203 はじまり終わりはじまり


 


「じゃあ次。委員会決めするぞー」


 退屈な始業式を終え、自己紹介やら担任の挨拶やらの後は委員会決めだった。

 そしてこれはどうでもいいが、奇しくも、本当に奇しくも。隣の席には彼女がいた。


「ねね、こーきは何にするの?」

「できるだけ楽なやつだな。春咲は去年とか何やってたんだ?」

「がっきゅーいいんちょー」

「へえ、意外だな」


 クラスを纏めるより搔き乱す方が向いていそうなのに。

 とはいえ、クラスのリーダーというのは結局のところ、人望が一番必要だったりするからな。そういう意味では、彼女がやるのは自然だったのかもしれない。


「意外でしょー? 私もそういうの得意じゃないって言ったのにさー。だから今年はそれ以外ならなんでもいいんだー」

「へえ」

「もうこーきと同じのにしよっかなー」

「……」


 いや、あのな。この子は天然なんだろうけど、こういうのって普通の男子は期待しますよね? っていうかなんなら半チャンくらいの確率で気があるよね? ……いや中華の話はしてないんだけど。


 だが不思議なことに、クラスの男子の誰も、彼女を恋愛対象として見ている素振りがない。この敏感な俺ですら、彼らの中の下心を透けて見ることができないのだ。

 ただの考えすぎなのかもしれないが、普通こんな期待させるようなこと言われたら好きになってしまう野郎だって一人や二人出てきてもおかしくはないのに。


「じゃあ、まず学級委員やりたい奴、挙手」

「あれ? 春咲やんねーの?」


 教室中の誰も手を挙げないので、去年の実績を知っているのであろう、前の席の男子が振り向いて彼女に訊いた。彼女は肩をすくめて答える。


「私もー疲れちゃったもん」

「はは、皆でお前の面倒見るのも楽しかったけどな」

「なにそれひどー!」


 春咲も話している男子もお互い気兼ねなく、それこそ同性の友人と話すかのように話している。

 確かに彼女は性格もパワーも男勝りだし、破天荒なところもある。故に周りから異性として見られてない可能性も……ある、か?


「じゃあ、私やります」

「お、西沢。じゃあここからは仕切り頼むな」

「はーい」


 先ほど話しかけてくれた西沢さんが、担任に代わって教壇に立った。

 眼鏡も相まって確かに真面目でしっかりしている人に見える。実際そうなのだろう、誰も異を唱えず拍手で賛同を示した。


「うーん、まぁ第一希望被ってあぶれるのも嫌だしな……」

「そうだねぇ」

「じゃあさ! これとかどう?」


 彼女はプリントの委員会一覧表のうち、共催きょうさい委員を指差している。

 他は大概男女ひとりずつの役職が多いのに対し、この委員は男女ふたりずつ。確かにこれならあぶれる可能性は低くなる。元々聞き馴染みのない役職だし人気は低いだろう。


「でも、これ楽なのか……? よく分からないが」

「何するか分かんないってことはきっと楽なんだよ! きっと!」


 二回も「きっと」を言うあたりかなり不安だが……。まあでも彼女の意見も一理ある。

 忙しい役職の場合、放課後に彼らが活動しているのを見かけることは多い。例えば運動委員だと、イベント直前になると体育倉庫の備品を忙しなく運んでいるのをよく見かけていた。

 そういう意味では、共催委員って放課後見かけたこと一度もないな。勿論、記憶にないだけかもしれないが。


「まぁ確実に地雷と分かってる役職を避けられるなら悪くはない選択……か」

「決まりだねっ!」



「じゃあ次。共催委員やりたい人は手を挙げてください」


 西沢委員長の言葉を待って、俺は静かに手を挙げた。

 もちろん、隣の彼女は「はい! はい!」と謎のアピールをしている。声出さなくても多分君の手は見えてるよ?


「お~! じゃああと二人、やりたい人いますか?」

「……」


 なぜか委員長は感嘆の声を上げ、その上他に続くものは誰もいなかった。

 え? もしかして彼女実は裏で嫌われてるとかそういう感じだったりする……?


