アマノォト
音梨花音
第1話 現在は彼女らのものかもしれないが、未来は私のものだ
私たちが地球から飛び出して三十年。
宇宙での暮らしの中で、不自由な事を残しつつも新しい生活が根付いていく。
――地球浄化計画。
地球の保全にあらゆる手段で望んでいた人類だが、衝突も絶えなかった。
各国の勝手な主張。それによる紛争。地球を守るどころか、傷つけあい、今までの生活が平和とは遠ざかっていった。
平和を願う民族の独立。それは地球での生活の放棄。宇宙空間へと逃げ出す事を余儀なくされた。
スペースコロニーによる人工居住空間で送る生活だ。
私たちの生活は大きく変わった。
徹底的に管理された環境。天候のコントロール。起こるはずもない天災。完全に取り締まられた銃砲刀剣所持、違反薬物。私たちの総意がこの結果、だそうだ。
それらの殆どはコンピューターが管理し、その出力は人型に模した『DooL』と呼ばれるロボットが用いられている。
DooLは街角に立ち、私たちに手を振る。笑顔を表す事は決して無いのではあるが、造られた好意的な表情を向ける。
DooLを操る方法は多数ある。所謂キーボードを用いる方法も残ってはいるが、現在は主に声や音に関するデバイスが利用されている。
音を巧みに操る、音楽は次第にコロニー生活で欠かせないものになった。
流行している歌手、これもDooL化している現実はあるが、人間が歌っている
のももちろん残っている。いわゆる歌謡曲は衰退傾向にあり、声楽に近い曲が流行している。
人による楽器演奏は未だにハードルが高い。楽器によるDooLの操作も可能ではあるが、声で操作できるものだから好んで扱うものは徐々に減っていった。それもDooLが楽器演奏をしてしまうためでもある。
そんな流行に逆行している、あたし達は潰れかけの吹奏楽部に所属している。
チューニングのA音が淋しげに響き渡る。
「だーもう。おまえらやる気あるのかぁ!?このまんまじゃ、まーたDooLに入学式の演奏取られちまうぞ!」
「流石に無茶だよ、さほ。金管はなぜか揃っているけど、木管があんたの蛇でも出てきそうなフルートだけじゃん」
「マーチならできるだろう?“星条旗よ永遠なれ“なんてならオレ様のフルートのオブリガートでキラキラよ」
「去年も却下されて今年で出来ると思う?部員だって結局増えてないわけなんだし」
「そのネガティブさがダメなんだよ!」
「根本的な問題がダメなのだよ、さほくん」
「あー?」
「拙者たちの吹部には……」
「には……?」
「パーカッションが……」
「が……?」
「いなーいのよっ」
「あーそんなもん簡単じゃねーか。それこそDooLに任せればいいだろ」
「あらまぁ。それなら全部DooLに任せちゃえばいいじゃないの」
「だーそうじゃねえんだよぉ……」
背格好は中学生並、言動とお嬢様の代名詞と呼ばれがちなフルートを扱い、楽器が不釣り合いとよくからかわれる、吹奏楽部部長、2年の高橋さほの訴えがチューニング音をもかき消す。
めっきり寂れてしまっている吹奏楽部。それもそうで、楽器を出来る事が大きなステータスとしてなさなくなっている現在、わざわざ部活に入ってまで嗜む者はそうそういない。
それにDooLの存在もある。DooLは女性型が多いので、現在は彼女らが代理演奏をすることで、学校での演奏する機会が殆どなくなっている。
「拙者はね、みんなでまーったり演奏を楽しめればそれでいいと思うんだっ」
さほの頭を撫で、変わった一人称を喋るのは3年の三好むすび。担当楽器はトランペット。
「あらまぁ。むっちゃんは本当にさほ様が大好きねぇ」
大きなベルの間から微笑むのは森下たまえ。テューバを担当する。
「まずはさ、あたしたちは大きな問題を抱えているのをわかってる?」
「ん?ん?どうしたんだよ、さくや」
「パーカッションもいないのは事実ではあるけど……」
