第三百四十七話 キリン、大いに語る
システムが復旧したキリンは昨日の姿が嘘かのように様子が変わり、学者キャラと言うか、おしゃべりキャラと言うか。兎に角、やたらめったらと口を走らせるため、話せば話すだけネタバレリスクが高まるという……私にとって非常に恐ろしい存在だ。
そんな彼女が一体いつこの世界に来て、何故このような事になっているのか。本当はまだ彼女から話を聞きたくはないのだけど、そうも言ってられないからね……涙を呑んで語ってもらう事にしたんだけれども……。
「何時からかという質問には簡単に答えられるよ。時間のカウントは機体維持に必要な事だからね、緊急処置で機体に制限がかかっている状態であってもそれは生きていたから、もうばっちりきっかり答えられるとも。ああ、そうだ。あれは283年と127日前、今でも克明に覚えているよ、そう私が目を開くとそこには良く晴れた青空が広がっていて……――」
「ちょ、ちょっと待って。そんな昔からこっちに来ていたの? その頃って……まだ私が眠っている間じゃないか」
「そうは言われてもね……。まあ、気づいたら見知らぬ山中に居たんだよ」
283年前といえば、フォレムに魔獣狩りの兵団が出来た頃だな。つまり、既にスミレが目覚めて色々とやらかしていた頃のようだけど……その頃の私と来たらぐっすり夢の中だ。
私達がこちらに来てから数千年後の時間差転移か……。いったいあちらとこちら、どれだけの時差があるんだろうね。少なくとも私が生きていた頃は劇場版の話なんて掲示板のネタでしかなかった。
ただ、放映から10年近く経ってからわざわざリマスターボックスを発売したことを考えれば、それ自体が劇場版への布石だったとも考えられるか。
……うう、もう少し生きられていたら劇場版を彼方で見られていたのかも知れないなあ。
「地球での最後の記憶は……っと睨むのは止してくれ、カイザー。わかったよ。わかっているともさ。君が言うように私が居た世界が創作物の中だというのであれば、それを楽しみにしている君に結末を言うのは酷だろうからね。
うんうん、まあ、事を成し遂げた私が何処に立ち、そこで何を思っていたかは後のお楽しみにとっておくとして、気づけば見慣れた地球の景色が消え去り、良くわからない土地が視界に入ったというわけだ。うん、勿論直ぐに周囲の測定をしたさ。まあ、驚いたよね」
危ない……このキリンという機体は非常に危険だ。口を開けばネタバレが息を潜めている。今さり気なく劇場版(もう疑うこともしない)のラストシーンを語られる所だった。
「測定の結果は未知の惑星、未知の土地……だ。そして基地や衛星とのデータリンクが途絶していたのは勿論の事、付近に僚機の反応は無し……と。そこで私なりに分析をしてみたのだよ。若干未知の元素が混在しているが、大気の組成は地球とそう変わらない。時折見られた小動物や植物も……まあ、一応地球のものに類似していると言えるレベルだ。ならばこの世界にも人類が存在しているのではなかろうか。そして私は新たな敵と戦うために単身、緊急転送されたのではなかろうか? そう思った瞬間、ああ、それはそれはもう! ワクワクしたね! ここには新たな知識が溢れている、興奮しないわけがあろうか? 否だ! それで私は……――」
「わあ! ちょっと待って待って! 一気に喋りすぎだ! 興奮するな! 追いつけない、追いつけないから!」
「ああ、すまない。こうして誰かと会話をするのも久しぶりだったからね……で、だ。付近の調査をしながらゆっくりと山を降りていると……どうやら人類種の気配がするじゃないか。コンタクトを取る前に遠距離よりデータ収集をしてみたのだがね、地球人とそう変わらない組成を持つ生命体で、しかも身なりからしてそれなりの文明を持っているようだった。ならば、意思の疎通が可能であろうと判断した私は……――」
「だから一度に喋りすぎだって! 私がついていけなくなるからもう少しゆっくり!」
「ごほん。それでね、どうやら山の下に人類が住む場所がある事がわかってね。私はデータ収集と、あわよくば友好を結ぶ事ができないかと思って人里に向かったんだが……」
「……ああ、言葉が通じなかったんだろう? だから今こうして私が皆に同時通訳をしてるわけで。君に早口でわっと語られるとそれが追いつかなくて困るっていうわけで!」
「……ああ、そうだった。彼女達に日本語は通じないのだったね、すまない。それで……私が向かった先は、規模からすれば村と呼べるほどの規模を持つ所だったと思う。民族衣装のような、いや……神社の巫女のような服装をした住民達が居てね、私を見て口々に何かを言っていたんだ。よく聞けば、日本語に似たような単語が少々混じっていたこともあり、これはもしかすれば言語形態が似ているのではと推測した私はこれ幸いと自己紹介をし、異文化交流を試みてみたのだが……――」
「あーーーー! 鬼……ばっちゃが言ってた黄色い鬼って……キリンのことだったんだ……」
「ああ……確かに。あそこの人達機兵なんか見たことないだろうし、この姿じゃね……」
