歪んだ歯車達は清んだ舞台を狂わせる

第一話・再会

 大陸から遠い東の海の上に浮かぶ島国、極東。

 五十年前の開国宣言時の演説場所を国の中心として、桜華という島の1/3を一つの都市とした巨大都市が誕生し、中央で分断された二つの大地はそれぞれ平民が多い菊華、貴族も平民も五分五分の梅華として三つの都市がそれぞれの主とその側近による統治体制を取る歪な国が誕生した。

 極東は元々魔法を解析してきた国でもあった為、外国語の単語によって更に魔法の種類が増えたらしい。

 極東は三つの都市にそれぞれ学院を設立し、桜華は貴族優先の秋霖学院、菊華は平民優先の高明学院、梅華はどちらも優先しない六芒学院、この三つの学院は全て一人の理事長によって管理されている。

 私、月下渚は秋霖学院の脳が腐りそうな貴族主義の授業で聞きかじっただけなのだが、それぞれの主は友好関係にあるらしい。

 だから移住なんかは比較的簡単だし、主に近い存在が知り合いに居れば、その人に頼んで気に食わない奴を他都市に長期出向させる事も可能だ。

 私も御父様が主様の世話係でかなり高い位置の貴族らしく、まだ性別が男だった頃に一人の少女の家族を菊華へ出向させた事がある。

 その少女は桜華では珍しい平民で秋霖学院に入学した子で、貴族主義を脳裏に刻まれた同級生に過激な暴力を含んだ虐めを受けていた。

 かく言う私もそれを見て見ぬふりをしていたし、助けを求められた時に何もしてあげられずに、私では手に負えないと思って菊華に出向させた屑だ。

 だから私は御父様の真似をして自分の性別を入れ替え、虐めの実行犯達から聞き出した暴力行為を私の体に再現させ、私の手首から流れる血で精神の安定を計った。

 結局それでも彼女にはまだ傷を付けられていないから不安は大きくなるばかりだけど。

 そう言えば今日は菊華から転入生が来るそうだ。その人なら彼女、陽乃下湊を知っているかも知れない。

 幸運な事にその人も平民らしく、私の席の隣らしいので、その人に陽乃下さんが生きていて私を恨んでいると聞ければ良いのだけれど。

「はい、今日は転入生を紹介します!陽乃下さん、どうぞ!」

 先生の言葉の後に数拍おいて扉が開き、私のよく知る陽乃下さんの面影を所々残した少女が入ってきた。

「えー…陽乃下湊です。男みたいな格好してますが女です。宜しく」

 どくり、と心臓が一瞬止まった活動の遅れを取り戻す為に多くの血液を送り出す。

 睨むようにこちらを見た彼女の視線が、ずっと望んでいた筈の視線が痛い。

 淡い茜色だった瞳は怨嗟の渦巻く炎のように真紅に染まり、所々不自然に切られてはいたが長く伸びていた金混じりの黒髪は短く切り揃えられ、おっとりとした優しい眼差しは全てを斬り伏せるような鋭い眼差しに変わっている。

「はい、皆仲良くしてあげてね?じゃあ空いている席に座ってね」

「はぁ…解りました」

 明らかに不満そうな陽乃下さんがこちらへと歩いてきて、いっそう強く睨み付けてきた。

「ごめんなさい…今退きますから…」

 陽乃下さんを怒らせないよう左端に移動し、鉄製の椅子の焼けるような冷たさが肌に当たって少し気分が落ち着く。

「ぅあ…痛っ!」

 陽乃下さんの視線がずっとこちらに刺さっているのを少し心地良く思い始めていると、不意に神経を焼き切った筈の右目に破裂しそうな痛みが走り、右目を押さえようとして伸ばした左腕を陽乃下さんに止められた。

「離…して…くだっ…さい…」

「…僕の首、絞めようとしなかった?」

 私が考えてすらいない事を質問されて全身の力が抜ける。

 私を見るクラスの人達の視線が咎めるように鋭く刺さり、ぐるぐると歪む視界が私を全力で睨む陽乃下さんを捉えて離さない。

 罪を裁く地獄の業火のような、全てを見通す真実の鏡のような真紅の瞳に映る私は、どこからどう見ても虐めを見て見ぬふりをして深刻化させそのケアもせず他都市に追い出した挙げ句戻ってくる時期も忘れてのうのうと生きてきた癖に突如首を絞めようとしてきた最低の屑だ。

 もし、私がここで自分の首を絞めて死ねば私の数え切れない罪は許されるだろうか。

 そう思って空いている右手を自分の首に持っていく。陽乃下さんが不思議そうにこちらを見るのを無視して、力一杯に首を絞める。

「んぐ…ぁ…ぎっ…」

 声が洩れる。必要ないのに。心臓が激しく動く。必要ないのに。肺が空気を求めて呼吸を強める。必要ないのに。膀胱から排泄物が漏れる。必要ないのに。視界が霞み、私を止める声が重なり、上下左右が不規則に入れ替わる。

 刺さる視線だけが変わらず僕を貫き、意識が遠退いていく。

「ちょっ、渚君!?渚君!!」

 意識が途絶える直前に聞いたのは私の右目が破裂する音と、私の名前を呼ぶ陽乃下さんの声だった。

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