「まぁ共催委員は私去年やったけど結構ハードだからね。なんて言ったって生徒会執行部と共に行事を催す委員会だから。家に持ち帰る仕事も多いし。だからこそ、ももかと一瀬くんは偉いなあ」

「は?」


 ま、まじかよ……? それじゃあ実質、執行部補佐じゃないか……!

 隣の春咲もさすがに驚いて、口を開いた。


「にゃは、そんな大変な仕事だったんだ! まあ頑張るけど!」


「おいおい春咲分かってなかったぞ」

「共催の社畜ぶりは去年から有名でしょ~?」

「毎朝エナジードリンク片手に学校来てるもんな」


 いやいや度を超してるからそれ。労働基準法ちゃんが黙ってないから。

 そりゃあ皆、誰も手を挙げない訳だ。まあ、春咲が嫌われ者じゃなさそうで良かったけど。いや良くないが。

 まあでも「え、じゃあやっぱ辞めます」なんて言えるはずもない……。春咲は頑張るって言っちゃったしな……。


 なかなか誰も手を挙げない状況が続く中、とあるお調子者そうな男子がからかうように言った。


「おいおい彼女が困ってるぞ。彼氏が助けてやれよ~」


 彼の視線に誘導されて、一番後ろの席で照れながら笑っている男子に視線が集まった。

 その印象的な顔は俺も知っている。サッカー部のあま賀谷がや かえでだ。何度か校庭でサッカーしているのを見かけたことがある。


「むむ、俺たちはそういう関係ではなくてだな……」

「またまた~」


 あぁ、印象的な顔とはどういう意味かって? 話は簡単、ただのイケメンってことだ。

 そうか。これで合点がいった。誰も春咲に惚れない理由。絶対敵わない彼氏がいるからだ。


「春咲って、天賀谷と付き合ってたんだ」


 俺は隠しきれない失望をにじませて、ポツリと呟いた。

 視界を彩っていた薔薇たちが、急に色を失くしていくのを眺めながら。

 

「違うよ。私たちはただの幼馴染……」

「え……?」

 

 初めて聞く春咲の切なそうな、か細い声に俺は思わず彼女の表情を確かめた。

 その時ばかりは、男勝りなんて言葉からは程遠い────


「……アイツにとってはね。えへへ……」



 ────恋する乙女の顔をしていたのだ。



 なるほどな。よーく分かったよ。

 春咲は天賀谷のことが好きだ。だけどそれを伝えてもないし、天賀谷も気付いていない。

 でも春咲は今の通り、表情で周りにはバレバレ。そりゃあ誰も彼女のことなんか狙わない。むしろ躍起になって二人をくっつけようとしているのだろう。


「それは入り込めないですわ……」


 俺ですらその表情を見たら、うっかり春咲の幸せを願ってしまいそうになる。

 だって彼女にあんな顔させられるのは、彼だけなんだから。


「うむ。誰もやらないなら仕方ないな! 引き受けよう!」

「おお~!」

「ひゅーひゅー」

「じゃ、じゃあ私もやります」

「ひゅーひゅー」

「あ、橘さん? ありがとう、これで4人ね! じゃあ次体育委員やりたい人~!」

「結婚しろーひゅーひゅー」

「……」 

「……」 



                *



 長い回想は終わりだ。

 お気付きだと思うが、最後に騒ぎに乗じてぬるっと手を挙げたのが橘 琴葉である。この時点では俺たちはまだ面識はなかったが、既に橘は天賀谷のことが好きだったらしい。同じ委員を狙っていたなんて、アイツも意外と狡猾だよな。


 ……こうして全くの偶然で共催委員となった俺たち4人だが、以後の高校生活の殆どをこの4人で過ごすことになるのだった。

 そしてその最中で、俺と橘は鈍感でもどかしいあのふたりをくっつけようと画策するのだが、それはまた別の話。

 結果だけ言うと、天賀谷と春咲は卒業ギリギリでようやく結ばれることになる。

 俺たちは失恋を自らの手で完遂させたのだ。彼らが好きだという以上に、居場所をくれた彼らに感謝していたから。



「実はね……私、楓と別れちゃった」



 俺のささやかな恋心は常に『叶わない』という前提にあった。

 だから、俺は今さらそんなことを言われて、動揺しないはずがなかったのである。



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