幕間7
一人残された美優は、言われた通り事務所兼自宅の戸締まりをし、クロガネの分の食事にラップして冷蔵庫に保管する。
そして、たった一人で夕飯を摂り始めた。黙々と静かに充電補助を行う。
「…………」
普段よりも静かに感じる。テレビの音量が小さいわけではないのに。
思えば、一人で夜を過ごすのは初めてのことだった。
普段ならクロガネが傍にいて、脈絡もなく現れる真奈も今日に限って居ない。
……少し、寂しい。
さほど量が多いわけでもない夕飯を完食し、食器を洗うと風呂に入る。
洗髪中に誰かの視線を感じる、などと良く聞くが、美優は排熱の関係上、入浴に十分も掛からない。その上、視線を感じることも出来ないので、その手の恐怖体験に無縁だった。
毛髪に擬態した放熱線の水気をタオルでよく拭き取り、パジャマに着替えて歯を磨く。
二階に上がって自室に入ると、部屋の照明も点けずに窓のカーテンを閉める。
美優の部屋は元々クロガネが使っていたもので、布団の他には何も置かれていない殺風景なものだ。クローゼットには、美優の着替えの他にクロガネの衣服も置いてある。今後使用予定である隣の物置部屋を片付くまでの間だけ、クロガネの着替えも預かっているのだ。
余談だが、美優は密かにラブコメ漫画によくある『着替え中に男女が偶然出くわすハプニングシーン』に憧れている。クロガネに少しでも意識して貰いたい思いから来る憧れなのだが、彼は必ずノックと声掛けを行うため、今の所そういった場面には遭遇していない。ちょっと残念。
専用の充電器にPIDを繋ぐと、もう一本、別の充電ケーブルを伸ばして部屋の中央に敷かれた布団に横になった。そしてパジャマの片袖を捲り上げ、前腕に仕込んだコネクタの蓋を開けてプラグを挿し込み、自身の充電も行う。
目を、閉じる。
……そのまま、朝を迎えるまで寝返りはおろか、美優の身体は微動だにしない。
深い眠りに就いているわけではない。
目を閉じてから朝を迎えるまでの約六時間、彼女の意識は――電脳空間にあった。
***
全方位コバルトブルーに彩られた電子の海。
その中で、人魚の姿をした美優の情報体は、無数の情報ウインドウに取り囲まれながら漂っている。
ウインドウには、探偵事務所から遠く離れた倉庫街の様子が映し出されていた。倉庫街の遥か上空にある衛星からの監視映像や、クロガネの多機能眼鏡が捉えた主観映像などである。それらを光速で並行処理しつつ、クロガネが今必要としている情報のみを抽出。送信から受信までのタイムラグを計算して補正処理を施し、リアルタイムで伝えている。
クロガネ視点の映像には、無数のコンテナが並べられて通路が狭い倉庫内の様子が映し出されていた。
「……前方八メートル先、左の赤いコンテナ……六メートル、五――今」
直後、五メートル先の物陰から武装した黒服が飛び出す。
同時に、画面手前に映るクロガネの拳銃が、轟然と火を噴いた。
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