第三百七十三話 食欲のクマ、そして
空腹に襲われまくりの仕事帰り、食欲が最大限に達している状況で夕食の買い物をしてはならない……私は前世で、人間として日本で暮らしていた頃、つくづくそう思ったものだ。
単純な話、食欲が思考を支配してしまい、余分なものまで大いに買い込んでしまうんだ。会社を出た瞬間はまだ『疲れているし、シンプルにレトルトカレーにしよう……』なんて、冷静な思考をしているんだけど、ついつい書店やら模型店やら……家電量販店やらと、アチラコチラへと吸寄せられるように寄り道しちゃってさ、スーパーに着くのが遅くなってしまうんだけど、そんな日はもう大変なんだ。
減りに減った腹が脳に緊急指令を出してしまうからね。
スーパーで目に入る食材のどれもが魅力的に映り、気づけばレトルトカレーをベースに、トッピングのコロッケにポテトサラダ、サラダのパックにレトルトスープ、そしてデザートのプリンと袋菓子までカゴに入れてしまっている。
帰宅をしてそれを盛り付けたところでピークが過ぎ去り(あれ……なんでこんなに買っちゃったんだろう……疲れて食欲が……)と、ここから後悔タイムの始まりだ。
既に盛り付けてしまっているのだから食べるしか無い。決して健啖家とは言えない私にとって、その量はかなりの難敵。そしてまた、厄介なことに『お残しは許しません』の精神が根付いているため、ひどく苦労しながら時間をかけてなんとか食べるんだけど……いやほんと食べてる最中も食べ終わった後も、そして翌朝目覚めたときも……公開しっぱなしになっちゃうんだよねえ。
現在のパイロット達がまさにその状況なんだよね。後悔することになるかどうかは別として、儀式だ何だですっかりご飯を忘れてしまっていた彼女達は恐ろしい量の食事を用意していたんだ。
そう、彼女達の手にはバックパックという
欲望のまま好きなだけ、そこから食料を、しかも熱々の状態で取り出せてしまうわけだ。
豚汁を作りあげた私とミシェルが鍋を持って食堂に入ったらびっくりだよ。なんのパーティーだというくらい用意された料理の山。
「あの……君たち?」
「いやあ、アレも食べたい、これも食べたいって思ったらこんなになっちゃってよ……へへ……」
へへじゃないよ、へへじゃ……。まあ、食べ切れない分はストレージにしまえばいいだけなんだけど、こうして出してるとどんどん冷めていくんだからね? その辺は理解しているよね?
「カイザー! 私びっくりしたの。 異世界だっていうから、どんなごはんが出されるのかなってちょっぴり覚悟をしていたのだけれども、私が見たことが有る料理がたっぷりなの! 大好きなごはんがたっぷりなの! 食べていいの? いいの? いいの?」
フィアールカが短いしっぽをプリプリと振り、私におねだりをしてくる。ちくしょう、なんだこいつ……めちゃくちゃかわいいな!
「ああ、好きなだけ食べていいよ。この後は忙しくなるんでしょう? たっぷりたべな」
「わあい!」
と、両手を上げ喜ぶフィアールカ。ちくしょう、愛らしく動くクマは反則だな……。ああ、ラムレットとミシェルが慈しむような目でフィアールカに食事をとってあげている……いいな、私もフィアールカにごはんをあげたい……。
フィアールカは小さいと言っても、人間の3歳児くらいの体格だからね。体内がどういう仕組みなのかは知らないけれど、私やスミレと比べたらだいぶ大きな体だもの。きっと皆と同じ量を食べられるんだろうなあ。それだけはちょっと羨ましいや。
暫くの間、皆でわいわいと食事を楽しみ……しっかりとデザート? のパンケーキも平らげた一同は膨れた腹を辛そうに擦りながらそのままこの後の説明を聞くことになった。
説明役のフィアールカもお腹を辛そうにしている……そりゃそうだよ、私の心配は無用だったよ! 出した料理ぜんぶ平らげてんだもん! どんだけ胃袋おっきいのさ、乙女軍団withこぐまちゃんは!
