第三百八十九話 円盤

 酷い戦い……広場での一件の後はすっかりくたびれてしまったので、そのままレニー達と合流して神社に戻ることになった。


 案の定、フィアールカがめちゃくちゃ怒っていたけれど、レニー達から大判焼きのような物やら焼き芋やらの差し入れを貰ってコロリと機嫌を直していたよ。まったくチョロいクマさんだわ。


『そういえば、忘れるところでした』と、レニーの母であるアイリさんが私達を神社の奥に案内してくれた。


 どうやら御神体がまつられている場所らしく、レニーやフィオラは最初つまらなそうな顔をしていたが、今日は特別に社を開け、中に収められている御神体を御開帳すると聞いたら途端に嬉しそうな顔に変わった。


 なぜそこまで嬉しそうな顔をするのか? それはもう、おわかりでしょう。そう、この神社に祀られている御神体とは勿論……アレでしょうね!


「普段は数年に1度、神事の際に我が一族のみが様子を窺い、祝詞を捧げる事になっているのですが、本来の持ち主である機神様が御降臨されましたので、ご案内させていただきます」


 昔は神事の際に社から取り出され、広場にて民の目にも触れさせていたらしいのだけど、ある日受けた神託により、私達が訪れるまで社を開けてはならぬと言う事になったそうな。


 ようやくお渡しできるのですと、アイリさんがどこか嬉しそうにしている。中に何があるのか? それはまあ、アイリさんが語っていた伝承からすればわかりきっているのだが……。ううむ! それはそれ、これはこれ! 皆とは違う理由でドキドキしている私がいるのです。


「では、開けますね……」


 また、何か祝詞のフリをしたそれらしいセリフでも言うのかと思ったら、この社は別に機械的なものでは無く、普通に社として作られたものらしく、パンパンと二礼二拍手をした後、ごくごく普通に手で開けていた。


 ギィイと、軋んだ音を立てながらゆっくりと開かれた小さな社。やや埃っぽいその中に収まっていたのは……ああ、なんとも見覚えがある……と言うか、懐かしき懐かしき青いトールケースじゃないか。


 はい、知ってました。


 ブルーでレイな形式のディスクが収められていると思われるそのケースは経年劣化なのか、やや色あせていたが、見るだけでワクワクするイラストが描かれていた。


 中央に合体したシャインカイザーアルティメットフォームがいて、その脇にキリン。後ろで偉そうに幅を取っているのはルクルァシアだ。そしてパッケージ下部にずらりと並んでいるのは竜也達、前任であるアニメでのパイロット達と……知らない白人の少女達……恐らくキリンのパイロットであろう双子っぽい女の子の姿があった。


「わあ……! これが……カイザーさんが言っていた円盤ですか! おかしいな、あたし神社の子なのに見たこと無いや……」

「お姉は巫女になる前に逃げたからだよ……あたしは12になった時にみたもんね」

「あー……そうだった……」

「それよりみろよこれ! 竜也達の絵が描いてあるな! これは合体したカイザー達だな!」

「この見慣れない少女達はキリンのパイロット達でしょうか?」

「後ろにふんぞり返っている薄気味が悪い奴が宿敵ルクルァシアなのでしょうな」

「ちょ、お姉見えないって! もう! あ、ほらほらみてここラムレット!」

「あん?……うおお! ちっちゃくフィアールカが居るぞ!」

「私? 私がいるの? ちょ、ちょっと見せるの! 私にも見せるのー!」


 ギュウギュウとパイロット達が社に集まり私は今にも潰されそうだよ……。

 いやいや、待てよ待て待て。ステイだよ君達。パッケージを見ても面白くはあるまい?中のデータを見てこそだよ。


 パイロット達をなんとか宥め、アイリさんに頼んでパッケージを開けて貰う。別に誰でも良かったのだが、なんとなく巫女長に頼むのが筋だと思ったし、それに興奮したパイロット達にやらせたら……その、勢い余ってケースを割りそうだからね……。


 パチリと音を立て、パッケージがひらかれる。中にはあまり厚くは無いリーフレットと、ディスクが収められていた。神事の際に濡らしてしまったのか、リーフレットは若干カピカピになっていて、下手に触るとボロボロに崩れてしまいそうだった。


