第9話 聖十騎士

「ネプチューンに仕える……騎士だと……?」


 その銀鎧の騎士の発言にオレは思わず反応する。

 オレのそんな反応を受けてか、鎧の騎士も手に持った剣を静かに構える。

 騎士との間に流れる僅かな緊張。だが、それはすぐさまオレの後ろにいたシュリによって破られる。


「ま、待って! アリシア! 彼は違う! 敵じゃないよ! 私を山賊から助けてくれたの!」


「……彼が山賊から?」


 シュリのその叫びに鎧騎士は兜を動かし、オレとシュリとを交互に見つめる。

 オレはただ黙ったまま、シュリは必死に両手を広げオレを守るように騎士の前に立つ。

 やがて、そんなシュリの必死さに根負けしたのか、騎士は構えた剣を鞘に収めると静かにため息をこぼす。


「……分かりました。巫女がそういうのなら信じましょう」


 騎士がそう告げるとシュリはほっとしたように胸をなでおろす。

 その後、騎士はオレの前に立つと静かに頭に下げる。


「改めて非礼を詫びよう。私は聖十騎士団の一人アリシア・ルートバーレ。こちらの巫女シュリを護衛するべく聖都より参った」


「聖都……」


「これより巫女の護衛は私と私の部下達が直接執り行う。貴公には巫女を助けていただいて礼として金品を渡そう。それとも何か他に要望があれば私で出来ることはやろう」


 アリシアと名乗った銀色の騎士がそう告げると周囲にいた騎士連中がざわめき出す。

 ふむ、詳しくは分からないがこの聖十騎士と名乗る人物は相当に身分が高いようだ。周囲にいる騎士達が全員、こいつに対して礼節と忠誠を保っていることからもすぐに分かる。

 となると、オレの要望は一つ。


「そうだな……。それじゃあ、その聖都ってやつまでオレも同行させてもらえないか?」


「なに? そんなことでいいのか?」


「ああ、頼む。オレは田舎から出てきた身分で聖都ってやつを目指していたんだが、この辺の地理が“昔”と比べてよくわからなくてな。迷っていたんでちょうど良かったよ」


 そう言ってオレは騎士アリシアにお願いをする。

 するとアリシアはすぐに納得した様子で頷く。


「分かった。その程度のことならば造作もない。我々はこれから巫女を連れて聖都へと戻る。貴公も我らの馬と共に乗るがいい」


 そうアリシアが告げると騎士達が連れていた馬の一匹をオレに渡す。

 シュリの方もそれで問題が解決したようでほっとした様子でオレに近づく。


「あの、ブレイブさん。私からも助けていただいたお礼にぜひ何かを差し上げたいのですが……今、私が差し上げられるのはこれくらいなもので……」


「え? いや、別にいいですよ。オレはそんな報酬目的で助けたわけじゃ……」


「いいえ! そういうわけにはいきません! 命を助けていただいたのに私だけなにも差し上げないのは申し訳ありません! とにかく、これだけでもどうか受け取ってください」


 とシュリはオレに胸にかざしていたブローチを差し出す。

 困った……。とはいえ、ここまで強く押されたら断るのは逆に申し訳ない。

 オレが苦笑いを浮かべつつ、素直に受け取ることにした。

 そうしてオレがブローチを受け取るとシュリは満足したように笑い、場所へと戻る。


「では、聖都までご案内いたします」


 シュリが馬車に戻ると同時にその場所を牽引するように戦闘の馬にまたがった先ほどの銀色の騎士アリシアが移動を始め、オレもそれについていくように馬にまたがり、聖都を目指す。


◇  ◇  ◇


「ここが、聖都か……」


 そこは以前オレや湊達が呼び出されたかつての王国の首都。

 だが、今目の前にある街並みはまさに別の国と呼んでいい光景であった。

 街を埋め尽くすのは白を基準とした美しい建物であり、前は忠誠のどこか古めかしい木造やレンガで作られた家や建物が多かったのだが、今ではまるで白いコンクリートで作られたような四角、縦長い建物がいくつも立ち並んでいる。

 中世と現代のビルを混ぜ合わせたようなイメージであろうか。

 そして、かつての王城が建てられていた場所には天を突くほどの巨大な白い塔――まるで天から降りてきた柱のようなものが建てられていた。


「あれは……なんだ?」


「ん、貴公。あの塔を知らぬのか? 随分と田舎の出なのだな。まあ、よい。あれこそが我ら聖十騎士団が守護する神の塔にして我ら人界を統べる神が座う場所、ネプチューン様の居城『聖皇城』だ」


