第17話 過去との邂逅

「湊と花澄、だと……? その話、もっと詳しく教えてくれ!!」


 龍が口にした名に思わず反応し、大声をあげるオレ。

 それを見た龍は一瞬不思議そうな顔をするが、すぐにその時のことを話してくれた。


『あの者達がここへ来たのは何かを探してのことだった。なんでも深い眠りに落ちた者、あるいはそうした呪いにかかった者を解除できる手段を求めて。人物、魔法、アイテム、そして魔物。そのようなものがないか各地を回って調べていると言ってた』


「それでお前のところにも?」


『ああ、奴らに敵意はなかった。どこで聞いたか我が知性ある龍と知って話してきた。だが、残念ながら連中の求めるものは我は持ち合わせなかった。そこで我は帝国へ向かえと助言した』


「帝国……?」


『帝国には古くより古代遺産と呼ばれるものがある。その中にあの二人が探し求めているものがあるかもしれぬと伝えたのだ』


「…………」


 そうだったのか。

 目覚めたから初めて、湊達の行方を知り、オレはほんの少し嬉しくなる。


「少しいいか? ここに来たのはその二人だけなのか? オレが知る限り、その兄妹にはあと二人仲間がいたはずだが……?」


『さてな、我は知らぬ。探し物のために今は別行動をしていると呟いたような気もするな』


 どうやらこの龍は壮一と俊に関することは知らないようだ。

 とはいえ、彼のおかげでオレはこの時代における湊達の足取りを初めて知れた。

 そのことを感謝しながら、オレは最後に気になったことを彼に尋ねる。


「最後にもう一つ。ここに来た湊と花澄。二人とは戦わなかったのか?」


『……あの者達も奇妙でな。我は悪い龍ではないので戦う気はないと言っていた。村を守っている龍になんの理由もなく戦いは挑みたくないと。できればこれからも村を守ってほしいと、そのようなことを言っていたな……』


「湊と花澄が……」


『さて、話は終わったかな。では、我の首を落とすがいい。異邦者よ』


 そう言って再び首を差し出す龍。

 オレはそんな龍を前に剣を構え――静かにそれを鞘へと収める。


『……なんのつもりだ?』


「こういうつもりだよ」


 そう答えながらオレは取得しておいた『回復魔法LV10』の呪文『フルヒール』をドラゴンに使う。

 すると、オレの攻撃によって傷ついた体が見る見る内に回復し、切り裂かれた右目はもちろん、腕、足、翼と切り落とされた部位すら再生した。

 さすがは回復魔法のLV10。死者を生き返られることは不可能だが、瀕死状態ならばそれを全回復できるようだ。

 一方のドラゴンは回復した自らの体を見て、驚いた様子だ。


「湊達がお前にこの地を任せたんだ。オレはあいつらの選択に尊重する。というかあいつらが信じて残したものを壊したくない」


 ましてそれがネプチューンに近づくためとは言え、奴のために湊達が生かしたものを殺すなんて冗談じゃない。

 オレは自分の選択だけでなく、過去この地を訪れた湊達と同じ選択を取ることにした。


『よいのか? お前の事情は分からぬが、お前は我を殺すためにここまで来たのだろう? それを放棄して……』


「まあ、確かに今後のことを考えれば、ちょっとつまづくかもな。けど、これくらいでオレの歩みが止まるわけじゃないさ」


 そう言って龍に背を向けながら、オレは迷うことなく歩き出す。

 確かにこれでアリスからの任務は果たせなくなったが、だからと言ってまだ聖十騎士への道が絶たれたわけでもない。

 今後、他の場面でいくらでも活躍してやるし、ちょっと躓いても最終的にはオレはネプチューンの元へと近づいてみせる。

 その途中にドラゴンを一匹くらい見逃したところで大差なんかないさ。

 そう思い、オレは先程までの自分の悩みを一笑に付しながら、この場を後にするのだった。


◇  ◇  ◇


『……ふっ、変わった異邦者だ……』


 そう笑いながら龍は完治した体の居心地を確かめながら、静かに休息を取ろうとする。が、その瞬間、龍の耳に無邪気な少女達の声が響く。


「あれあれ~、ネネ。ブレイブお兄さん龍に止めを刺さずに出て行っちゃったアルよ~?」


「本当ネ~。あとは止めを刺すだけの雰囲気っぽかったのに~。もしかして龍に同情して帰っちゃったアルか~?」


「えー! それってどういうことアルかー?」


「わかんないアルー。けど、そういうことなら私達が後始末するしかないアルねー」


『!?』


 無邪気な双子の囁き。

 それにはじかれるように龍はいつの間にか暗がりに潜んでいた双子の獣人を見る。

 それは一見するとただのあどけない少女達。

 背中に背負っているのは彼女達の体よりひときわ大きい荷物。商人が好んで使うバックであり、そこから溢れんばかりの商品を見え隠れしている。

 素人目には彼女達がただの商人、無邪気な双子の姉妹にしか見えないであろう。

 だが、龍はその二人から凍えるような殺気を感じていた。


『なんだ、お前達は……?』


「わっ! すごいアル、ネネ! 人語を介するドラゴンアルよー!」


「うわー! これは貴重ネ! できれば生のまま持ち帰りたいアルー! けど、そういうわけにもいかないアルネ」


『何者かと……聞いている!』


 己の中に発生した危険信号。それに従うように龍は火炎のブレスを放つ。

 万全の状態の龍から放たれた炎は人間はおろかオーガといった凶悪な魔物すら一瞬で蒸発させる力を持つ。だが、


「何者って聞かれたら、答えるのが騎士の流儀アルネ」


『!?』


 見ると片方の少女が手に持つ氷のような盾によって、龍のブレスは一瞬にして霧散した。

 そして、もう片方の少女の両手には刀身に奇妙な文様が刻まれた剣と、身の丈を超える巨大な斧が握られていた。


「私達はネプチューン様に仕える聖十騎士ルルとネネ」


「後輩の――ブレイブお兄さんの後始末をするアル」


『なッ……!?』


 刹那。振り下ろされた剣と斧。

 それは眼前に立つ龍の体を切り裂き、アッサリとその命を奪った。


「にしても帝国から戻ってくるなり、ギルバート統括からいきなりこの場所の視察をしろなんて言われてびっくりしたアルけど」


「面白そうな逸材に会えたし、あのブレイブって私的には全然ありありネ。聖都に戻ったら彼のこと、私の専属騎士にしてあげたいアル!」


「けど、あの子、もうすでにアリスちゃんの専属になってるって話アルよー」


「えー! もうすでに取られてたアルかー! 残念アルー!」


 そう言ってまるで何事もなかったかのように双子の姉妹は血にまみれた武器を瞬時に収め、先ほどの殺戮の余韻を感じさせぬまま無邪気な笑顔で闇の中へと消えるのであった。

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