第30話 VS聖十騎士アリス

「真名スキル――」


 まず最初に動いたのはアリスであった。

 彼女は手に持つ鞭を構え、それを天に向け掲げる。

 瞬間、どこからともなく雷鳴が降り注ぎ、彼女の掲げた鞭に当たると同時にそれは生き物のように変化し大空を飛翔する怪物へと変化する。


「『雷龍鞭』」


 それは三つ首の龍。

 彼女の鞭の先端より雷で構築された三匹の龍が具現化する。

 龍はすでに体長数十メートル以上の長さとなり、雷の胴体を広げながら縦横無尽に天空を覆い、その圧力と雷力だけで眼下を焼き尽くすほどであった。

 これがアリスの真名スキルか!

 先ほどのアリシアの真名スキルとは打って変わって、強大かつ派手。

 都市一つを粉砕可能ではないかと思える程の戦略スキルであった。


「アリス。アンタ、こんなのをあの試験場でやろうとしてたのか? だとしたら、あの統括が止めるのも当然だな」


「あはは、ほらっ私って熱くなると周りが見えなくなるからさ。ブレイブ君がいい男だったからつい本性が出そうになったの。けど、こうなった以上はバニーの振りをする理由はなくなったよね。今は聖十騎士の一人として全力で君を狩るよ、ブレイブ君」


 その宣言と同時に三首の雷龍がオレに襲いかかる。

 オレはすぐさま『無双剣戟』でそれを迎撃するが、


「!? バカな!」


 オレが切り裂いた龍はすぐに体をつなげるとオレに向かって襲いかかる。


「ぐッ!?」


「無駄だよ。その龍は私の真名スキルによって生まれた武器であり魔法であり生物でもある。雷そのものが意思を持ち龍となった姿。故に剣戟でいくら刻もうとも雷を切り裂くことはできない。そして、このスキルの最も恐るべきはその破壊力ではなく――スピードだよ、ブレイブ君」


 瞬間、三匹の龍が閃光のように輝いたかと思うとオレの体を突き破り、体中に無数の傷が開く。


「がっ!?」


 なんだ今のは!? 見えなかった!

 いや、それ以前の問題だ。龍が煌めいたかと思った瞬間、奴らの牙がオレの体を切り裂いていた。そして、それに遅れるように雷鳴が轟き、雷が周囲を焼き焦がした。

 この現象……そうか! 雷の龍。その時点で気づくべきだったか!


「そう、この三匹の龍が持つのは“雷速”。つまり、雷と同じ速さを再現できる。それはいわば光の速さ。音なんか遥か遠くに置き去りにする速度。人間では到底到達できない領域。これが私の『雷龍鞭』の新の力。瞬きの間に相手の体を切り裂き、雷鳴と共に焼き焦がす聖十騎士――『最速』の能力だよ」


 アリスがそう解釈すると同時に再び彼女が握る鞭が空を切る。

 それと同時に彼女に従う三匹の龍が雷速となって、オレの体を切り裂き、穿ち、ズタズタにしていく。

 かろうじて、防御だけは間に合っているが回避するなど不可能だ。

 いくらオレの能力値が限界に到達しているといっても、雷速――つまり光の速さには追いつけない!


「この世界の人間には限界がある。レベルを上げて、能力を鍛えれば、音速を超えることは出来る。けれど、それ以上の領域、光速を超えることはできない。仮に君の速力が999だとしても、それ以上には到達できないのよ。光の速度、すなわち――1000を超える数値に至ることは素の能力では絶対にできない」


 それを証明するようにオレが限界を超えた速度で逃げ回っても、三匹の雷龍はそれを上回る速度で追いつき、次々とオレの体を食い破る。

 ダメだ。速さで劣っている上に数でも向こうが上。

 かと言ってこの龍を切り裂いたところで雷を斬ることはできない。このままでは勝てない。どうすれば……!?

 焦るオレの脳内に浮かんだのは複合スキル。いや、真名スキルの真髄。


 アリスは言った。

 たとえどんなに能力を鍛えても人間の身では限界があると。だが、果たして本当にそうなのか?

