第四百二十二話 迫る敵影

◆新機歴121年12月15日10時32分


 回復を済ませた兵士から順に防衛ローテーションに戻ってもらったが、通信機が導入され、待機中の仲間や、他の機体に乗っている仲間たちとの会話が可能となったのは彼らにとって想像以上に良い効果をもたらしたようだった。


『ハッチを閉めちまうとさ、仲間の声なんてろくに聞こえねえんだわ。そんで、連中にジワジワと追い詰められてただろう? なんつうか、まるで鉄の棺桶の中で死ぬのを待ってるような気分でさあ、気が滅入って仕方がなかったんだよなあ』

 

『そうそう、そりゃ静かってわけじゃあねえけど、聞こえるのは機兵の駆動音と武器と盾がぶつかり合う音くらいのもんで、生きてる感じがしねえんだよ』

 

『この通信機ってのは凄えよな。連携が取りやすいのは勿論そうだけどよ、こうやって仲間とつまんねえ話だって出来ちまう。まだ俺は一人じゃねえって思えばやる気が出るってもんよ』

  

 鉄の棺桶とはなんとも、どこかで聞いたような言い回しが飛び出してきたが、僅かな視界しか無い機体の中で、仲間の声が届かないまま戦うというのは、確かにメンタル的によろしくない。仲間から励まされ、気力を取り戻す、なんてことが出来ないからな。


 ……雑談は嫌しか、そうだよな、レニー達はどうでもいい話をしているようで、それが結果的に気力を向上させているものな。ならば、ここは俺達が一肌脱いで彼らの心労を少しでも癒やしてやろうと、レニーやスミレ先生と共に語ったバステリオンやヒッグ・ギッガの討伐戦の話が思いの外うけてうけて。


 すっかり仲間として、強力な戦力として信頼されてしまった。


 個人的には一番熱かったのは、黒騎士団――現ステラの面々たちとの戦闘なのだが……それは流石に語ることは出来ないよな。現状がどうであれ、黒騎士団は彼らにとってヒーローみたいなもんだし、それと戦うブレイブシャインは帝国人からすれば立派な悪役だ。


 まして、中身がアレだとは言え、皇帝陛下とやりあった等とは口が裂けても言えない。本物は黒幕に体を乗っ取られキャリバン平原で戦死、現在帝国を引っ掻き回再開発しているのが黒幕のルクルァシア偽皇帝陛下だなんて夢にも思わないだろうし。

 

 俺達が防衛に加わってから約21時間。その間に、我々は6回ほど敵機の攻撃を受け、反撃をした……と言っても、当てる気があるのか疑わしい射撃をを適当に防いだり、斥候のつもりなのか前に出てきた眷属に威嚇射撃をしたりと、互いがそれぞれの事情で時間稼ぎをしているため、事情を知らない者が目にすれば、何をイチャイチャと乳繰り合っているのだと呆れられるに違いない。


『敵側援軍、現在地は凡そこちらより3時間の位置です。想定よりも若干遅れているのは僥倖ですが……こちら側の援軍からまだ連絡はありません。覚悟を決めたほうがよろしいですね、カイザー』


「うむ……まあ、仕方ないな。そろそろ情報を開示するか」


 村にいるのは我々防衛部隊だけではない。浜辺には避難をしている村人達も居る。こちらの戦力は機兵が12機、歩兵が8人……それと俺達だ。援軍はまだ来ない。恐らく、敵の増援が到着するほうが先になるだろう。となれば圧倒的に不利なのはこちらだ。


 とはいえ、今からでもやれることは十分にある。まずは兵士達にこれからの事を説明し、村人たちへの情報伝達を担ってもらおう。



「兵士諸君、聞こえているな。カイザーだ。君たちに非常に重要な報告がある」


 流石に初めから敵の援軍の存在に気づいて黙っていたと言う訳にはいかない。なのでここは少々嘘をつかせてもらうことにした。


「これから話す内容を聞けば、諸君は大いに動揺するだろうが、既に友好な対策を考えてある。なので、まずは落ち着いて話を聞いて欲しい。

 現在、敵対勢力の増援がこちらに向かうべく移動をしている。その数は30機、現在地は機兵の足でおよそ2時間と言った所だ」


 ザワりと兵士達がどよめきをあげる。


「何故、俺がその情報を掴むに至ったのか、質問をされる前に答えておこう。見れば分かる通り、俺は君達の機兵とは違って特別性でね。通信装置もそうだが、色々と変わった装備が搭載されている。その中にレーダーというのがあるのだが、それを使えば広範囲に渡って人や魔獣の位置や数を探ることができるのだ」


 再びどよめく兵士達。しかし、先程とは違い、声には恐れや動揺は含まれておらず、代わりに羨望や尊敬と言った感情が込められていた。


 この世界にはレーダーというものがない。故に、戦地において情報を集めるのは、見張りや斥候の役割だ。高所より目視で索敵をしたり、気配を消して情報を集めてまわったりと、頼りにするのは人の目と足である。


 通信機も希少性やサイズの問題から、あちらこちらに配備出来るようなものではなく、また、機兵に積めるようなものではない。そもそも、音声通話となれば通信距離的に軍事用途では使い物にならないのだ。