 あれが……ネプチューン、俊がいる場所か。

 それを聞いた瞬間、オレは誰にも気づかれることなく、その表情の下に暗い笑みを浮かべる。


「……なあ、あの塔の中に入りたいんだけど、どうすれば入れる?」


「はっ、何を言っている。そのようなことできるわけがなかろう。一般の人間、いや普通の騎士ですら、あの塔の中へ入ることは掟により禁じられている。仮に入ったとしてもその時点でこの国における大罪人として処罰される。唯一あの塔の中への出入りが許されているのはネプチューン様を守護する役割を持った我ら『聖十騎士団』のみだ」


 アリシアに尋ねるが、それを聞いた瞬間アリシアは兜の下からでも分かる失笑を漏らし、そう答える。

 なるほど。やはりタダでは入れないというわけか。

 だが、アリシアと同じ聖十騎士団ならば入れるということ。ならば――


「ならば、その聖十騎士団に入るにはどうすればいい?」


「なに?」


 思わずオレがそう尋ねるとアリシアは急に足を止め、オレの方を見る。


「……聖十騎士団にお前のような旅人がすぐになれるわけがないだろうが」


「けど、なるための方法はあるんだろう?」


「…………」


 オレの問いをすぐさま否定しないということは手段があるということだ。

 そして、それに答えるようにアリシアは聖皇城より少し離れた場所にあるこの街でも一際大きな白いドーム状の建物を指差す。


「あそこは我が聖都にて騎士団を募っている騎士ギルド。通常、騎士を目指す者はあそこで試験を受けて騎士の資格を得る。そこから更に武勲や活躍、あるいは現聖十騎士団よりの推薦を得られれば、我らの仲間入りも可能であろう。だが、どのように才能がある者でも最低十年の道のりを経なければ聖十騎士団には入れぬぞ」


「そうか。助かった」


 オレはアリシアに礼を言うと、そのまま騎士ギルドの方を目指す。

 が、そんなオレの背後よりアリシアが声をかける。


「おい、貴様。本気で聖十騎士を目指す気なのか?」


「当たり前だろう。オレにはどうしてもあの城で会わなきゃいけない奴がいるんだ」


 無論それはアリシア達が奉じるネプチューンこと、俊のことだがそれを口にすることなくオレは騎士ギルドへとかけていく。


◇  ◇  ◇


「……随分と大口を叩く男だ」


「けど、アリシアちゃんも小さい頃、聖十騎士団になるんだって私達のいた村を飛び出したじゃない。ある意味、彼よりも無謀だったと思うよー」


 ブレイブが去った後、アリシアの呟きにシュリが馬車から顔をのぞかせる。


「ちゃん付はよしてください。シュリ様」


「あー、まだそんな固い口調するんだー。なら、私もアリシアちゃんのこと、アリシア様ーとか言っちゃうよー」


 ぶーっと頬を膨らませるシュリにアリシアにため息をこぼし、その瞬間彼女の纏う気配が柔らかなものへと変化する。


「……もう、シュリには敵わないなー」


「あはは、やっぱりアリシアはそっちのほうが似合ってるよー」


 シュリが笑うとアリシアもまた兜の中で微笑みを浮かべる。

 もしも、普段のアリシアを知っている者がその時の彼女の表情を見れば驚いたことであろう。


「それよりもシュリ。あの子は一体何者なの? どうしていきなり聖十騎士団を目指そうなんて?」


「さあ、私にもわからない。けど、彼ってすっごく強いのよ! 私を襲った山賊を一撃で退治しちゃって! もしかしたらアリシアよりも強いかもよ」


「ちょっと、冗談やめてよー。まだ聖十騎士団になり立てとはいえ、その末席を預かるアタシがあんなのに負けてたら洒落にならないでしょうー」


「あはははー、でももしも彼が聖十騎士団に入ったらアリシアと一緒に私の護衛をしてくれるかな?」


「……さあ、どうかしら。それまでにあいつが間に合えばいいけど」


 シュリからの何気ない一言に一瞬アリシアの声のトーンが落ちる。

 無論、それに気づいたのはシュリ本人だけであり、彼女もその原因を察すると顔を俯かせる。


「ところで、彼の名前ってなんていうの?」


「え?」


 しかし、話題を変えようとしたのか唐突なアリシアのその質問にシュリは一瞬を息を呑むが、すぐに慌てて答える。


「えっと、ブレイブ。ブレイブって言ってたよ!」


「ふぅん、ブレイブねぇ……」


 口の中でその名前を呟き、アリシアは「悪くない名前じゃん」と誰にも聞かれないよう呟くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る