303 爽やかな春の装いを



「二人ともお待たせー!」


 手を大きく振って現れたのは、ピンクのセーターに身を包んだ春咲だ。そのいかにも春らしい装いに、俺は「あ、そういえばもう春か」と今更のように感じた。


「遅いわね、ももか。私たちもう3時間も待ってたのよ?」


 橘が真顔で叱ると、春咲は青ざめた顔で勢いよく頭を下げる。


「ふえぇ!? ごめん!! どうしよ私、時間勘違いしちゃってたかな?」

「ふふ、冗談よ。3時間前って朝の7時じゃない」

「なんだぁ、嘘でよかったぁ。もう琴葉ちゃんのいじわる!」


 すぐに穏やかな表情に戻した橘を見て、一安心した様子で春咲も胸を撫で下ろした。

 

「まぁ今日くらいはね?」

「今日……?」


 首を傾げる春咲に、俺は自分のスマホのロック画面を見せる。

『2020年4月1日 10:38』の表示を見て、ようやく春咲も気付いたらしい。


「そっか! エイプリルフール!」

「春咲もそろそろ学習しろって」

「もう、高校の時からこれで三度目よ?」

「にへへ、いつもは琴葉ちゃんが嘘つくことなんかないからさー。騙されちゃうよね!」


 そう自信満々に言って微笑み合う女子二人は幸せそうだが、どうか高い壺だけは買わされないようになと俺は心の中で願うのだった。



「おーい、入るぞ」


 俺たちが今日やって来たのは大型商業施設だ。来たる計画のために必要なものを買いに来たのである。


「それにしてもなんでこんなとこ来たの?」

「春咲、お前まだ天賀谷のこと好きか?」

「え? す、すきだよ!? ずうぅーっと!!」


 仄かに色づいた顔でそう答えた春咲に、俺も思わず微笑みが零れる。そうだ、俺はコイツのこんな顔が見たくて、あの頃も今も、こうして奔走しているのだ。


「楓も別にももかのことが嫌いになった訳じゃないのよ」

「え、琴葉ちゃんたち楓に会いに行ったの?」

「ああ。だから大体の事情は把握した。詳しくは言えないが、上手くやればもう一度アイツとよりを戻すことも可能だ」

「何を上手くやればいいの? 私なんでもやるよ!」

「ちょ、近い近い……」


 思いっきり顔を近づけてくるところからも、春咲の熱意が伝わってくる。別れて一か月、天賀谷のいない生活は彼女にとって相当苦しかったのだろう。


「ごめんごめん。それで? 何やるの?」

「花見だ」

「ハナミ?」

「花見」

「はなみ……花見!? なんで!?」

「やっと理解したか。だから今回はその為の買い出しだ」

「なるほど分からない!」

「まぁ今の説明で分かれと言う方が酷ね。私が説明するわ」

「頼んだ」


 それから橘が春咲に作戦の概要を説明するのを聞きながら、俺はレジャーシートやら紙コップなど必要なものを買い揃えた。

 というか、この程度なら今の時代ダイソーに行けば全部揃うのでは、とも思った。しかし場所の提案をしたのは橘だ。何か別の意図があったのだろうか。

  

「……つまりね、偶然を装うの。分かるかしら」

「なるほど! 4月1日じゃないのにエイプリルフールするってこと?」

「まぁそうね……」


 ちなみに、後ろで教えられている作戦というのはこうだ。まず、天賀谷は自分のもやもやが理解できるまで春咲には会いたがらないだろう。その為、俺と天賀谷の二人という名目で呼び出し、そこで橘と春咲が花見している所にバッタリ遭遇ということにする。あとは春咲が天賀谷をできるだけ誘惑する。以上。


「ゆーわくって? 例えば何するの?」

「う、うーんと……。一瀬、ヘルプ」

「一番説明しづらいとこで俺に投げるな」

「……」

 

 じーっと見つめられて思わず目を逸らす。誘惑の具体例を思いつくのは簡単だ。しかし、それを仮にもずっと好きだった人に面と向かって言うのは……恥ずかしいに決まっていた。え、ていうかこれって男の俺が言ったら「やらし~」みたいになるのでは? いや、やらしいこと考えさせる為にするんだから当たり前なんだけども。


「た、例えば! そう……腕を抱くとか……どうだ?」

「あー! こうやって?」

「ちょ、ちょっとももか」


 急に腕を抱かれた橘は照れながらも嬉しそうだ。身長差も相まって普通にカップルっぽい。橘、男勝りだしな。うん。絶対言うのはよそう。


「確かにこれはドキドキするわね……私でもしたわ」

「楓にドキドキさせられたらいいの?」

「え、えぇ。大体それで合ってるわ」

「なるほどー。じゃあこういうのは?」

「ひゃ!?」


 そう言うと春咲は橘の背中に腕を回し、ぎゅむっと思い切り抱きついた。もしかしてあれか、今日はアレなの? 百合回なの? まったく、こんなものは目の保養にしかならないというのに。


「ふふ……これもアリね」

「お前が興奮してどうすんだよ」


 橘の春咲への溺愛ぶりは昔から知っていたが、今日を機に更に悪化するかもしれないな。悪いことではないから重症化の方が近いか。


「分かった! 私、頑張ってみるね!」

「おう、応援してる」

「じゃあももか、私たちは行きましょうか」

「うん!」


 二人が示し合わせたように顔を見合わせる。

 え、なんかこの後する予定あったの? っていうか「私たち『は』」って俺のこと絶対含んでないですよね。


「あ、浩貴! 私たちね、これから服買いに行くの!」

「もう春だものね」

「いやそういうのは先言えよ! 俺どうすればいいの?」

「うーん、帰るとか?」

「最低なこと言い出したぞコイツ」

「ふふ、冗談よ。手短に済ませるから少しだけどこかで暇を潰してもらえる?」

「はいはい」


 まぁ俺はこういうところに来たら専ら本屋にいるし、別にいいか。それに春咲と橘も昔はよく二人で買い物とか行ってたみたいだが、最近は全然会えてなかっただろうしな。


「俺は本屋にずっといるから、気にせずゆっくりしてこい」

「ありがと! 浩貴!」

「悪いわね」

「気にすんな。お前も遊びたいって欲求があったんだなって思い出して安心したくらいだ」

「何よそれ。とにかく帰りは荷物持ちよろしくね」

「帰らせないのそのためかよ!」

「ももか、まずはどこ行きたいかしら?」

「おーい……」


 ツッコむ俺を無視して二人は仲良く腕を組んで洋服屋に入っていった。

 あぁ、そうか。俺は間違っていたんだな。


 ────百合回は次回だ。

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