 確かにオレ自身の能力から言っても音速を超えることはできても光速には至れない。だが、アリスは自身のスキルによって、光速の力を持つ龍を生み出した。

 自身の力だけでは不可能でも、それをスキルによって補えば不可能はない。

 それがこの世界の真実。『真名スキル』の真髄。

 ならば、この場でオレも彼女と同じ、いや、それを上回る『真名スキル』を生み出す。

 イメージしろ。彼女の雷龍を超えるスキルを。

 イメージしろ。組み合わせるスキル。複合するものを。

 イメージしろ。自分が生み出したい最強を。


「君が今、何を考えているか当ててみようか。ブレイブ君。多分『真名スキル』だね? 私がこの『雷龍鞭』を生み出したように、自分もこの能力と同じ『真名スキル』を生み出せば勝てると。けれど、残念だったね。真名スキルはそう簡単に生み出せるものじゃない」


 だが、オレのその考えを否定するようにアリスは告げる。


「前にも言ったけれど、真名スキルにおいて最も重要なのはイメージ。だけど、これは口で言うほど簡単なものじゃない。自分が生み出したものをより正確に、もっといえば“その目で見て、見知ったもの”でなければならない。肌で感じ、肉体で味わい、人生の一つとなっているもの。私のこの『雷龍鞭』はね。今まで私がこの手で殺してきた龍達のイメージそのものなの。この三匹の龍もかつて私が自分で葬った龍達のイメージ。彼らの亡骸、その断末魔、死に様を無駄にしたくないと思った。だから私は彼らを私が持つ雷として取り込み、この真名スキルとして生み出した。もちろん、実際の雷にも私は何度も当たったよ。聖十騎士になる訓練としてね。いやー、あの頃はその度に死にかけたなー。おかげで雷に対しての耐性は人一倍だけどね」


 さらりととんでもないことを告げるアリス。

 マジかよ、この人。強くなるための修行とは言え、自分から雷に当たるとかどんな耐久試練だよ。ゾルディック家の暗殺者かよ。

 とはいえ、彼女が言いたいことは分かった。

 真名スキルはただの複合スキルではない。自分のこれまでの経験によるイメージがなによりも重要だと。

 確かに言われてみれば、オレがさっきのアリシアとの戦闘で生み出した『花火一閃』。

 あれはオレがよく知る『花火』という、この世界にはない文化を実際に見て、それを経験していたからこそ、生み出せた真名スキルだったんだ。

 逆に言えば、花火を知らないこの世界の住人にはあのスキルを生み出すことはできない。


 ならば、それを逆手に取る。

 “オレしか知らないもの”、“オレでしか生み出せないなにか”。

 その“イメージ”を持って、アリスの『真名スキル』を上回る『真名スキル』をここで生み出す!


「無駄だよ! 言ったはずだよ、この真名スキルの真髄は持ち主のイメージ、経験に左右される! 私がこれまでの戦いで葬った龍の数は“三匹”じゃないんだよ!」


 瞬間、アリスの鞭から更なる龍が生まれる。

 その数、なんと“七匹”。

 都合七匹に具現化された雷鳴の龍があたり一面を焼き焦がしながら雷速を持ってオレへと迫る。


「これで終わりだよ! ブレイブ君!」


「ッ!? ブレイブさんー!」


「ブレイブー!!」


 アリスがオレの名を告げ、シュリが叫び、アリシアが呼ぶ。

 ああ、確かに七匹の雷龍に襲われれば、もはや一巻の終わりだ。

 “オレでは”到底勝てないだろう。

 だが、オレは知っている。

 こんなオレよりもはるかに強く、優秀で、才能に恵まれた、本当の天才、本当の英雄達を。

 もしも、この場に“彼ら”がいればこんな窮地、簡単に突破できただろう。

 そう確信するほど、そう“イメージできる”ほど、彼らの強さをオレは知っている。信じている。想像できる。


 そうだ。自分自身の最強をイメージできないのなら、オレが知る“最強(ゆうじん)”をイメージすればいい。

 雷速。光の速さだと?

 笑わせる。こんな速度、オレが知る“あいつ”なら――余裕で超越してみせるぜ!!