「そういえば顧問の先生いないね!拙者、気付いちゃった!」
「はぁ……」
大きく肩で息を吐くのは、白河さくや。父の形見のトロンボーン。それも特殊な構造をしているバストロンボーンを担当する。
「まずはさ、演奏会の前にあたしたちで何が出来るのかを考えようよ」
「どういう事だよ、さくや」
「繰り返すようだけど、何故か金管パートだけはそれなりに揃っている」
「そーだな、木管はフルートのオレ様だけだ」
「フルート一人の為に曲を選ぶとなると、それこそ“星条旗よ永遠なれ”くらいしか選択肢は無い」
「おう、それでどうするんだ?」
「ここはさほには、パーカッションにパートを移ってもらって」
「ふむふむ、それで……?」
天にかかげキラリと輝くフルートをさくやにめがけて振りかざす。
「バッキャロー!オレ様のフルートをどうしてくれるんだよ!」
「部長のさほの犠牲により、金管バンドの曲はだいたいクリアできる。めでたしめでたし」
「おい……なめてんじゃねえぞぉ?」
「そうよう、さくやちゃん。こんな男の子みたいなフルートでも、賞取るくらいは吹けるらしいのだから」
「らーしーいーじゃねえの!」
ここ最近、ずっとこのような言い合いが続いている。入学式も目前という事なのに。
「どいつもこいつもDooLってさ……」
「さほ、どうしてそんなにDooLを嫌がるの?」
「嫌がってるわけじゃねえんだよ。ただ、オレたちのやる事ってそんなに意味が無い事なのかなってさ」
「弱気になっちゃってさ。ほーら、入学式やるんだから申請出してきなさいよ」
「パーカッションどうすんだよ、ほんと」
むすびに肩を押され一緒に職員室へと向かうさほとむすび。二人のDSがクルクルと頭の上を回っている。
Durable Stoneと呼ばれるデバイスだ。DooLと同じく最近になって各個人が持つようになった。スマートフォン、携帯電話、タブレットといった身の回りにおける端末の最新型であり、手のひらに収まるサイズの石のような形状をしている。昨今はこのようなデバイスは産まれた時にもう与えられる。DS名前は宝石の名前を踏襲しており、さほのタンザナイト、むすびのダイオプサイト、といった具合で、宝石言葉を親が選んで与える場合が多い。
「クリスタル、チューニング。Bちょうだい」
さくやのDS、クリスタルがキラリと光る。マスターの指示通りB、シのフラットの音を奏でる。
「さくやは真面目ねぇ」
「え?」
「演奏できるかどうかもわからないうちから、楽譜も用意して、楽器も準備して」
「出来る事をやるしかないじゃん」
「さほとむすびの交渉が上手くいくと思って?」
「入学式の演奏は結局DooLがやると思う。あたしが考えているのはその次。部員の確保よ」
「あらまぁ。気が早くてね。しかし、クールね、相変わらず」
「別にそんなつもりじゃ……」
年季の入ったテューバをそっと撫で、ゴールドポリッシュで優しく磨く。何年使っているかわからない程のものだが、キラリと輝きを取り戻す。ロータリーも重たくなっていて油を挿したり手入れが大変なたまえ。
「しかし大変ね、そのテューバ。先人たちはどう扱ったらこうなるの」
「地球時代から使われてるそうね。この学校の名前でもある令和よりずっと前から使われていたのでしょう」
「令和……元号、か。歴史の教科書にちょっぴり載ってたね」
夕暮れ、黄昏。窓際から心地の良い風とテューバ、トロンボーンの低音デュオの音階が響き渡る。
「ギャー!もう!」
そよ風は廊下からの怒声にかき消される。さほが帰ってきたようだ。この様子だと交渉は決裂か。
「おかえり、さほ。どうだった?」
「入学式はDooLだとよ!もう手筈が整ってるってさ」
「だから言ったじゃない」
「むー、拙者が思うにさほ様があそこまで罵声を浴びさせなければチャンスがあると思ったんですがなぁ」
