幕間8

 私立才羽学園・学園祭当日。

 学園中、どこもかしこも朝から多くの生徒や一般客が楽しそうに賑わっていた。

 高等部校舎にある講堂では、吹奏楽部の演奏会(午前の部)が終わり、会場は良い感じに温まっている。

 ざわざわと賑わっている会場内。

 次の演目は、文化研究部による演劇――『SF竹取物語』である。

 演劇の練習模様――特に、外部からの協力者であるクロガネと新倉の戦闘シーンの凄まじさと、学園一の美少女である美優がヒロイン役で出演するなど口コミで広がり、生徒だけでなく学園理事長の福田幸子をはじめとした教職員も含め、この演劇を心待ちにしていた者は数多い。

 圧巻な演奏が学園内でも有名な吹奏楽部が一番手だったこともあり、観客席は全て埋まっている。まさに、満員御礼だ。


 その一方、舞台袖では。

 出番を間近に控えた文化研究部の一同が、浮かない顔でそわそわとしていた。本番前の緊張とは全く別の、焦りと不安が見える。

「……クロガネさんと新倉さんは、まだ来ないの?」

 帝の側近役を演じる松山絵里香が、会場に設置されたデジタル時計を見やる。

 現在、午前10時21分。予定している開演まで、あと九分を切っていた。

 彼女たちが演じる『SF竹取物語』、その中核にして重要な役を演じる二人の姿がなかったのだ。

「何もこんな時に、渋滞に巻き込まれるとか……」

 帝役を演じる竹田智子も、苛立ちを隠せない。


 昨夜から本日未明にかけて発生した大型オートマタのの影響で、鋼和市全体の公道や一般道路に大規模な交通規制が入った。それによって生じた大渋滞にクロガネと新倉は巻き込まれたと、美優は一同にそう説明していたのだ。

 美優の方でも交通管理システムを操作し、二人が乗ったAIタクシーを渋滞が少ないルートに誘導しているが、開演までの到着は間に合いそうにない。

「……どうする? 運営委員に事情を話して、開演時間を延ばして貰う……?」

 帝の侍女役兼ナレーターの梅原亜依がそう提案するも、絵里香は首を横に振った。

「私達の後にも他の部活が控えてるし、お客さんにも迷惑が掛かるから無理だよ」

「二人が来るまで、あとどれくらい掛かるかも解らないしな」

 難しい顔で内藤新之助が言うと、

「私の計算では、到着まであと五分ほど掛かる見込みです」と美優。

 現在10時25分、開演は10時30分。

 開演時間ちょうどに二人が学園に到着したと仮定して、そこから講堂に移動、衣装に着替える時間も考えると、更に十分から一五分は掛かる見込みだと美優は一同に話した。

「つまり、開演から最低でも十分は時間を稼がなくてはなりません」

「稼ぐったって……どうやって?」

 光速で思考を回転させた美優は、一つの解決案を弾き出す。

「……私に考えがあります」

 その言葉に、一同は顔を上げる。

「どんな?」と絵里香。

「以前、カラオケに行った時、お三方は私の歌を褒めてくれましたよね?」

「え、急に何……確かに褒めたけど、それが?」

 智子が訝し気に訊ねる。

「私が提案するのは――」

 美優の提案を聞いた一同は、難しい顔で唸る。

「……それで行こう。本番中の脚本の変更は難しいけど、冒頭だけなら何とかなる……」

 亜依が美優の提案を支持した。

「そうだね。時間もないし、それで行こう」智子も続き、

「本当に安藤さんには負担を掛けるね。ごめんね……でも、お願いします」

 真剣な表情で、絵里香が頭を下げる。

「任せてください。必ず、私達の演劇を成功させましょう」


 ――開演まで、残り二分を切った。



 午前10時30分。開演を知らせるブザーが鳴り響き、照明が徐々に暗くなる。それに伴い、会場内のざわめきも消え、観客たちはやがて舞台上に現れるであろう役者たちを静かに待ち構える。


 会場内のスピーカーから、涼やかな鈴の音が聞こえる。

 ついで、篳篥ひちりき竜笛りゅうてきしょう琵琶びわなどの日本伝統楽器が奏でる雅楽が、厳かに流れた。

 先の吹奏楽部の演奏とはまた違う、派手さはないが、ゆったりとした荘厳な曲調に、観客たちは心身ともに引き締まる思いで居ると、突然スポットライトが舞台ではなく、会場の最後方にある出入口に当てられる。

 そこには、いつ現れたのか、色鮮やかな十二単に身を包んだ美優――かぐや姫が佇んでいた。

 彼女は僅かに目を伏せて、雅楽に合わせて静々と、じれったく思える程にゆっくりと、舞台に伸びる中央通路を進む。

 背筋を伸ばし、凛然とした彼女は息を呑む程に美しく、ただ歩いているだけなのに自然と絵になっていた。

 観客たちは皆、かぐや姫に目を奪われ、口を半開きにしている。

 やがて、長い通路を渡り切り、かぐや姫は舞台に上がる。

 同時に、雅楽も終わりを迎えた。

「…………」

 束の間の静寂が訪れ、会場内の視線は舞台中央で背を向けたまま佇むかぐや姫に注がれる。

 すると突然、スピーカーから軽快なジャズのスタンダードナンバーが流れ出した。

 そして、振り向いたかぐや姫は、胸元に仕込んだマイクを通して歌い出す。

「Ah――――」

 なんと、幅広い世代に親しまれている名曲『Fly Me to the Moon』を披露したのだ。

 軽快なピアノと共に、流暢な英語で歌うかぐや姫。

 その意外過ぎる演出に、観客たちは度肝を抜かれる。

 日本の古典文学に、近代的な洋楽。

 『月』繋がりとはいえ、和洋折衷と言うには無理があるミスマッチな組み合わせだが……かぐや姫の美しい容姿と歌声を前に、ぶっちゃけどうでもよくなった。

 観客たちは全員、彼女の姿を見入り、その歌声を聞き入り、完全に虜にされていた。


 Fly me to the Moon

 私を月へ連れて行って


 And let me play among the stars

 星々の間で歌わせて


 Let me see what spring is like on Jupiter and Mars

 木星と火星に訪れる春を見てみたい


 In other words, hold my hand

 だからね、手を繋いで


 In other words, darling kiss me

 つまりね、キスして欲しい


 Fill my heart with song

 歌が私の心を満たす


 And let me sing for evermore

 ずっと、もっと歌わせて


 You are all long

 貴方は私の全て


 For all worship and adore

 私がずっと待ち焦がれていた人


 In other words, please be true

 だからね、どうか素直になって


 In other words, I love you

 つまりね、貴方を愛しています


 ………… 


 かぐや姫――美優は堂々と、凛然と、フルで一曲歌い切った。

 曲が終わり、再び静寂が訪れるのも束の間。

 次の瞬間には、爆発的な歓声と共に拍手の雨が降り注いだ。

 まだ演劇が始まってすらない冒頭にも拘わらず、観客は全員総立ちでスタンディングオベーションをしている。

 体の前で両手を重ねて、深々と一礼する美優。

 顔を上げ、舞台袖を見る。

 美優は思わず、顔を綻ばせた。

 そこには、肩で息をしているクロガネと新倉の姿があった。全力で走って来たのだろう、予想よりも到着が早い。

 そして二人とも、すでに衣装に着替えていた。彼らの傍に居た文化研究部の面々も笑顔で美優に頷く。



 ――さぁ、役者は揃った。


 ――学園祭を始めよう。

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