第四百二十五話 雄叫び



ガントレットに包まれた拳を腰だめに構え、リブッカのチャージアタックを迎え撃つ。


 地を蹴り、まるでカタパルトから射出されるたの如く、凄まじい勢いで飛び出したリブッカは、その頭に生えている大きく凶悪な平たい角に全体重をかけ、突撃の勢いと合わせて力技で叩き斬ろうと俺を狙う。


「……見えた! ここだあっ!」


 掛け声とともに拳を振り抜き、リブッカ目掛けて突き立てるレニー。まさか本当に正面から勝負するとは。


 乱暴な力に純粋な力で迎え撃つ形となったこの力勝負。ガィンと、鈍い音が鳴り響き、衝撃波によって舞い上がった砂埃で周囲が包まれる。


 ……力負けをしたのはこちらだった。機体は後方へ押されやや、バランスを崩してしまった。そして角を殴った右椀部には軽微ながらも損傷が確認できる。なんて硬い奴なんだ。


「くっ! やりますね!」


 体勢を整え、前方を見ると、変わらず健在のリブッカの姿が。しかし、カウンター気味に打ち付けられた俺の拳はそれなりに効いたようで、後頭部から後方に向けて伸びている1対の角から激しく排熱をしているようだ。


「あらあら、レニー、あれはきっと怒っているのですよ」


 スミレがのんきな声を上げている。実際に怒っているのかどうかはわからないが、激しく排熱をしているあたり、頭部への打撃によって何かしらの影響はあったようだな。


「今度はこっちからいくぞおおおお!」


 リブッカが動く前にレニーが動く。先程リブッカがそうしたように、地を蹴りリブッカに向かって突撃する。


「どっりゃああああああああああ!!!」

 

 勢いに機体の全体重を乗せ、さらに背部スラスターの勢いも使って渾身の一撃を角に叩き込む。律儀にもリブッカはそれを正面から受け止め……先ほどと同じく鈍い音と共に砂煙が上がる。


「なんて頑丈な角……。お姉ちゃん、あれどうやったら壊せるのかな?」


 レニーが渋い顔をしてぼやく。リブッカはまたしても排気パーツなのであろう角から盛大に蒸気を上げながら雄叫びを上げ、頭をブルブルと振っているが、その角にはヒビ一つ確認できない。


 あの角は非常に邪魔な存在だ。大きな角は全身を護る盾となり、こちらの攻撃をすべて受け止めてしまう。まるで巨大な盾を装備した重装盾兵と対峙しているかのようだ。

 そして、リブッカは重い鎧を着込んだ重装兵とは違って身軽だから手に負えない。回り込んでボディを狙おうにも、軽やかに向きを変え角で身を守ってしまうのだ。


 ならばと、正面から近づけば、角を使ったシールドバッシュが飛んでくる。攻守共に優れた身軽な重装兵か……全くなんて面倒なものを眷属化してくれたんだ。


 攻めあぐねたレニーが防御態勢を取ったのを見てか、リブッカは攻撃に転じ、こちらの懐に飛び込んでやたらと俺のからだに角を打ち付けている。ガアン、ガアンと激しい打撃音があたりに鳴り響いている……が、そんな近距離からの打撃など俺には効かん!


 ……正直なところ、ちょっとドキッとしたけどな。チャージアタックはまずかったが、勢いも体重も乗っていない頭突き攻撃程度であれば、どうということはない。腹は立つがな!


「ようやく該当する物質を見つけました。リブッカの角は『魔鉄鋼』と呼ばれる金属で構成されています。魔鉄鋼というのは……」


「魔鉄鋼!? そんなの……壊せるわけ無いじゃんっ! ……カイザーさんの武器ならいけるのかもしれないけど、魔鉄鋼ってすっごい硬い機兵技師エンジニア泣かせの素材なんだよ……っと! お姉ちゃん説明は任せます! どっりゃああああ! いつまでも調子にのってるんじゃないぞおおお!」


 自分から被せておきながらスミレに続きを振るレニー。喋ってる間もガツンガツンと攻撃を受け続けていたからね……アニメじゃないのだから、説明シーンに入ったら敵が待つ、なんてことはない。むしろこれ幸いと無防備な体にどんどん攻撃を加えられてしまうのだ。


 ま、レニーは喋りつつもきちんと防御して、カウンターを入れるスキを窺っていたようだけれどもね。


「はい。レニーが言う通り、魔鉄鋼は非常に硬質な金属です。非常に頑丈で軽量な素材のため、機兵の外装や装備品の素材として最適なのではと、数々のエンジニアが研究をしてているようなのですが、現在まで満足に加工できた者は存在しません。現状ではいいところ、素材を生かした打撃武器にするのが関の山と言ったところです。

 そしてそれを頭部に生やしているリブッカですが、カイザーはただの鹿か何かだと思っていそうですが、ああ見えてSランク指定の魔獣、要するにリオ達のような特殊部隊を派遣するレベルの存在なのです」