 故に、せっかく情報を仕入れられても、それを得られるのは伝達役が基地に着いてからだ。レーダーや通信機が無いというのは非常に不便なものだ。


 ライダーはしかたないにしても、軍属の機体までもが不自由な運用を強いられているを見ていると、ロボ好きとしては、なんともやるせない気持ちになるのだ。

 

 この戦いが終わったら……なんていうと変なフラグみたいで嫌だが、平和になったら現在我々が使用している超長距離通信をまずはギルドに開放し、次に短距離通信機を民間にと段階的に広めていこうと思っている。


 レーダーは悪用されると面倒なので、まずは軍荷降ろして様子を見たほうが良いだろうがね。この戦いのが終わった後のこの大陸には、きっと新たな時代が訪れることになるだろうな。


 というわけで、だ。俺からすれば非常に原始的な方法に頼らざる得ないのがこの世界の戦争だ。

 なので『遠距離に展開している敵の位置や数が手にとるようにわかる』という状況はどんなに心強く頼もしいことか。


 そのためなのか、数とスペックで圧倒的な敵の接近を伝えた今でも士気はそこまで落ちては居ない。気晴らしに話した討伐レポートも効いているのだろうな。


 ならばよし、ブリーフィングと行こうじゃないか。


◆カイザーの演説

  

 まず、前提として伝えるが、我々だけで敵勢力を撃退する事は不可能である。これはどうあがいても難しい。しかし、落胆することはない。我々にも援軍が控えているのだ。援軍は今もこちらに向けて移動中なのだ。


 こちらが本格的に打って出るのは、こちらの援軍が到着してからとなる。故に、我々の目標は耐えることだ。味方が合流するまで、1機一人たりとも欠けること無く耐え抜いてほしい。


 こちらの戦力は機兵が12機。勿体ぶらずに全機を門前に展開し、ファランクスの様な陣形を取ってもらう。ファランクスと呼ぶにはいささか寂しすぎるが、前衛4機に急ごしらえの大型シールドを装備させ、後衛4機に槍を構えてもらう。その後ろに予備の盾兵と槍兵を起き、戦況を見ながら前に出す。

 

 我々が迎え撃つ敵機の数は増援含めて33機、圧倒的に不利なのは明らかだ。このまままともに当たってしまえば、恐らく20分も持たずに我々シーハマ防衛隊は瓦解する事だろう。


 しかし、忘れないでほしい、我々の目標は援軍の到着までここを守り抜くことだ。そして、こちらには俺がいる。俺達が単機で前に出て、敵の陣営を引っ掻き回して撹乱する。


 諸君は門をしっかりと守ってくれ、俺はその手伝いを万全にこなしてやろう。

 

 敵機の中には、操られた帝国のパイロットが搭乗している物もある。パイロットは機体を無力化し、適切な処置をすることで救う事ができる。なので、俺としてもなるべくパイロットを救いたいところなのだが、それは必ずしもしなければならないというわけではない。


 一番大事なのは自分と仲間の命だ。それを蔑ろにしてまでする必要はない。無力化という考えを捨てなければならない状況も起こりうるだろう……。


 なるべく眷属化したパイロットを手に掛けるような真似をしたくはないが、だからといって自分達がやられてしまっては本末転倒だからな。


 ◆◇

 

 俺が単機で出るというと、兵士達から不満そうな声が上がった。俺のスペックに不満があってのことではない。戦勲を欲して俺こそがとイキったわけでもない。ただ純粋にパイロットであるレニーを心配しての事だった。


 いくらレニーが1級ハンターだとは言え、カイザーという高機能なロボに乗っているとは言え、彼女はまだまだ大人とは言えない少女である。愛嬌がある顔に、人見知りをしない明るい性格。男ばかりの兵士達にちやほやされない訳がない。


 なにより、レニーのような少女が前に出るのに自分たちは、という思いもあるのだろう。兵士達はいずれも悔しげな表情を浮かべている。


「皆さん、有難うございます。私を心配してくれるその気持、本当に嬉しいです。

 でもですね、私って、これでもブレイブシャインのリーダーで、カイザーさんのパイロットなんです。だから……信じて下さい! きっと眷属達をぶっ飛ばしてやりますから! あんなの私の拳で一撃ですよ! シュッシュッ!」


 珍しいことに、レニーがしおらしくお礼を言ってる! 普段なら『大丈夫ですよ!』なんてフンスとするのに! なんて、なんだか感心して聞いていたのだが、結局途中からいつものレニー節が炸裂していた。これには兵士達もやられ、笑いが溢れていた。いいぞ、よくやったぞ、レニー! おかげでみんなの緊張が完全にほぐれたぞ。


 さて、この防衛隊は、人数に対して機体が足りていないため、8名が歩兵として配置されている。しかし、対機兵用のとんでも兵器を作る余裕などないため、彼らをそのまま戦場に出すのは流石に不可能だ。ロボに向かって剣を振り上げ突撃など、死ににいくようなものだからな。


 なので、歩兵の内、半数の4人には砂浜に避難している村人の元に向かってもらった。彼らの役目は治安維持、村人間のトラブルを諌めて貰うためである。こういう状況はちょっとしたことで暴動が起きかねない、なので事前にそれを防いでもらうのがその役割だ。


 そして残り4人には後方支援と、万が一のために予備パイロットとして残ってもらった。


 さあ! こちらの準備は出来た……出来たが……!

 キリン……頼むぞ……本当に……頼むぞ!

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