないだろう。

 ゴブリンシーカーというクラスの戦闘力はかなり低い。

 それでも盆百のゴブリンたちに比べれば野盗の一人くらいなら余裕で相手には出来るだろうけど、二人以上は無理だ。


「てめぇ……どうやって牢を抜け出しやがった」


 僕の姿を見て一瞬目を見開いたギムイだったが、すぐに警戒するように武器を持ち上げ戦闘態勢を取る。

 本当のランクはわからないが、彼が【疾風の災禍】というパーティの長であるのは、やはりそれなりの実力がきちんとあるからなのだろう。

 その動きを見るだけでそれがわかる。

 同時に、彼のパーティメンバーも、いつでも動けるような体勢に移行する。


「ほ、ほらやっぱりだ!! やっぱりテイマーのガキが居やがった!!!」


 一方、ギムイの背後からは、自分の指摘が正しかったことがよほど嬉しいのか、少しはしゃぐようなトスラの声が響く。

 その声には全く緊張感が感じられない。

 僕と僕のゴブリンたちの正体を知っているはずだと言うのにだ。

 ひょっとすると彼も領都のギルマスから上辺だけの話を聞いていただけなのかもしれない。


「どうやってって。僕の家族に助けて貰ったんだよ」

「家族?」

「ゴブリンたちさ」


 僕はそう答えながら、ゆっくりとゴブトたちの後ろへ移動する。

 そして周りを取り囲むように警戒しながら移動する盗賊と【疾風の災禍】を見回してから大きく息を吸い込み、叫んだ。


「みんな!! 戦闘開始だ!!!」

『『『『『ゴブゥッ!!!!』』』』』

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る