第11話 聖十騎士アリス

「聖十騎士団?」


 女性――アリスの思わぬ名乗りに驚くオレであったが、彼女はそんなオレを可笑しそうに眺める。


「あははは、驚くのも無理ないですね。私達聖十騎士は普段は正装鎧に身を包んで顔を隠していますからね。名前は知っていても素顔を知らない聖十騎士は多いですからね。まあ、一部の方は素顔を晒していますが」


「なるほどね。それで聖十騎士のアリスさんがなんでわざわざオレに正体を教えたんですか?」


 問いかけるオレにアリスはいたずらっぽい笑みを浮かべながら答える。


「簡単です。君への特別試験。それは聖十騎士である私の相手をしてもらうことです」


「あなたを?」


「はい♪」


 ニッコリを笑みを浮かべ頷くアリス。


「先ほどの一次試験だけであなたの能力値がずば抜けていることは十分伝わりました。稀にいるのですよ。君のような特別な力を持った逸材が。その場合は現聖十騎士が直接、その力量を確かめて、それに相応しい騎士の位を与えることにしております」


「相応しい位?」


「はい。ご存知ありませんでしたか? 騎士には位があります。まず、最初に騎士になった者は『下級騎士』。次に『中級騎士』、『上級騎士』、『特級騎士』と位をあげます。上級になれば下級貴族の称号を、特級になれば土地や財産を与えられることもあります」


 なるほど。それがさっき参加者の男が言っていたことか。とはいえ、その特級になるには随分と時間がかかりそうだな。


「そして、その特級の更に上位が『聖十騎士』。つまり、私達最高位の騎士になります。参加者95番――いえ、手元に資料によるとブレイブ君ですか。君はもうこの時点で『下級騎士』への資格を満たしています」


「え、マジで?」


「はい。当然ですよー。というかミスリルの柱を切り刻み、魔法吸収の鏡を割り、自動人形達を一瞬のうちに壊した人物が不合格になるわけないじゃないですか? それだけの実力があれば問答無用で合格ですよ」


 まあ、確かにそれもそうか。となるとこの試験は?


「はい、お気づきの通り。現時点で“最低でも”『下級騎士』は決定しているというだけで、ここでは君の実力に見合う騎士の称号を確かめさせて頂きます。そのために聖十騎士である私が直接、君を測らせて頂きます」


 なるほどね。そういうことなら話が早い。

 仮にもしもここでオレが彼女を倒せば、オレの実力は紛れもなく聖十騎士レベル。

 すぐにでも聖十騎士の仲間入りが出来て、一気にネプチューン――俊に近づけるということ。

 なぜあいつがオレの命を奪うように伝承を残したのか。そして、湊達をどうしたのか? その疑問を解き明かす近道が拓けた。

 否が応にもオレのやる気は漲る。


「武器は剣を使ってもいいのか?」


「もちろん、構わないわよ。なんだったら拳も魔法もなんでもあり。使えるものは全部使って君の力をバニーに見せて欲しいな」


「オーケー」


 ウインクを向けながら告げる聖十騎士アリスにオレは剣を構える。

 そういうことなら遠慮はなし。初っ端から全力で行って実力を見せる。

 オレは瞬時に距離を詰めると構えた剣より瞬速の七連撃を放つ。

 が、オレの放った七連撃はアリスの周囲に纏った結界のようなものに触れると次々と砕け、アリスには届かなかった。


「驚いた。私が使える最高位の防御壁なんだけど、それをやすやすと砕くなんて」


「それはこっちのセリフだよ。まさか全部はじかれるとは思わなかった」


 どうやら双方共に予想外の結果に驚く。

 が、オレの攻撃の隙間を縫って今度はアリスの反撃が始まる。

 手に持った鞭をまるで蛇のように操り、その先端がオレを捉える。

 オレは瞬時に後方に飛び、鞭の直撃を避けるが鞭はそんなオレをまるで生き物のように補足したまま避けた方向へ迷いなく加速してくる。


「無駄だよ。私の鞭は一度相手に向けて放つと決して逃がさない。捉えるまでどこまでも追うよ」


 その宣言通り、オレがどの方向に逃げようと鞭は的確にオレを追い、更にこちらのスピードに合わせるように速度を上げる。

 というか、鞭の長さ自体も明らかに最初の数倍になっている。やがてオレの周囲が鞭だらけになると逃げ道を防がれ、思わず躊躇したところに右足にアリスの鞭が蔦のように絡まる。


