第26話 ゴブリンテイマー、真相を知る

「今だ! ゴブト!」


 僕はワイバーンの口が大きく開かれ、こちらに意識が向いたのを確認しつつ大きな声で叫んだ!


 ゆっくりと気がつかれないように気配を殺しながらワイバーンの背後に迫っていた影。

 折れた方の剣を捨て、残っていた片手剣を両手で握りしめたゴブリンオーガが、ゴブナのファイヤーボールが届いた瞬間に無言で高く飛び上がるのが見えた。


『ゴブゥゥゥゥゥ!!!』


 その剣はゴブトの咆吼と共にワイバーンの翼の付け根に深く突き刺さり、その勢いのままワイバーンを地面に縫い付けたのだ。

 鳴り響くワイバーンの悲痛な雄叫びと共に、その翼からは風の力が一気に失われる。


「いまだ!!」


 僕はゴブリンたちにワイバーンを押さえ込むように指示を出すと自らも前線に向けて走り出す。

 遠目でわかりにくいが、ゴブトの負っている怪我はかなり深く見えた。

 そんな体で力の限りの攻撃を仕掛けたせいで、その体からは血が大量に流れ出している。


「早くゴブトをテイマーバッグへ」


 テイマーバッグの能力の一つに使役魔物の回復能力がある。

 その間はそれなりの魔力を吸い取られる事になるが、回復魔法が使えない僕にとって、それはありがたい能力だ。


 僕はゴブナたちと共に抗う事を諦め、地面に突っ伏したワイバーンの側まで駆け寄ると、まずはゴブトをテイマーバッグへ戻す。

 そして、炎を吐く口が開かぬように何匹ものゴブリンに押さえ込まれたワイバーンの前に立った。


「さて、どうしようか」


 本来ならすぐにでも殺すべきだという事はわかっている。

 だけど僕はこのワイバーンに違和感を覚えていた。


 ワイバーンであるにもかかわらず、ギリギリになるまで空へも飛び立たず不利な地上戦をし続けていたこと。

 そしてゴブリンオーガに進化したとは言え、通常のワイバーンならともかく進化しているワイバーン相手に五分にゴブトが戦えたこと。

 片方の翼を貫かれたとはいえ、あまりにあっけなく地に伏したこと。

 そして、まだ片翼を貫かれただけだというのに、完全にその体力を失ったかのようにぐったりした姿。


 もしかしたら……。


 僕はゆっくりとワイバーンの体を調べるために移動する。

 頭の立派な二本の角。

 すっかり戦意を失った赤い瞳。

 貫かれた翼から生えるゴブトの剣。

 ゴブリンたちにがっちりと押さえつけられ、動かす事もままならない太い尻尾。

 そして――


「やっぱりね」


 同じようにゴブリンたちによって動きを完全に封じ込められた鋭い爪の生えた足を見た時、僕の心の中にふと浮かんだ疑問が確信へ変わったのだ。


「君も元々はテイムされた魔物だったんだね」


 僕がじっと見つめるワイバーンの足。

 そこにはくっきりと一本の跡が残っていたのであった。


 それは長い間その部分に何かが巻かれていた事を意味する。

 自然にそんな日焼けのような跡が出来るわけがない。


「しかも僕たちと戦う前からかなり怪我をしているみたいだ」


 マイルさんたちが襲われた時に反撃して出来た傷だろうかとも最初は思った。

 だけど、その傷のほとんどはそれなりに時間が経っているように見えて、とてもじゃないがマイルさんたちが戦った時に出来たにしては古すぎる。


「ゴブナ。このワイバーンと話がしたいんだけど通訳できないかな?」

『ゴブブ?』


 通常魔物と人は話す事はできない。

 通常魔物と意思の疎通が出来るのは【テイマースキル】を持つ者のみ。

 しかも自らがテイムして使役している魔物とだけである。

 高位のドラゴン種の一部や、魔族と呼ばれる人に近い魔物の中には会話が可能な者もいるらしいが、進化しているらしいとはいえこのワイバーンは人の言葉は話せないようだ。


 だが、魔物同士であればある程度の意思の疎通は可能な場合があるらしい。

 なので僕はゴブナにそれが可能かどうかを尋ねたのだ。


 このワイバーンもゴブナも進化した魔物。

 ならば会話が成り立つ可能性があるのではないかと思った。


『ゴブブブ』

『グギャウ』


 そして、どうやらそれは正解だったようだ。


「そうか。じゃあワイバーンに聞いてほしいんだけど、どうして行商人を襲ったんだい?」


 魔物が人間を襲うのはよくあることだ。

 なので普通めったにワイバーンくらいの魔物には遭遇することはないとは言え、遭遇すれば行商人の馬車を襲うこともあるだろう。

 だけど元使役魔物であったとしたら話は別だ。


 テイマーに一度でもテイムされた魔物は、その後テイマーが死ぬか自分が死ぬまで人と過ごすことになる。

 そしてこのワイバーンのように主であるテイマーが亡くなり、使役契約が解除された魔物は、新たなる主を求めるか人の居ない地へ向かう事がほとんどであるとルーリさんから聞いている。

 理由はよくわかっていないらしいが、主と同じ種族を『餌』と認識できなくなるためではないかともいわれている。


「だから君のように主を失った使役魔物が行商人を襲うなんて普通は考えられないことらしいんだ」

『ゴブ』

『グギャギャ』


 僕はこのワイバーンからどうしても話を聞きたかった。

 ワイバーンの傷の謎。

 なぜ普通なら襲うはずのない馬車を襲ったのか。

 もしかしたらワイバーンの主が亡くなったことも何か関係があるんじゃないだろうか。


 ゴブナを介した会話はかなり片言で、良く解らない言葉も混ざりなかなか難航した。

 そして知った真実に僕は驚きと悲しみと怒りが心を埋めていくのを感じた。


「それは本当かい?」

『ゴブブ』

「だとするともしかしたら僕が君と戦っている間にそいつは……」


 僕はワイバーンから事の真相を聞くと、ゴブナとゴブリンたちに後を任せ、慌ててゴブミンと十匹ほどのゴブリンとともに町の門へ向かう。 

 突然ワイバーンの前から戻ってきた僕に、門で様子を見ていた冒険者や衛兵たちから歓喜と勝算の声が上がる。


「すげーな。本当にワイバーンを倒しちまうなんて」

「馬鹿にして悪かったな」

「ワイバーンの素材は高く売れるっていうぜ。今日は奢ってくれよゴブリン坊ちゃん」

「烈風の奴らはお前さんが戦ってる間に上手く出て行ったぜ」


 やいのやいのと浮かれた言葉が投げかけられる。

 そんな中、僕は近くにいた衛兵の一人に駆け寄ると周りの喧噪に負けないように――


「ワイバーンに襲われたという行商人と馬車はどこにいったんですかっ!!」 


 と、人生で一番大きな声で怒鳴ったのだった。



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