「またやったの」
「だーもう、うるせー!」
「あらまぁ。さほももう部長さんなんだから、ある程度は周りのこと考えないとだめよう」
「新歓に備えよう。それが建設的だ」
「さくやはよぉ。悔しくないのかよ、いつもそうやってクールでさ」
「悔しいからやるの。曲はさほに任せるから」
「いいのか、オレに任せて、いいのか?」
すっかり機嫌を取り直したか、にやにやしてホワイトボードに近づき、力強い字体でキュッキュとペンを走らせる。
「やっぱりこれだよな!」
――翌週、体育館。
「新入生のみなさん。ご入学おめでとうございます〜」
伴奏はエルガー作曲、威風堂々第一番。勿論演奏はDooLによるものだ。
「くっそーDooLの野郎……システムエラーでも起きて間違えちまえばいいのに」
一糸乱れぬ演奏。さながら、録音されている音源を再生しているような。
「静かに、さほ。相手がDooLでもプログラムしている人はいるんだよ」
「けどよぉ、DooLが演奏してたんじゃ……」
トリオに差し掛かったその時、DooLの動きに異変が現れた。
「おいおい……どうしちまったんだよ……」
「止まっちまったぞ!どうなってんだ!」
「み、皆さん、ご静粛に!」
ざわめく体育館。慌てふためく教員たち。
「さほ、諦めきれなかったんでしょ。持っているんでしょ、フルート」
「だけどよ、さくや。ああ、持ってるよ。けど、どうしろっていうんだい」
「威風堂々のトリオならフルートソロでもいける」
「バカ言え!オレを停学させる気か?」
「あんたのフルートは賞を取ったんでしょ。トリオなら練習無しでもいけるよね」
「お前……わかった、やってやろうじゃんか」
椅子から立ち上がり、否、椅子の上に立ち上がり、急遽フルートを用意するさほ。
さほはこれでも全国級の腕の持ち主だ。DSを使わずともチューニングをあわせ、トリオ部を吹き始める。
体育館は無言にかえる。そして緑髪に赤い眼鏡をかけた少女が立ち上がる。
「Land of Hope and Glory, Mother of the Free, How shall we extol thee, Who are born of thee?」
美しい声で、さほの演奏に合わせて歌う生徒がいる。
「God, who made thee mighty, Make thee mightier yet.」
何かを思い出したようにDooLの瞳が点灯し、楽器を構え直す。
再現部に入り、主題に回帰する頃にはDooLの演奏が再び再開された。
吹奏楽部員は全員目が合い、楽器を保管してある音楽室へと駆け出した。
「どうなってるの、さくや?」
「わからない、けどあたしたちに出来る事はこれしかない」
「拙者もわからんでござるな。さほ様が何か仕出かしたのでは?」
「さほがDooLの事わかる訳無いでしょ」
音楽室に到着し、準備室の窓を開けると、DooLたちの無機質な演奏が聞こえてくる。
「がー、もうトリオだ!間に合わねえ!」
「DSデバイス、体育館へ。スピーカーになって頂戴」
「頭いいな、さくや!」
「……その必要は無いわ」
「!?」
「通信割り込み、トリオ部のプログラムは修正しました。あなたたちは後でたっぷり怒られる事ね」
「その声、お前さっきの……!」
「あなたたちには話があるわ。部長、それと白河さくやと言ったかしら。DSに直通入れるわね」
ブツリと切れる声。唖然とする部員一同。
「聞いたことあるわねぇ」
「むっちゃん先輩……?」
「天才DooLプログラマー。でござるか」
「ええ、名前はなんて言ったかしら」
「清澄……」
「知ってるのか、さくや?」
「清澄てらす」
アマノォト 音梨花音 @kodemari
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