「しまった!」


 オレが慌てると同時に視線の先でアリスが微笑むのが見えた。

 と、同時に鞭を伝い強力な雷がオレの全身に流れる。


「ぐあっ!」


「君、剣術のスキルレベル10まであるみたいだね。その様子から察するに格闘術や他のスキルもレベル10まであるみたいだけど、生憎私も一部のスキルはレベル10までカンストしている。当然、鞭術も。同じスキルレベル10ならある程度は対抗できる」


「へえ、それで……?」


 全身を焼き焦がす雷に耐えながら、オレは足に巻きつく鞭に剣術レベル10の奥義『無双剣戟』を放つ。

 今のオレが撃てる最強の剣技。これで壊せないものはないと確信していたが――なんと驚くことに足に絡みついた鞭は傷一つ負うことなく、逆にオレの手に持った剣にヒビが入った。

 バカな! さっきのアリスの防御壁を破壊したのはレベル7の技だったのに、それ以上の力でもビクともしないだと!?

 驚くオレにアリスは悠然と告げる。


「君、多分レベルや能力値も規格外だね。けど、動きを見るに明らかに素人。ずば抜けた身体能力値だけで戦えるのはすごいと思う。けれど、それじゃあ戦闘を重ねてきたプロには通じないよ。少なくとも『複合スキル』も知らない素人じゃ、聖十騎士には通じない」


「『複合スキル』?」


 なんだそれは? 始めて聞く名前に驚くオレにアリスはウインクを送りながら告げる。


「じゃあ、せっかくだからバニーが教えてあげる。複合スキルというのは複数のスキルを組み合わせることで生まれる特殊なスキル。例えば私の持つ『鞭術LV10』と『強固』のスキルを掛け合わせることで私が操る鞭は通常の数十倍の硬さと威力を持つ。更にそこに『雷魔法LV10』を組み合わせることで私の放つ鞭は雷魔法レベル10の雷を常に放つの。取得したスキルを一つに束ねることでその威力は通常のスキルの数倍、数十倍へと膨れ上がる。これが『複合スキル』。けどま、一度スキル同士を合体させると、それを解除することはできないから何と何を組み合わせるかによって自分の戦闘スタイルも大きく変化するから注意が必要だね」


「なるほど……」


 そういうことか。つまり、この鞭には彼女のスキル、最低でも三つの上位スキルが組み合わさっている。

 それに対してオレの『剣術LV10』スキル一つでは歯が立たない。確かに道理だ。

 これはある意味でその人物だけの無二のスキル、ユニークスキルといったところか。

 だが、このまま敗れるわけにもいかない。

 オレは体中を電気で焼かれながらも両手で足元の鞭を掴むとそれを思いっきりオレの方へと引っ張る。

 それを見たアリスが慌てて静止しようとする。


「ちょ……!?」


「どりゃあああああああああああああ!!」


「わ、わあああああああああああああ!?」


 彼女の制止虚しく、鞭を思いっきり引くことでそれを握っていた彼女の体がこちらへと飛んでくる。

 斬ることも抜け出すこともできないなら、あとは引っ張るしかない。

 案の定、彼女は慌てて腰に差していた剣を取り出しオレを迎撃しようとするが、それより早くオレは格闘術を使用し彼女の両腕を掴み、そのまま地面に押し倒す。


「ぐッ! ちょ、む、無茶苦茶するなー! 君はー!?」


「悪いな。アンタの言うとおり、オレはまだ実戦に慣れてない素人なんでな。こういう無茶苦茶な戦い方しかできないんだ」


 ほとんどレベルや能力値にものを言わせた戦い方で技術やスキルに特化した彼女とは真逆な泥臭いものだが、戦いに決まった型などないはず。

 オレはアリスを押し倒すようにそのまま羽交い締めにする。

 この一撃で逆転を狙う!