「ふうふう……それじゃあこの後の説明をするのよ! まず、キリン以外のパイロット達と、機体達! よく聞くといいの! 貴方達はこの後色々忙しくなるの!」
そりゃそうだ。キリンは換装の必要が無いだろうから、メインは私達になるのは当たり前。それは良いけど何をさせるつもりなんだろう。
「私のかわいい子グマ達がカイザーたちを換装するの。システムもちょっぴり弄るから、そこはキリンに協力してほしいの」
『ああ、そうだろうと思って用意をしているところだよ』
「……キリンは突然喋らないでほしいの。キリンが突然喋るのはほんと心臓に悪いの……」
『ほう、君は心臓を実装しているのかい? 興味深いな、どうだい君も一度オーバーホールをしてみては』
「物の例えなの! キリンは黙るの! 話が進まないの!」
それについては同意だね。
「こほん。それで、各機体とそのパイロット達には新機体を上手く操縦出来るよう、シミュレーションをしてほしいの。作業時間は凡そ2時間。シミュレーション内の時間の流れを調節するから大体20時間くらいは練習できるの」
「それだけ時間を引き伸ばして体調に影響が出ないだろうか」
「ん、大丈夫なの。バイタルはチェックするし、安全面を最大限に考慮した上限でやるから平気なの」
……と、そんな具合にフィアールカの説明は淡々と進められていった。これより我々はハンガーに移動をして、各パイロットはそれぞれ機体に乗り込む。現在キリンが各機体にインストール作業を進めているシミュレーションプログラムをそれぞれ実行し、仮想モデルで新機体に慣れてもらう……ということだ。
「なるほど、巫女長が言っていた『試練』とやらはこれを指していたわけか。てっきりキリンの長話に耐えるのがそうかなって思ってたんだけど」
『カイザー、私だって傷つくこともあるんだからね……カイザーのかわいい冗談は置いておいてだね、フィオラ君にラムレット君。カイザー達の仕込みが終わったら君たちも訓練に入るからね』
「おお、それは助かるよ! まだちょっとお前の力を出しきれてないなって思ってたからね!」
『ううん、ラムレット君が思い描いているような内容ではないかもしれないが……まあ、お楽しみに、だ』
広く感じたハンガー内が狭く見えるほどパーツの山が積まれている……これは換装というレベルではなく、ほぼ作り直されてしまうのでは?
「大丈夫なの、カイザー。私のこぐま達は優秀なの! 修行が終わったら
……それを聞くと完全に別物になる予感しかしないのだが……しかし、楽しみは楽しみだ。ていうか起動中にOSのアップデートなんてできるもんなんだな……。
「カイザーさん、お姉ちゃん、がんばろうね」
「ああ、一体どんな事になるのかわからんが、楽しみだな!」
「今回ばかりは私にもわかりませんからね。皆で協力して乗り越えましょう」
『じゃ、シミュレーションを開始するよ。……ふふ、幸運を祈っておくよ』
キリンの思わせぶりな一言と共に強制的にシミュレーションプログラムが実行された。意図せず始まったため、なんというか、強烈な貧血を起こして目の前が暗くブラック・アウトしたかのような感覚だ。自分のOSではなく、別のアプリ上でやるとなるとこうも勝手が違うのか。
やがて暗闇に光が差し込む。どうやらシミュレーションが始まったらしい。なるほどこれは……。
「周囲の情報から推測するに……ここを太陽系第三惑星地球と推測。カイザー、レニー。私達は仮想空間上ではありますが……どうやら地球の町外れに降り立ったようですよ」
何処か懐かしいが、ちょっと様子がおかしいこの景色。なるほどなるほど。どうやら我々はアニメの世界の日本に降り立ったようだな……すばらしいっ!
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