幕間9
(流石に疲れた……)
演劇を無事に終えた新倉は、身体を引き摺るようにして獅子堂家の屋敷に帰還する。
あの後、クロガネが文化研究部から貰った報酬――学園祭に出店しているたこ焼きや焼きそばなどの無料引換券を差し出してきたが、丁重に断った。個人的に、クロガネと再び剣を交え、共に『仕事』が出来ただけで充分だったからだ。
演劇が無事大成功に終わって何度もお礼を言って来た学生たちを宥め、一人学園から立ち去った新倉は、借りていた訓練用の武器を戻しに、屋敷内にあるトレーニングルームへと向かった。
……背後から忍び寄る人影に、気付くこともなく。
トレーニングルームにて、借りていた武器を所定の場所に片付けた新倉は振り返る。
振り返った先に――――ナディアが立っていた。
無表情でライフルを背負い、予備の弾倉が何本も詰められたベストを身に着けた完全武装状態で、手には黒光りする拳銃が握られている。
「ナディア? どうし――」
新倉の発言を、銃声が遮る。
顔の数センチ横を銃弾が掠め、背後のロッカーを貫いた。
「……いきなり何の真似だ?」
怒気を帯びた声で訊ねると、
「……言ったよナ? こっそりクロと会っていた嘘つきハ、的になって貰うッテ」
拳銃を構えた褐色肌の少女は、底冷えするような声音で答えた。
「「…………ッ!」」
無言で脱兎の如く身を翻す新倉。
無言で容赦なく引き金を絞るナディア。
その日、トレーニング室は全壊し、屋敷の三割が損壊する大惨事となった。
新倉は何とか五体満足で死なずに済んだが、ナディア共々雇い主である獅子堂光彦にこっぴどく叱られる羽目になった。
そして罰として、屋敷の修繕の手伝いと、弁償も兼ねて今後しばらくは無給で任務に従事することになる。
一方、ナディアは――
***
後日、獅子堂家の屋敷・書斎にて。
「ほぅ、美優が学園祭の演劇で主役を……」
「――はい。実に素晴らしい演技で観客を魅了し、大絶賛でした」
獅子堂家当主・獅子堂光彦は、出嶋仁志――〈デルタゼロ/ドールメーカー〉から先日行われた才羽学園・学園祭の様子を聴いていた。
実は学園祭当日、出嶋とは別のアンドロイド端末が一般客として学園に訪れていたのだ。そして演劇の内容も、デ
「そうか……仕事でなければ、私も見たかったな。実に惜しいことをしたものだ」
孫娘同然の存在である美優の晴れ舞台を見逃したことに、光彦は残念そうな表情を浮かべた。
「――時にご当主、コレ、何だと思います?」
出嶋は思わせぶりな笑みを浮かべ、厚さ一ミリ、二センチ四方の小さな部品を掲げて見せた。
「それは……PIDのメモリーカードか?」
「――ご名答。実は学園祭終了後、件の演劇の内容を撮影して編集を施した動画が、一つ五百円の数量限定で学園内に販売されたのですよ」
「ほぅ……数量限定で?」
感嘆したように頷くも束の間、光彦は首を傾げた。
「――実は、この演劇にはクロガネとブラボーゼロが出演しており、二人の顔ががっつり映っておりましてね」
「なるほどな」納得する光彦。
クロガネはともかく、現役のゼロナンバーとして暗躍する新倉の顔が世間に知れ渡るのは些か不味い。
「だが学園内に限られた数とはいえ、ネット上に拡散されたら意味がないのでは?」
「――ご心配なく。ネットにアップロードした時点でデータを完全に消去するプログラムを美優に仕込んで貰いました。また厳重にコピーガードも施してあるため、不正コピーによる拡散や違法売買も未然に防ぐよう徹底しています」
「正当に手に入れたメモリーカードが、第三者に渡る可能性は?」
「――学生が所有するPIDでしか見れない、特殊なプログラムも仕込んで貰いました。第三者のPIDで再生した場合、これもデータが消去される仕組みです」
「……学生でもない貴様が持っている、そのメモリーカードは?」
出嶋はニヤリと、口端を吊り上げて弧を描く。
「――『ご当主へのプレゼントに』と美優に頼み込んだところ、快く譲って貰いました。勿論、ご当主のPIDでも観賞できるよう、一部プロテクトを設定し直して貰っています」
「ほほう、貴様も随分と粋なことをするではないか」
光彦は上機嫌で手を伸ばすと、出嶋は手にしていたメモリーカードを手渡す……と思いきや、逆に遠ざけた。