「『真名スキル』――『加速』ッ!!」


 刹那。オレの速度は雷を超え、光を超越した。


「な、に……?」


 真名スキルの開放と“同時”にオレはアリスの背後に立つ。

 刹那、コンマ数秒遅れでアリスの放った七匹の雷龍は跡形もなく砕け散る。

 それと同調するように彼女の持つ鞭が砕け、彼女の体は文字通り光に焼き尽くされたかがごとく、光熱を帯びて地面に倒れる。


「――『花火一閃』」


「がはッ……!?」


 それはまさに一瞬の出来事。音を超えた光の速度による決着。

 オレの『加速』は、彼女の『雷龍鞭』の速度を上回り、光を焼き付く速度を持って七龍を切り裂き、その先にいる彼女へもう一つの真名スキル『花火一閃』を打ち込んだ。

 『加速』と『花火一閃』。二つの真名スキルを前に最速を謳った騎士はここに倒れた。


「ふ、ふふふ……参ったよ、ブレイブ君……まさか人の身で私の『雷龍鞭』よりも速く動けるなんて……」


「今のはオレが知る友人のスキルです。あいつがかけっこで負けたことなんて一度もない。それをイメージしてスキルを生み出しただけです」


「そっか。大した友人を持ってるんだね、ブレイブ君は……」


「――真人(まさと)」


「え?」


「オレの本当の名前。ブレイブじゃなく、斑鳩(いかるが)真人(まさと)です。アリス」


 オレがその名を呟くと、アリスだけでなく、それを聞いていたシュリやアリシアも息を呑む。


「……そうか、その名前……そういうことか……。だから、君はネプチューン様に近づくために……」


 全てを納得したのかアリスは微笑む。空を見上げたまま。

 やがて、かすかに動く指先で彼女は広場の先――天空へとそびえ立つ一つの塔を指す。


「……わかっているとは思うけれど、君のここでの行動はあの『聖皇城』にいる聖十騎士達によって観察されていた……。命令に背き、私を倒した以上、あの塔にいる聖十騎士団の全員が君の命を――いや、巫女の命すらも狙う」


「ええ、わかっていますよ。オレはもう逃げない。ここでオレは自分の目的を果たす」


 そのオレの宣言を聞き、アリスはどこか苦笑するように笑い、気を失う。

 オレはそのまま倒れたままのアリシアと彼女に寄り添うシュリへと近づき、オレはアリシアに回復魔法をかける。

 すぐにオレの魔力でアリシアは全回復し、彼女はそのまま不思議そうな顔でオレを見つめる。


「アンタ……どうして?」


「見ての通りだ。オレが聖十騎士になろうとしたのは四聖皇ネプチューンに近づくため。そのためにシュリを殺すことなんて出来ない。それにこうなった以上、オレがとるべき道は一つ」


 そう言って立ち上がったオレは遥か先にそびえ立つ塔――『聖皇城』を見上げる。


「このままあの聖皇城に乗り込み、その最上階にいるネプチューンに会う」


 そして、ネプチューン――いや、俊から全ての事情を聞き出す。

 なぜオレを殺すよう命じたのか。なぜ巫女を殺そうとしたのか。そして、湊達はどこに行ったのか? その謎を。


「……そう。なら、アタシもアンタと一緒についていくわ」


 だが、オレがそう宣言するとアリシアもまた迷いない瞳でオレの隣に立つ。


「アリシア、お前本気か?」


「当然よ。言ったでしょう。アタシが騎士になったのはシュリを守るため。アタシは別に四聖皇に忠誠を誓ったわけでも、ましてやこの国なんてどうでもいい。むしろ、どうしてアタシの親友であるシュリの命を奪うのか。その理由をアタシだって問いかけたいわよ。あの塔のてっぺんにいる神様に」


 そう言ってアリシアは鋭い視線で塔の最上階を睨みつける。

 どうやら、こうなった以上は説得は無意味のようだ。むしろ、オレ以外にも仲間ができたと肯定的に見るべきだな。

 そんなオレとアリシアの間に入るようにシュリが立つ。


「アリシア、それにブレイブ……ううん、真人さん」


 不安そうにオレとアリシアを見るシュリ。

 だが、オレもアリシアも心配ないとシュリを見つめ、彼女の手を握る。


「心配しなくてもいいよ、シュリ。君はオレが守る。もちろん、これはもう任務なんかじゃない。オレの意思で君を守るよ」


「そういうこと。このまま塔に向かうけど、シュリはアタシとこいつの後ろに隠れていて。絶対に誰にも指一本触れさせないから」


「――うん!」


 オレとアリシアの言葉に大きく頷くシュリ。

 確かに、こうなった以上下手にシュリだけどこかに避難させるよりもオレやアリシアの傍にいた方が安全だろう。

 そうこう思っていると、何かを思い出したようにアリシアが告げる。


「そういえば、シュリ。どうしてこいつの名前が真人って知ってのた?」


「え?」


 そのアリシアの問いかけはある意味、オレが一番気になっていたものであった。

 確かに先程、シュリが命を捨てようと覚悟を決めた際、彼女はオレの本当の名を告げた。

 あの花火の時もそうだったが、一体どういうことかと改めて問うが――


「そ、それが……よく覚えてなくて……なんとなく無意識で言ったみたいで私もどうしてブレイブさんを真人さんなんて呼んだのか分からないの……」


「そうなの……」


 だが、やはりというべきか彼女の答えは曖昧なものであった。

 これが『巫女』に由来した何かが関係あるのか?

 それとも、彼女の姿が花澄に似ていることが関係しているのか?

 謎はわからない。


「いずれにしても、その答えもこれからオレ達が会いにいく奴が知っているかもしれないさ」


 オレとアリシア、シュリ。たった三人の反逆者がこれから向かうは聖都の中心地・聖皇城。

 そこにいる残る聖十騎士を全て倒し、最上階にいる四聖皇ネプチューンに会う。


 現在のオレのレベルは――『910』

 残る聖十騎士の数はあと『五人』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る