第8話 聖女様と夏樹ひなた

「あの……夏樹さん、お話とは一体なんでしょうか?」

「ん、大したことじゃないんだけどね」


 陽と冬真を外に出したあたしは、改めて聖女様と向き直る。

 ……やっぱ学校中で噂されてるだけあって、この子相当可愛いわね。


 人形めいて整っている顔の造形に、艶やかな黒髪。

 ぱっと見は大人っぽく見えるのに、彼女の眠たげな半眼の瞳がアクセントになって、絶妙に大人っぽくなりすぎないようになっている。


「……いや、本当……なんで陽なの? いくら助けてもらったとはいえ……春宮さんならもっと上の人にだって彼氏役を頼めたでしょうに」

「えっと……秋嶋君も顔が悪いというわけじゃないと思うんですけど……」

「確かにあいつも冬真の足下には及ばないけど、顔が悪いわけじゃないわね。バカっぽさが滲み出てたり、ガラと頭の悪さのせいで台無しになってるだけで」


 あいつも黙ってればそこそこ女子から人気なのに気が付けばね……。

 黙ってればアリって友達もよく言ってるし。


 ……でも、見てくれだけで判断されるのはムカつくし、陽の良さが分かる人間があいつを好きになればそれでいい。


「夏樹さんは秋嶋君のことが嫌いなんですか?」

「……別に嫌いじゃないわよ? あいつはバカだけど、悪いバカじゃないし。あたしと冬真をくっつけてくれたのは陽だし、一応幼馴染みだからね」

「それにしては当たりが強いような気がしますけど……」

「こう言ったらあいつ絶対調子に乗るからね。だからついつい強く言っちゃうのよ」


 そもそも本気で嫌いなら、あたしは話しかけすらしないと思う。

 

「で、さっきの質問なんだけど……」

「あ、ごめんなさい。つい脱線してしまいました」


 1つ1つの動作から気品を感じられるあたり、やっぱり聖女様と呼ばれるだけのことはある。


「うーん……どうしてでしょうね? 確かにナンパから助けてもらったって言っても、やり方自体は酷かったですし……ちょっと引きました」

「そ、そう……意外とはっきり言うのね」


 もっとオブラートに包んだ言い方をすると思ってたから驚いた。

 別に皆の前で普段演技していい子ぶってるわけじゃないと思うし、これも聖女様の素ってことなのかしら?


「塩を顔にかけて目潰しして勝つなんて、どっちが悪党か分かりませんからね」

「ま、相手がガタイのいい先輩だったって言ってたし、陽ならそれぐらいやるでしょうね」


 陽曰く、ケンカする為に産まれてきましたみたいな体格の奴と真正面から殴り合ってたまるか、らしい。


「やり方は正直好感が持てませんでしたけど……何て言うか……不器用な優しさみたいなものを感じたんですよね、俺が困ったら春宮を頼るから、春宮も困ったら俺を頼ってくれ、みたいな感じで言われて」

「あー……あいつらしいわね、それ。ひょっとして、何かお礼をって言ったら断られたんじゃない?」

「え? そうですけど……どうして分かったんですか?」


 幼馴染みとして、あいつを小さい頃から見てたら分かる。

 自分は人を助ける癖に、助けた相手からお礼を受け取ろうとしない。

 それがあたしの知ってる秋嶋陽という人間だ。


「昔からだからよ」

「そうですか……夏樹さんの言う通り、断られてしまいまして……お礼もさせてくれないなんて酷いじゃないですかって思ったら……ちょっと気になってしまったんですよね」

「ん?」


 少し頬を赤らめて、もにょっとし始めた春宮さんを見て、あたしは違和感を感じ取った。


「男の子がこんなに気になるのなんて初めてですし、気になってしまったら……この感情と秋嶋君っていう人についてもっと知りたくなってしまって……気が付いたら彼氏役を頼んでしまっていたんです」

「んん?」

 

 照れ笑いのようにはにかむ聖女様を見て、あたしは違和感の正体に気付いて確信してしまった。

 ――それ、惚れてない?


「待って待って! え? ……え?」

「夏樹さん? どうしたんですか?」


 ど、どうしよう……これってあたしが伝えるべきなのかな? でも本人が気が付かなきゃ意味が無いわよね……?

 いや、勘違いって可能性もあるし……!


「えっと、ね? 落ち着いて聞いてね?」

「はい……?」

「――あなた、陽のことを本当に好きになってる可能性があるわ」

「………………………………ふぇっ!?」


 あたしが言ったことを時間をかけて飲み込むようにしていた春宮さんは、あたしの言ったことを理解してしまったのか、一瞬で顔をボンッと沸騰させた。


「わ、わわ私が……!? 秋嶋君のことを本当に好きになってる!? それでは気になるって気持ちやもっと秋嶋君のことを知ってみたいっていう感情は……恋!? というものなのですか!?」

「お、落ち着いて? まだそうと決まったわけじゃないから」

「そ、そうですね……」

「ところで、陽と一緒にいるとどんな感じ?」


 落ち着いてクレバーに情報を整理しよう……うん、それがいいわ。

 まだ確定したわけじゃないからね。


「えっと……手のかかる人ですけど、嫌な感じは無くて……気付いたら不思議と笑っていたり、言葉にはし辛いんですけど……こう、胸の奥が温かくなるような……」

「そう……春宮さん、落ち着いて聞いてね」

「……はい」


 あたしは一呼吸置いて、緊張した表情をする聖女様にあたしが今の話を聞いて思ったことを告げた。


「――それは、間違いなく恋よ」

「…………………………………ふぇっ!?」


 あ、また爆発した。 

 でもまさか……あの聖女様が陽に恋を……ねぇ。


「こ、恋!? これが!? ……ど、どどどうしたらいいんでしょうか!? 私、恋をするのは初めてで……!」

「そうね……陽と春宮さんの仲をあたしが取り持ってあげてもいいわよ?」

「本当ですかっ!?」

「その代わり、あたしと友達になってくれることが条件! どう?」


 元からそういう話だったわけだし。

 呆気に取られたような顔をする春宮さんを見て、あたしは思わず笑ってしまった。

 この子、結構表情豊かな子なのね。


「はいっ! 是非!」

「よし、あたしのことはひなたでいいわ。あたしも結花って呼んでもいい?」

「もちろんですっ! よろしくお願いします、ひなたちゃん!」

「ん、よろしくね。結花」


 さて……陽、アンタから受けた恩をようやくちゃんと返すことが出来そうね。

 笑顔の結花を見ながら、あたしはそんなことを思ったのだった。

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