「ばっちゃの脅しじゃ無かったんだね……」
「お姉さ、鬼の話聞く度に青くなって布団に潜ってたもんね、どう? 本物の鬼が居るよ ? 怖い? 隠れたら? ねえ、ねえ」
「フィオラ! うるさいぞ!」
レニーとフィオラが非常に愉快なとりをしてるので、それをそのままキリンに伝えてあげたら乾いた笑いを出していた。
「ははは……そうか、鬼か……。なるほど、異界から訪れた巨人、言葉が通じぬ巨人は畏怖の対象となりうる。なるほど鬼かぁ……参ったな。通りで矢を向けられたわけだ」
「ふふ、私も最初目覚めた時は騎士たちに囲まれたからね。そこから必死に言語データを収集して話せるようになったんだぞ。会話というか、意思の疎通はやっぱ大事だよね」
「ああ、切にそう思う。私は敵対するつもりはなかったし、傷つけるつもりもない。彼らの矢が私に通るとは思えなかったが、それが通じないとわかれば怯えさせてしまうだろう? だから私は再び山に戻ったんだ」
その話を聞いたレニーとフィオラが申し訳無さそうな顔をする。大丈夫、村の人達は悪くないよ。言葉が通じなかったんだし、こんなでっかいのがいきなりぬっと現れたら矢だって向けるさ。私だって……いきなり巨大ロボットが姿を現したら………………取りあえずスマホ向けて写真撮って……パイロットがいるか、AIが搭載されてるか……確認のために声をかけて……って、違う違う! そうじゃないだろ。
「それで、暫く周囲の調査をしながら山暮らしをしていたんだがね、そこでふと思ったんだ。そうか、裸で現れたから蛮族扱いをされたのではないかと。せめて服を着れば違うのでは? 文化的な所を見せれば少なくとも対話の席に着けるのでは無いか、そう考えたんだ」
「服……ああ、それであの……毛皮、巨大生物の毛皮をかぶっていたのかい……?」
「そのとおりだよ、カイザー君。魂は違えど君は等しく賢き者なのだな!」
馬鹿だ。この機体賢いふりをした馬鹿だ! あんな姿で文化的な姿もなにもないよ。あれじゃただの蛮族っていうか、ますます迫力をでちゃってただろ!
「ただ、支度をしてみたものの、やっぱり一度怯えられた村にまた行こうとは思えなくてね。別の集落でも探そうと、私は山の反対側に行こうと思ったんだ。
ところがところが。ここの山脈、無駄に雄大だろう? 私もね、頑張って結構な高さ……7000mくらいだろうか? そのくらいまでは登ったんだ。だがね、君たちも登ってきたのだろうからわかるだろう? ここの山は酷く険しく、上層部は酷い吹雪でとてもじゃないがまともに歩けない。もう少しまともな装備でもあれば違ったのかも知れないが……ご覧の通り、この装備だ。とてもじゃないが超えることは出来なかったよ。ああ、あの時はあまりの心細さに僚機の皆が居てくれればなと心より願ったよ……まあ、声が届かぬだけで居たみたいだけどね」
「それはすまないことをしたね……まあ、その頃の私は寝ていたし、ウロボロスは機体を封印されていたし、オルトロスは寝ぼけていたし、ヤタガラスに至っては離れ島で忍者やってた頃だからどうしようもなかったけども……」
「ぐう……現実とは無情だな。で、だ。しょうが無いから他に抜け道がないか探ったのだよ! そしたらあるじゃないか! 洞窟が! これはもしや反対側に繋がっているのではないか! 期待に胸を膨らませて飛び込んだんだ……結果としていまここで君たちと再会出来ているわけなので、私の説は正しかったと証明されたわけだが……」
「えっと、キリンさ。肝心なことが語られていないんだけど。そりゃまあ、この洞窟が反対側に繋がっているってわかったのは僥倖だ。だが、君が何故あんなになるまでぼろぼろになっていたのか、君を追い詰める驚異がいるならば対策を考える必要がある。その辺りの事情を話してくれないかな」
「ああ、そんな事か。なんてことはない。飛び込んだ、と言っただろう? 文字通り山に口を開けていた穴に飛び込んだんだよ! そしたら驚いた! 穴が思いの外深かったんだよね。慌ててフライトユニットを召喚したところで……機能の大半が封じられていることを思い出してね。まあ……落下ダメージ……と言えばわかるかな?」
「……」
「カイザー、こいつなんていったんだ? 何にやられたんだよ?」
「うむ! カイザー殿! 話は非常にいいところですぞ! キリンは一体何者に!?」
「落ちたんだって……」
「「「「「えっ?」」」」」
「高度7000m程の場所に開いていた穴に……後先考えず穴に飛び込んで……その落下ダメージで輝力炉を含む大半のパーツを破損させてしまったんだとさ!」
洞窟にパイロット、僚機全員がこける音が鳴り響いた。キリンは不思議そうに首を傾げていたが……ああ、こいつ天然系博士キャラなんだ。
ともあれ……非常に疲れる話だったが、ともあれだよ。脱出ルートのデータは残っているだろうし、合体すれば深い穴だろうと関係なく浮上出来る。なんとか向こう側に行けそうでほっとしたよ。
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