第21話 刺客

「わあ、今日の朝食も美味しそうですね。ブレイブさん」


「ああ。実は昨日、いいベーコンが手に入ってね。やっぱ朝は卵とベーコンをパンの上に乗せたやつが王道だからね。それからスクランブルエッグも作っておいた」


「私、ブレイブさんの作る料理、とっても新鮮で大好きです! 今度、色々教えてくださいね!」


「もちろん。なんだったら今日の夕食も一緒に作るか?」


「はい! ぜひぜひ!」


 あれから数日。

 オレは聖十騎士アリスからの任務として巫女シュリの護衛を続けていた。

 彼女とはひとつ屋根の下で暮らしており、部屋は隣同士だが、なにかあれば常に動けるようにしていた。

 また朝食や昼食なども一緒にとり、たまに「私にもなにか作らせてください!」と彼女が言ってきて、最初は断っていたんだが、どうしてもと迫られ一緒に料理をしたりなどもした。

 そのおかげか最初よりも随分、距離が縮まり今では何気ない会話もするようになった。


「ところでブレイブさん。今日、東の広場で見世物があるそうなんです! 私、そこに行ってみたいんですが、よろしいですか?」


「もちろん。シュリの命令を聞くのもオレの任務だから」


「やったぁ! それじゃあ、早速行きましょう。ブレイブさん!」


「おっと、そんなに慌てるなよ。シュリ」


 そう言ってオレは彼女に手を引かれるまま館を飛び出し、広場へと向かう。

 最近ではこうして彼女を連れて街のあちらこちらを移動するのは日常茶飯事だ。

 また現在、オレの任務は巫女である彼女の護衛ということでアリスのもとへ向かうことはなくなった。アリスも初日に彼女を連れて以来、姿を見せない。

 オレを信頼しているのか、それとも他になにか任務があるのか。

 そんなことを思っている内に、広場へ到着すると、そこでは旅の一団がなにやらサーカスのような曲芸を披露していた。

 両手に何本もの剣を持った女性が器用に剣を空中に放り投げ、それをキャッチしたり、魔法使いっぽい子が炎や氷を使ったイリュージョンを見せたりと現実のサーカスにも負けず劣らずな派手なことをしている。

 ほお、なかなかやるな。多分、スキルとかを使っているだろうが、それにしては練度が高い。

 それを証明するように観客達からの評判もよく、彼らが芸をするたびにコインが地面に転がり、それを座長っぽい人が笑顔で拾っている。


「わー! ブレイブさん、すごいですねー! 今の消える技とかどうやったんでしょう!?」


「さあ、でも多分スキルとかじゃないかな?」


「なるほどー! でも、そうですよね。すっごいなぁ!」


 そう言ってシュリはキラキラとした目で見世物を楽しんでいる。

 オレはそんなシュリの横顔を見ていると、いつかの花澄を思い出す。

 彼女もオレの隣で同じように顔を輝かせていたことがあった。

 あれはいつだったろうか……。確か、初めて街のお祭りに行った日のことか。出店を見ては楽しそうにはしゃぎまわり、祭りの締めとして行われた花火をキラキラとした目で見つめていた。

 そんなことを思い出していた瞬間であった。

 それまで曲芸をしていた旅芸人達の目が一瞬、オレとシュリを睨んだ。

 瞬間、オレの背筋に寒気が走る。


「! シュリ! こっちへ!」


「え?」


 気づくとオレはシュリの手を引っ張り、胸に抱き寄せる。

 それと同時に、それまで曲芸をひろしていた男達が手のひらから無数の玉を放り投げると、それが次々と爆発し煙幕を起こす。


「わっ! なんだこれ!?」


「これも演出か!?」


「すごーい! 何も見えないー!」


「っていうか、何が起きてるんだ!?」


 周りにいた観客達は突然の煙幕に混乱しつつも、これも曲芸の一種かとまだ混乱には至っていなかった。

 だが、オレにはわかっていた。

 あの旅の旅団。ただの旅芸人ではない。

 最初にいくつか見せた剣舞や魔法も芸にしては少し練度が高く感じた。

 だが、それよりもなによりも煙幕を放つ瞬間、連中から感じたのは明確な『殺意』。

 それもオレではなく、オレの隣にいたシュリに向けられたもの。つまり、連中の目的は――


「スキル『捕縛糸』!」


 突如、煙幕の向こうから声が響く。それと同時にオレとシュリの体を包むように蜘蛛の糸が体中に巻きつく。


「ぐっ!?」


「ブレイブさん!?」


 オレの胸で糸に絡みつかれたシュリが困惑した声を出す。

 一方、オレとシュリを糸で巻きつけた男は隣にいた先程剣舞を披露していた女に命ずる。


「目標は巫女だ。一緒にいる騎士は殺していい」


「了解。速やかに目標を奪取する」


 そう言って女は無数の剣をまるでブーメランのようにオレめがけ放つ。

 なるほど。大した速度だ。恐らく剣術LV6はあるだろう。もしかしたら複合スキルの可能性もあるかもしれない。だが、甘く見たな。

 巫女の護衛をしているオレをこの程度で縛れるわけがないだろう。


「ふんっ!」


 オレは瞬時に膂力だけで巻きつけられた糸を弾く。

 それに驚いたように男は吹き飛ぶ。続けて、向かってきた剣をオレは全て素手で受け取る。


「なっ!? バカな! 私のブーメランブレードを予測して受け止めるなど不可能だ!?」


「お生憎。この程度、素で出来るぜ」


 驚く女に向け、先程彼女がしたのと同じように剣をブーメランのように投げ返す。それに驚く女であったが、剣はその後ろにいた魔法使いが放った魔術により凍らされ地面に落ちる。