「? 何の真似だ?」光彦は訝しむ。
「――非常に申し上げにくいことなのですが、実は『ご当主のプレゼント』云々は嘘です」
「嘘だと?」
「――はい」
ちらりと、壁に掛けられた少女の写真を見やる出嶋。少女の目元はどこか光彦に似ている。
「――本当の目的は、このデータを亡きお嬢様の墓前に添えようと思った次第でして」
「む」
光彦は神妙な面持ちで押し黙る。
獅子堂莉緒。
病により若くしてこの世を去った光彦の実娘にして、美優の
そして開発者の片割れとして、美優の義体を手掛けたのは他でもないデルタゼロである。身内からは『ロクでなし』と悪評高い彼ですら、莉緒に対する敬意は本物であったことを光彦は知っていた。近い将来、反サイバーマーメイド団体【パラベラム】をはじめ、過激なテロリストの脅威から
「――ですが、身内であるご当主が美優の晴れ舞台を見るのは道理ですよね。ここは一つ、取引しませんか?」
「取引、だと?」
出嶋は突然、正座し、両手と額を床に着けて深々と平伏――土下座した。
直立状態から土下座に移行するまで、僅か一秒の早業である。
「えっ、何事!?」
驚く光彦に、出嶋は取引内容を要求する。
「――ウニモグを新たに一台、買ってください!」
……実に切実な要求だった。
***
屋敷内の通路を歩いていた新倉は、妙に上機嫌な出嶋と遭遇する。
「――おや? 怪我はもう良いのかい?」
「……ああ、傷自体は大したことない」
そう言う新倉の頬や手の甲には絆創膏が、服の下には湿布やガーゼが貼られていた。
「――激おこのナディアから丸腰で逃げ回って被弾ゼロ。飛び散った破片による掠り傷と、転倒した際の打撲で済むって、まるでギャグみたいな話だね」
「ギャグだったらその翌日には全快だろ。現実はそう都合よく行かない」
「――違いない」
からからと笑う出嶋。本当に機嫌が良い。その理由を聞こうとして思い留まる。狂人が上機嫌な理由など、別に知りたくもない。
「それより、調査班から例の報告だ」
そう言うと、出嶋は表情を引き締めて頷く。
「――ああ、あのバッタもどきと戦車型から得られるものは、大してなかったんでしょ?」
大破したオートマタの残骸は警察が回収し、その後、大規模な分析を行うため科学警察研究所――通称・科警研に回された。そして密かに獅子堂重工に横流しされた分析データを基に、解析に優れたゼロナンバーを中心に独自調査を行っていたのだ。
「機能停止と同時に、自壊プログラムが施されていたバッタもどきは仕方ないにしても、戦車型はあれだけ破壊されてしまってはな」
「――何とかAIから抜き出したデータもボロボロだったらしい。復旧するにしても、かなり時間が掛かる見込みだそうだよ」
「黒服の方は?」
「――警察の聴取でも、手掛かりはゼロ。まぁ、末端だからロクな情報を持ち合わせていないのも無理はないかな。オートマタが口封じするくらいだから、ちょっとは期待していたんだけどね」
ちなみに、同じ作戦に参加していた他のゼロナンバーも似たような戦果だった。
結局のところ、【黄昏】に繋がる情報はゼロに等しく、【パラベラム】に繋がるような手掛かりもなし。またもや振り出しである。だが、ゼロナンバーが誰一人として欠けていないことは、素直に喜ぶべきだろう。戦闘に特化した者は数が限られており、替えが利かないのだから。
「ところで、ナディアを見てないか? 個別に処分を言い渡されてから、一度も見ていない」
「――ああ、彼女なら今、銃を取り上げられて謹慎中だよ。しばらく任務にも出させないことになった」
「謹慎? どこで?」
ナディアの出身地は、今も情勢が不安定な中東の小国である。戦災孤児である彼女に家族はおらず、遠く離れたこの日本の地にも親戚など存在しない。
獅子堂の屋敷や関連施設にも居ないとすれば、彼女に行く当てなど他に――
「まさか……」
「――そのまさかだよ」
絶句する新倉を残し、出嶋は意味深な笑みを浮かべてその場を後にした。
新倉は天井を仰ぎ、瞑目した。
……すまん、黒沢。俺のせいでもあるが、ご愁傷様だ。
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