 そんなチートまがいのマテリアルを攻撃と防御両方に使っているわけか、なるほどそれは非常に腹立たしい。通りで俺の攻撃でも大したダメージを与えられないわけだ。


 しかし、魔鉄鋼が使われているのは頭部の巨大な角だけだ。他の部位は他の魔獣同様に見慣れた金属が使われていて、そこをきちんと狙えば十分に討伐は可能だと思われるのだが……先に述べたとおり、リブッカは防御力だけではなく、機動力も恐ろしく高いため、中々頭以外に攻撃を通すことが出来ないのだ。


 なるほど、Sランクを冠されるだけはあるな……。


「焦るなよ、レニー。39話『武の呼吸』を思い出すんだ。修行のために寺に籠もった竜也が喧嘩殺法を必殺技に昇華させたあの回……覚えているな」


「はい! もっちろん……です! 面から点を拾い、点を面で見る。私には何を言ってるのか難しくてわかりませんでしたが……竜也が頑張って、頑張って集中してなんかやったのはわかりました! 必要なのは諦めない心と集中力、ですよね!」


「う、うむ……!」


 レニーがなんだかアレみたいに見えてしまうが、たしかに、アレはアニメ特有のトンデモ理論を展開していたので、そんなふわっとした捉え方しか出来ないのも仕方がない。


 作中の和尚曰く、どんなに硬い物質でもそこを突けば割れてしまうという『点』があるのだという。


 そんな事を話す和尚に、竜也は疑いの眼を向けた。点を突いたら割れるっていうのなら、ガンガン殴りまくれば割れるだろう? いつもやってることと変わらねえじゃねえか、そんな事を考えながら、ふらりふらりと和尚が岩に向かって歩くのをバカにしたような顔で眺めていたのだ。


 岩に向かう和尚は、転べば骨を折りそうな見た目の老人だ。そんな老人が大きな庭石を杖でついただけで真っ二つに割ってしまったのだからたまらない。手のひらをくるりと返して、お師匠様! 俺に修行を着けてくださいときたもんだ。


 心を鎮める座禅から始まり、謎の登山に、写経までさせられて。そしてある意味お約束である滝に打たれるシーンまであったな。


 お約束と言えば、ろうそくの火を拳で消させてみたり、紐でぶら下げられ、ゆらゆらと揺れる五円玉を目隠しをして撃ち抜く修行とか、和尚が投げた豆を箸で掴む修行までやってた。


 視聴者の目から見ても、効果があるのか不安になる様々な修行を竜也は根性で耐え抜いた。そして見事、岩砕きを習得し、新たな必殺技へと繋いだのだが……流石にそれはアニメのお話。いくら地球と違うファンタジーなトンデモ世界に居るとはいえ、同じ修行をした所でそんな結果は得られないだろう。


 ただ、純粋に落ち着いてほしいと言う意味合いを込めて、竜也のように心を鎮めるのだと。少々煮詰まり気味のレニーをリラックスさせるためにアニメの話を出したのだが……な、なあ、レニー、なにか必殺技を出そうとは考えていないよな……?


「面から点を……点を面に! 穿け! カイザアァアアアアアガントレットォオオオオ!」


 ……とか考えてると、そのとおり行動するのがレニーである。俺のパイロットととしてこれ以上にないほど合格点を与えたい攻撃だったが……やはりここは現実。角は健在である。


「だめかあ! なんかいける気がしたんだけどな!」


 リブッカから距離を取りつつ、がっくりと肩を落とすレニー。


「レニー、無駄ではありませんでしたよ。見てください、よろめいています。破壊こそ出来ませんでしたが、衝撃が角を通じてセンサーに届いたのでしょう。攻撃は通っています」


 馬鹿な! と、思わずリブッカを二度見してしまった。俺のパイロットは天才なのではなかろうか。気晴らしのつもりのアドバイスもどきでここまでの成果を上げるとは。リブッカは生物で言うところの『脳が揺れた』状態なのだろうか、何らかのセンサーに異常をきたし、先程までとは打って変わって、フラフラと頼りなく立ち尽くしている。


 俺が思っている以上にダメージが通っていたのだろう、リブッカは先程から何度も何度も甲高い声で咆哮を上げている。


【ケィェエェエエエエエン! ケィェエエエエェェン!】

  

「凄いなレニー、あのアドバイスだけで時間で有効打を与えるに至るとは……しかし、これは……鳴きすぎではないか?」


 あまりにも鳴きすぎている。まるで目覚ましアラームのように、何度も何度もけたたましく鳴き声を上げている。あまりにも騒がしい音量に兵士達も動揺しているようで、困惑したような声が聞こえてくる。まさか叩いたから壊れたというわけではあるまい。むしろなんだかとても……嫌な予感が……。


 ……! ああ、これはとっても不味い……な。


「カイザー……貴方もお気付きの通り高速でこちらに向かう敵対反応を検知しました。数は3、おそらくこれは……」


「ああ、リブッカ……だろうな……。何を鳴いているのだと思ったが……なるほどこれはSOS信号だったようだ」


 周囲に存在する魔獣の反応はもちろん捉えていた……が、こちらから大きく距離が離れていたため、特に脅威とは捉えていなかったのだが。


 まさかこうして敵対して向かってくるとは……な。

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