 見るとオレを取り囲むように残りの団員達も武器を構えていた。

 ここで煙幕が薄れ、ようやく状況に気付いた観客達が騒ぎ出す。


「う、うわー! な、なんだあれ!?」


「せ、戦闘!? ど、どういうことだ!?」


「と、とにかく皆逃げろー!!」


 各々、そのまま逃げ出す観客達。

 それを合図として一斉にオレに飛びかかる団員達。

 だが、遅い。その程度の動き、レベル900を超えるオレにはスローモーションだ。


「剣術LV2の真空斬り!」


 いつかの山賊を倒した時のようにその場で発生させた真空の刃はオレを取り囲んでいた団員達を切り裂き、その場に倒れ伏す。

 残った団長や一部団員達はそれを見て慌てたように逃げ出す。が、


「往来の場でこの騒ぎ。さすがに見過ごすことはできませんね」


「なっ!? てめえは!?」


 団長達の前に一人の騎士が立ちはだかる。

 それは銀色の鎧を見つけた眼鏡をかけた長身の男。あいつは確か――


「せ、聖十騎士団統括! ギルバート!?」


 団長がそう叫ぶとギルバートと呼ばれた男はいつの間にか剣を抜き、それにわずかに遅れるように団長含む残りの団員達の体が切り裂かれ、その場に倒れ伏す。


「……ふむ。どうやら巫女を狙った不埒者ですか」


 そう言ってギルバートは足元に倒れる団員達を一瞥した後、オレとシュリの方へと近づく。


「ブレイブ君、でしたね。どうやら任務を全うしているようですね。巫女の護衛、お見事でした」


「いえ、これが任務ですから」


 どうやら相手は以前、試験場であったオレのことを覚えているようだ。

 ギルバートはそのままオレとシュリを興味深そうに見つめながら、眼鏡を指先で押す


「時にあなた。その巫女とは知り合いですか?」


「え、いや、知り合いってほどでは……この街に来る際に会ったくらいで……」


「そうですか」


 オレの答えになにやら考え込むギルバート。

 だが、やがてオレを見つめながら別の問いを投げかける。


「では、もう一つ。あなたは以前のドラゴン退治でドラゴンを追い詰めながら、止めを刺さずに帰ったそうですが、なにゆえそのような選択をしたのですか?」


「ッ!?」


 ギルバートの問いにオレは思わず固まる。

 この人、知っている……。オレがドラゴンを殺さずに帰ったことを。だが、一体どこでそれを?

 考えるが、それよりも先にギルバートの鋭い視線がオレを射抜く。

 どう答えるべきかと逡巡するが、そんなオレを見てかギルバートはため息を吐き、背中を向ける。


「……まあ、過ぎたことはもう言いません。あなたの実力はすでに認めています。ですが“同じ過ち”は二度繰り返さないように注意するのですね」


「?」


 どういうことかと問いかけようとしたが、ギルバートはその場に集まった騎士達に倒れたまま団員達を捕縛するよう命じて、オレはシュリはそのまま広場から離れることとなった。

 見ると先ほどの騒ぎに恐怖心を抱いたのかシュリは俯いたまま黙っていた。


「……さっきの人達、私を狙っていたんでしょうか……」


 恐る恐るといった様子で彼女は呟く。

 あんな場面に出くわしたのだから、恐怖を感じるのは当たり前だ。

 どう彼女に声をかけるべきかと悩むオレであったが、そんなオレに彼女は予想外の言葉を呟く。


「あの……ごめんなさい、ブレイブさん」


「え?」


 なぜ謝るのかとオレは咄嗟に彼女を見る。

 すると、そこには恐怖以上に罪悪感を抱くような表情を抱くシュリの顔があった。


「私のせいでこんなことに巻き込まれて……ご、ごめんなさい……迷惑ですよね……巫女の護衛なんて……そ、それに元はといえば、私が広場で見世物が見たいなんて言ったからこんなことに……護衛のブレイブさんのことも考えずごめんなさい……」


 そうつぶやき、謝る彼女を見て、オレはシュリという人間の優しさに気付いた。

 この子は自分が狙われたことよりも、それによって被る周りへの不幸に心を痛めているんだ。

 そして、それは恐らく自分を狙って返り討ちにあった、あの賊達にも心を痛めているのかもしれない。

 そんな優しい少女の謝罪に、オレはむしろ彼女を傷つけたくないという想いが強まる。


「いや、そんなことはないよ。気にするなってシュリ。それに言ったろう、シュリを守るのがオレの任務。それにお願いを聞くのだってオレの任務だよ。つーか、ここ数日は平和すぎて逆になまってたから、今回の襲撃はちょうどいいくらいだ。シュリが気にする必要なんて、何もないさ。つーか、これに懲りずにまた行きたい場所があったら遠慮なく言えよな。そのための護衛(オレ)なんだから」


 そう言ってオレはシュリの頭を優しく撫でる。

 それにシュリは驚いたように顔をあげるが、すぐにその顔に笑顔を浮かべる。

 うん、やっぱりその表情が一番似合ってる。

 オレの知る花澄と同じ、けれど、どこか違う笑顔。

 そんなシュリの笑顔にオレは心が満たされるのを感じ。

 任務以上に、この子を守り通さなければという想いが強まるのだった。

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