第38話 ゴブリンテイマー、虎穴に飛び込む

「大丈夫かい?」


 ギムイたちが去った後、しばらくして今度は御者代わりに雇ったCランク冒険者のヤンマンが、何やら手にコップを持ってやって来た。

 歳はギムイよりも少し下で、よく彼らに用事を言いつけられては細々としたことをさせられている姿を、出発前から見かけていた。

 ランクの差以上に、気弱そうで優しそうなその外見が、ギムリたちに下に見られる原因なのではないだろうか。

 まぁ、その点については僕も同じような物だけど。


「ええ、ずいぶん楽になりました。それに彼らが苛つくのもわかりますし」

「そうかい。君はまだ若いのに人が出来てるね」


 ヤンマンは、そう優しい笑みを浮かべながら僕らの横へ腰を掛けると、備え付けの机の上に持ってきていたコップと小さな箱を置いた。


「ヤンマンさんこそ、こんな危険な依頼をよく引き受けて下さいまして」


 今度はキリートが申し訳なさそうな表情を浮かべ、ヤンマンに軽く頭を下げる。

 それをヤンマンはやんわりと手を顔の前で振って止めると。


「いえいえ。今回の依頼は態度はAランクパーティの護衛も付いてるし、簡単な仕事ですよ」

「ですが、いつ野盗が襲ってくるかもわかりませんし、危険なのは変わらないでしょう?」

「危険……ですか」


 キリートの問いかけに、ヤンマンは少し自嘲気味に苦笑すると続ける。


「私もね、ランクは低いけど冒険者なんですよ。冒険者って仕事は危険と隣り合わせなのは当たり前じゃ無いですか」

「それはそうかもしれませんが」

「危険な分だけ実入りも大きい……それに、危険を恐れて依頼を受けないなら冒険者じゃなく、町で別の商売でもしてるでしょ」


 ヤンマンはそう言って少し声を上げて笑うと。


「あっ、忘れるところだった」


 と、目の前の机に置いた箱を開く。

 小さな箱の中には黒い丸薬が四つほど入っていて、彼はその中の一粒をつまみ上げて僕らの方に差し出し言った。


「これは?」

「酔い止め薬さ。さっきギムイから君に渡して置けってね」

「ギムイさんが?」

「これ以上エイルくんが体調を崩して行程が遅れるのはかなわないって言ってたよ。だったら自分で渡せば良いのにな」


 ヤンマンは馬車の近くで立ち話をしている【疾風の災禍】の一行を睨むように言い捨てる。

 穏やかな表情をめったに崩さない彼だが、流石にギムイたちには腹に据えかねることもあるのだろう。


「ありがとうございます。それで水まで一緒にもってきてくれたんですか?」

「丸薬だけじゃ飲めないと思ってね」

「ありがとうございます。それじゃあ遠慮無く」


 僕はそう答えると、ヤンマンから丸薬を受け取り、机の上のコップを手に取った。

 その時――


「エイルくん。大丈夫なのかい?」


 隣からキリートさんが心配そうに声を掛けてくる。

 僕は彼に向けて「大丈夫ですよ」と答えると、丸薬を口の中に放り込み水で一気に喉の奥へ流し込んだ。


「苦いですね」

「薬だからな。それじゃあ自分は馬車に戻って出発の準備を始めるから、落ち着いたら来てくれ」


 そう言い残し去って行くヤンマンの背中を見送り、彼が聞こえないであろう距離が離れたところでキリートさんがもう一度僕に言った。


「本当に大丈夫なのかい?」

「大丈夫ですよ。あの丸薬は別に毒でも何でも無い物なのは確かです」

「どうしてわかるんだい?」

「こんな兵士も常駐しているところで僕を害するような薬を飲ませるわけが無いでしょ。それに一応あの子に鑑定して貰ったので」


 そう答えると僕は休憩所の近くの草陰を指さした。

 そこには小柄なゴブリンが草陰の間から顔を覗かせていた。


「あれは……ゴブリン?」

「ええ。薬草に詳しいゴブリンアルケミーを、ここに着いた後にテイマーバッグから召喚しておいたんですよ」


 ゴチャックからの報告で、彼らが早ければこの休憩所で仕掛けてくる事は分かっていた。

 なので先に手を打って置いたというわけだ。

 僕は誰もこちらに注目していないタイミングを見計らい、テイマーバッグにゴブリンアルケミーを収納する。


「さて、行きましょうか」

「君は本当に肝が据わってるね」


 苦笑気味に、キリートさんは僕に続いて立ち上がる。

 その顔は心配そうな表情が隠しきれて無くて。


「大丈夫ですよ。ちゃんと準備は済んでますから」


 僕は出来るだけ何の心配も要らないという笑顔を心がけてキリートさんの手を引き、馬車へ向けて歩き出す。


「さぁ。ここからが本番だ……頼むぞ皆……」


 口の中でそう呟きながら。

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