 そう思い、倒れた彼女に向け拳を振り上げた瞬間――オレは全身が震えるような寒気を感じた。


「そこまで。もうよいでしょう」


 その声に弾かれたようにアリスがオレを捕縛していた鞭を離すと「……はいはい、降ー参ー」と両手をあげる。

 オレはそんな彼女の無抵抗な姿に毒気を抜かれ、そのまま立ち上がる。

 背後を振り向くとそこにはいつからいたのか一人の騎士が立っていた。

 アリシアと同じ銀色の鎧を身にまとっているが、顔に兜はつけておらず素顔を晒している青年。

 年齢はおよそ二十代半ばくらいだろうか?

 緑の髪に眼鏡をかけた理知的なイメージを与える好青年といった雰囲気。

 その人物はやれやれと言った風に頭を振ると、こめかみを押さえながら呟く。


「アリス。あなた、今『真名スキル』を使おうとしましたね?」


 真名スキル?

 聞き覚えのない名前に首をかしげるオレであったが起き上がったアリスが笑いながら誤魔化す。


「あははー、なんのことだかー」


「誤魔化しても無駄ですよ。いくら試験とはいえ『真名スキル』は我ら聖十騎士団の誇りそのもの、無闇に使うものではありません」


「はーい。分かりましたー、統括ー」


「よろしい」


 『真名スキル』……もしかしてオレが感じた寒気はそれだろうか?

 さっきの戦いでアリスが見せた複合スキル以上の何かが彼ら聖十騎士にあるのかとオレが考えていると、統括と呼ばれた青年がオレを見据える。


「先ほどの戦い、見事でした。聖十騎士のアリスを相手にあそこまで立ち回った試験者はあなたが初めてです」


「それはどうも」


「見たところ、ずば抜けたレベルと能力値を持っているようですね。どうやってそれほどまでの力を手に入れたかは知りませんが、素の能力値だけで言えば我々聖十騎士に匹敵する――いえ、それ以上の強さかもしれません。事実あなたは力だけでアリスと渡った。ですが、残念ながらその力を十分に活かす技量はいささか不足していると言わざる得ません。複合スキルを知らなかったこともそうですが、技術を持つ相手に対して素の能力だけで挑むのは時として危険です。よって、私の判定としましては『上級騎士』としてあなたを迎え入れたいと思います」


 上級騎士か……。

 だが、この男の言うことはもっともだ。

 力だけでなく、技術や戦い方、センスなども含めた総合能力で判定するならば、オレの戦い方は粗だらけで隙も大きい。

 その点は今後の課題としてオレ自身、成長しなくてはいけない。

 オレは男の判定に不満を漏らすことなく、そのまま頭を下げ受け入れる。

 ともあれ、これで上級騎士としてこの国の騎士団に入れるかとオレが思った瞬間、


「いやいやー、ちょーっと待ってくださいよー。ギルバート統括。彼の判定をしたのは私ですよー。ここは私の判定結果も聞いておいてくださいよー。私は彼を『特級騎士』に迎えたいと思います」


「なに?」


 突然のアリスのその宣言にギルバートと呼ばれた騎士だけでなくオレも驚く。


「確かに彼の戦い方は荒削りですけど、それを補って余りある力を有しています。ここは『特級騎士』として彼を迎え入れたほうが我々にとっても将来、力強い戦力になりますよー」


「…………」


 アリスの説得にため息を吐くギルバード。

 その後、オレを一瞥し背中を向ける。


「分かりました。では、彼をあなたの専属騎士として指導なさい。それでなら彼を暫定として『特級騎士』として迎えます」


「はーい、了解ですー! というわけで新人君ー。君の面倒はこれからバニーちゃんが見てあげるからよろしくねー!」


「は、はあ……」


 こうしてオレは無事に騎士試験に合格し、聖十騎士アリスの専属騎士として迎え入れられたのであった。

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