何でか知らないが聖女様に彼氏役を任されてしまった。

戸来 空朝

第1話 俺と聖女のプロローグ

「なあ、冬真? 俺の言いたいことが分かるか?」


 俺こと、秋嶋陽あきしまようはげんなりしながら幼馴染みである桐原冬真きりはらとうまに話しかけた。

 冬真は全体的な表現がさらりで済むようなイケメンフェイスに、やや長めの黒髪を嫌味なくセットした嫌味なイケメン野郎だ。

 

「えーっと、ごめん。陽が何を言いたいのかが俺には分からないよ」


 くそっ、イケメンはどんな仕草をしても絵になりやがるなぁ、おい!

 ただ笑いながら謝っただけなのにクラスの女子から小さく黄色い悲鳴が上がるなんて納得がいかねえ!


 多分俺がそれをやったら別の意味で悲鳴が上がる。……想像しただけで泣ける。

 まあ、それはいい。


「はい、冬真! あーん。美味しい?」

「うん。ひなたの料理が世界で1番美味しいよ」

「本当!?」

「……俺もう耐えきれない! 誰か席変わってくれ!」


 人の気も知らないで、目の前でイチャイチャしやがり始めたバカップルからとにかく離れてぇ!

 

「陽、少し静かにしてくれない? うるさいわよ」

「俺が怒られるのは理不尽すぎるだろ!?」


 目の前で彼氏にあーんをしてみせたこの少女は、夏樹ひなた。

 つり目気味の瞳に、首筋が隠れるぐらいの明るめの茶髪のセミロングの女子。

 彼女も俺の幼馴染みであり、察しが悪い人でもとっくに気が付いてると思うが、冬真とひなたは付き合っている……!


 それは別にいいんだよ! だってこの2人をくっつけたのは俺だし! 

 でも、ことあるごとに目の前で砂糖たっぷりのいちゃつきを見せられる独り身の身にもなってみてくれ! 殺意しか湧かねえから!


 俺はまだずっと見てきてるから耐性が多少はあるけど、耐性の無い人間がこの2人のやり取りを見たらどうなるか。


「うがぁぁぁぁあああ! もうこんな所にいられるかぁっ!」

「クソがッ! 母ちゃん自慢の弁当が甘すぎてまずく感じやがる! もう食えねえ!」

「早く塩を撒いてリア充を浄化しろぉ! 死人が出るぞぉ!」


 こうなる。

 いくら耐性があっても、俺もそろそろ塩を準備し始めたクラスメイトの方に混ざりたい!


「……お前ら、あの惨状を見てどうも思わないわけ?」

「別に?」

「俺にだって出来たんだから、皆にだってきっと出来ると思うんだけど……」


 鬼か!? お前らカップル揃って血も涙もないのか!?


「嫌味か桐原ァ! 料理作るみたいな手軽さで言いやがっててめえ!」

「てめえを料理してやろうか!? 俺の恨みの炎でウェルダンにまで持ってってやろうか!?」

「アンタたち、うっさい」


 ひなたが一睨みすると、あれだけ騒がしかったクラスメイトたちが一瞬にして沈黙してしまった。

 お前強すぎない? 実は家系に誰かメデゥーサとか混ざったりしてない?


「やっぱ彼女持ちに独り身の野郎の気持ちなんて分からないか……」

「そんな事言って……今は陽だってその彼女持ちだろ?」

「おいバカやめろ! せっかくいい感じに矛先がお前らに向いてるって言うのに!」


 というかお前ら俺の事情は知ってるよな!? 


「クソがァッ! そうだった! 秋嶋の野郎も……!」

「憎い! どうしてお前が……! お前なんかが『聖女様』とぉッ!」

「絶対に許さねえぞクズがァッ!」


 暴徒と化しているクラスメイトたちが言った聖女様とは……俺のクラスメイトのある1人の女子を指している言葉だ。


 その女子の名前は春宮結花はるみやゆいか

 小柄な体躯に黒髪ロングの腰まであるストレート、まるで人形の様に愛らしい顔立ち。そして、眠そうな半眼のオプション付き。

 品行方正で誰にでも優しく、平等に接する姿を見て、高校入学の僅か1ヶ月でそんな彼女には『聖女』という呼び名が与えられたわけだ。


「お、噂をすれば……帰ってきたね」

 

 冬真の視線の先には、件の聖女様が立っていて、俺の方を見るなり笑顔で駆け寄ってきた。

「お待たせしました、秋嶋くん」

「あ、ああ……別に待ってないぞ?」


 むしろ今の俺の置かれている状況を考えれば、戻ってきてほしくなかったぐらいだ!


「桐原はイケメンクソ野郎だから200歩ぐらい譲ってようやく納得が出来るが……! 秋嶋のカスがあの立場にいるのは絶対納得出来ねえ!」

「なんで聖女様があんなクズなんかとぉッ! 生まれてきたこと後悔させてやりてぇッ!」

「暗殺するしかねえ……!」


 やばいやばい! 殺気がMAXだ!?

 なんかフライパンとか塩こしょうとかナツメグだとかパン粉だとかがどんどん搬入されてるし!

 もしかして俺ミンチにされてハンバーグにされる計画立てられてる!?

 いくらなんでもカニバリズムが過ぎるだろ!?

 というか教室でクッキングを計画するのはいかがなものか!


「おー、相変わらず聖女様の人気はすごいわねえ」

「そうだね。でも、俺にとっての聖女はひなただよ?」

「やだ、もうっ! 冬真ったら!」

「お前ら人が割とマジで命の危機感じてる時にイチャつき始めてんじゃねえぞ!?」


 このバカップルが! 時と場合を考えてイチャつけ!


 クソッ……! 何で俺がこんな目に合わないといけないんだ!

 それもこれも全部……この聖女が悪い!

 キョトンとした顔して、俺を見る春宮を見て、ため息を吐く。


 ――こいつが俺になんて頼むからこんな事になったんだ!


 俺たちの関係が始まってしまったきっかけは、ほんの1週間前に遡る事になる。

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