「……これはちょっと今は触らない方が良いね」


 なんだか嫌な予感がしてきたが、ディスクの見た目はそれ程悪くは無い。パッケージと違い、合体前の機体達が勢揃いしたイラストがプリントされていて、これにはパイロット達も大喜びだった。


 だが……ディスクをチェックしていたスミレから恐れていた言葉が放たれた。


「カイザー、そして皆さんに報告があります。良い報告と悪い報告、どちらから聞きますか?」


「……そう来たか。うむ、こういう時は悪い方から聞くときまっているのだ。そっちから頼むよ」


 では、とスミレはディスクをケースに戻し、淡々と語った。


「まず、悪い報告ですが……今ディスクを読み取りデータをカイザーのストレージにコピーしようとしたところ、読み込み不可能な箇所がいくつか発見されました……。つまり、このディスクは一部破損しています。本に例えるならば、ページの所々が破けている状態といえましょう」


 先ほどまでの明るい雰囲気から一転。一気に暗い雰囲気に包まれる。まあ、私も覚悟はしていたよ。神事で何度か出されていたと言っていたし、何よりどれだけ長い時が経っているんだっていう話しだからねえ……光学ディスクって意外と弱いんだよな。


 流石に映像ディスクとして売られている物は強度が違うけど、個人向けのDVD-Rなんかはさ、下手な保存の仕方をしていると数年で薬剤が剥離して読めなくなっちゃうんだ。


 かつて撮りためたデジカメの写真データ達がそれで数年分だめになったときは……膝から崩れ落ちたもんだよ……知ってるかい? DVDってさ、カビるんだよ……。


「……この光学ディスクという物はもともと長期保存には向かないものだからね。誰が悪いというわけじゃない、言ってしまえばそんな古い時代にディスクを置いた神様が悪いんだ。きいてるか神様。貴方のせいだぞ!」


「ふふ、カイザーは神をも恐れぬ存在……というわけですね」


 まあ、私も? 機神様らしいからね。神様に文句のひとつやふたつ言っても怒られまいよ。まあ、神になる気はないんだけどさ!


「っと、それで良い報告ってのはなんだね! それに期待してるからこうして私はまだ自我を保てているのだが!」


「落ち着きなさいカイザー。キリンみたいになってますよ」

「おっと……」


「ディスクは破損クラスタが見られ、現在はデータを読み出すことは不可能ですが……、幸いなことに完全に破損しているわけではないので時間をかければ十分修復可能だと思われます」


「……よし! それでどれくらい掛かりそうなんだい?」


「そうですね、まずグランシャイナー内に設置されている端末でディープスキャンをする必要がありますが、これに2ヶ月。そしてそれを整合するのに10日……最終チェックに3日といったところでしょうか」


「随分かかるな……が、それくらいで直るなら安いものだよ。それに都合も良い」


「都合が? いったいどういう意味でしょうか」


「ああ、流石にその頃にはルクルゥシアも討伐出来ている頃でしょう? 倒した記念に皆で劇場版を見るんだよ。最初はさ、この劇場版を頼りにルクルゥシアを撃破しようと思っていたけど、それはやめた。私達が紡ぎ出した物語と、竜也達が紡いだ物語……その2つを比べられると思った方がやる気が出るじゃない」


「……カイザーはくっさいけど熱い事言うよな……」

「ええ、ちょっと恥ずかしくなりますが……これはこれで悪くはないんですのよねえ……」


「二人共! 酷いな!」


「カイザーさん! 私は! そういうのとっても好きですよ!」

「拙者も同意です! カイザー殿の滾る心は私の心にズバンと刺さるでござる!」


「君達……!」


「ま、まあ? 悪くはないんじゃない? ルゥのそういう所、あたしも好きだな」

「アタイは意外と嫌いじゃないんだよな……そういうの……」


「フィオラ……! ラムレット……!」


 そんな私達を微笑ましそうに見ているアイリさん。しかし、私は気づいていなかったのである。ひとり静かなスミレ、スミレが何をやっているのかに。



 ……後日わかったことだが、この様子は全てキリンに送信されていた。非常に嬉しげに私を弄くり倒すキリンとそれを見て満足げな顔を浮かべているスミレ。私はこの日のことを一生忘れる事はないだろう……。


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