第三百三十五話 リムール

 食い倒れ事件のせいで多少の遅れが出てしまったけど、それでもなんとか日暮れギリギリにリムールに到着することが出来た。いやはやほんとに危ないところだったよ。


 現在この大陸は本格的な秋を迎えようとしている。日本であれば、夏至を過ぎてからジリジリと短くなっていく日照時間に身をもって気づくという頃なのだけれども、この大陸は年間を通して日照時間の変化が現れないんだ。


 それでも冬はガツンと寒く、夏はうんざりする程に暑いのだからどうにも不思議なんだけれども、私はその手の知識に詳しくはないので考察することはとうに諦め『ファンタジー世界やべー』くらいに思う事にしている。


 現在の時刻はもうすぐ19時になろうかというところ。季節を考えれば、日本ならもうすっかり真っ暗になっている時間だけれども、年中日没が19時半頃という環境なので、まだまだ余裕でうろつける程に明るいままなのであった。


「ふう、なんとかギリギリ明るいうちに到着できたね。さあ、急いでおうちの用意をしてちょうだい」


「「「はーい」」」


 わざわざ明るいうちの到着を目指したのは、寝床を作るため。


 というわけで、現在我々が居るのはリムール防衛隊所有の訓練場の外れだ。もう私達は村の身内であり、お客様じゃあない。

 現在このリムールには余所から多くの人たちが訪れ、急造された宿屋も満員御礼なのである。

 探せば空き部屋がある宿屋も残っているのかも知れないけれど、身内の私達が貴重な部屋を埋めてしまうのはちょっと違うよね。だからこの村では宿を取らず、こうしておうちをだして夜を明かすことに決めていたのであります。


 とは言え、せっかく生まれ変わったリムールにきたわけで。街に繰り出しご飯を食べることにしました。


『おうち』はシンプルな見た目だけれども、パイロットから許可を得ている者以外は扉の開閉が不可能、そして生半可な攻撃を喰らった程度では破壊されないと、が搭載されているので、こうしてみんなで出かけても悪い人が入り込む心配などは無用。そもそも僚機の皆が『おうち』の脇で待機しているわけなので、悪さをしようにも出来ないだろうさ。


「ひゃー! 腹減ったぁ! うーし、食うぞ食うぞ! あたいは喰うぞ!」


「マシュー……君は本当に懲りないやつだなあ……。そんなに私とスミレから為になるお話をされたいの?」


「ひっ……わかったからもう勘弁してくれよお」


「「「あははは」」」


 空から見ていた時も、リムールがかなり立派になったなと感じたけれど、こうして防衛隊の屯所から出て直に歩くと生まれ変わった集落の姿にびっくりしちゃうね。


『リエッタ』同様、パイン材をふんだんに使った建造物もいくつか建てられたためか、以前とちょっぴり街の雰囲気が変わっているけれど、ここはリエッタとは違って、元の建物が多く生き残っていた土地だから、それほど様変わりしたという印象は受けない。


 元からあった建造物の修復は、元のイメージを壊さないように施されていて、話に聞いていたとおり以前の雰囲気を残したまま綺麗になった建物の姿がちらほら見える。

 独特の赤い色をした土から作った日干しレンガはここの伝統工芸みたいなものだしさ、それがそのまま生かされているってのは嬉しい話だよね。

 

 とか言ってる間に街の中央広場が見えてきた。以前と変わらずマシューのお父さんが乗っていた機体が街を見守るように立っているんだけど、前に見た時とは打って変わってピカピカに磨き上げられていて、なんだか今にも動き出しそうな雰囲気すら感じるな。


 ふと、商人たちの雑談が耳に入る。


『知ってるか、この機兵。この街の守り神なんだと』

『ああ、この街の住人を救った勇者が乗ってた機兵なんだろ? すごいよな』

『これを磨くとよ、無事に旅を終えられるご利益があるらしいぞ』

『それは商人として見逃せないね! よし、布だせ布!』


 どういう経緯でそんな話が産まれたのかはわからないけど、恐らく手入れをしている街の人の姿を見た商人がそんな話をでっち上げたとかそういうことなんだろうな。

 なるほど……それでやたらピカピカになっているのか……。


 商人達のやりとりを見たマシューはどこか嬉しげな表情で小さく微笑みを浮かべていた。


 ◆◇


「あら、あのお店は……。ねえ、カイザーさん。今日はあそこにしましょう」


 ミシェルが選んだ店は以前ここが集落だった頃から有る建物だった。確かそこは酒場で、困窮した生活にすっかり腐り果てた男共のたまり場になっていたんだけど……。


 ミシェルやラムレットは飲めるから良いけど、未成年が多いのに酒場ってチョイスはどうなんだい?


「ふふ、その顔やっぱり知りませんわね。あのお店、今は酒場から食堂に変わりましたのよ。ここに来たら是非寄るようおすすめされていますし、行ってみましょ? ね?」


「あーー! そうか、マルリッタが言ってた店な! なら間違いないな!」


 マシューが何かに納得したような声を上げる。店に向かう途中、シグレが話してくれたけれど、リムール防衛隊に選抜された元酒場のウェイトレス、マルリッタがなんと同盟軍の幹部に見初められ、スカウトを受けたんだと。マルリッタは修行と見聞に丁度いいやと二つ返事でそれを受け、現在もそちらで活躍中なんだってさ。


 私がフィオラ達と旅をしていた頃、マシュー達はボックストン周辺の魔獣討伐任務に参加していたらしいんだけど、そこで彼女と再会した際に『スゲー立派な店に生まれ変わったから是非寄ってくれよな』と、それはそれはオススメされたんだってさ。


 酒場だった頃はどうにも近寄りがたくて、実はあんまりちゃんと見た事は無かったけれど、なんというか、あの酒場さあ、ごろつきホイホイみたいな良くない雰囲気が漂ってたんだよな……それがどう生まれ変わったのか、うん、なんだかとってもわくわくするね。

 


 そして元酒場だった場所に来てみると……――


 おお……以前は西部劇に有るような荒っぽい建物だったけれど、なんだかすっかり小奇麗になっているな。


 扉を開け、中に入った瞬間、懐かしい声が耳に届いた。


「いらっしゃーい。あー! ブレイブシャインの皆だ!」


 それは私達がリム族の集落を発見する切っ掛けとなった行き倒れ少女の姉、ラムニッタの声だった。以前と比べてすっかり健康的になって見違えた彼女は、マルリッタの後をついでこの店でウェイトレスをしているんだってさ。


「おまちどう! 今日のおすすめ料理、大王鮭の包み蒸し焼きだよー! 熱いから気をつけて食べてね」


「ひゃっほう! 魚なのにこのボリューム! たまんねえ!」

「うおお! 肉じゃないけど、これはこれでうまそうだね!」


 アタイコンビがまっさきに手を伸ばし、二人でアチアチと目を白黒させている。これはいわゆる鮭のホイル焼きみたいな感じの料理かな? 大きな鮭の半身をまるまる使い、葉っぱで包んで蒸し焼きにした料理で、一緒に包まれていた野菜がまたしんなりとしていい具合だ。ああ、ふわりと漂い鼻をくすぐるこの甘い香りはバターか……。


 いやあ、これはほんと以前の集落では考えられない料理だね。魚はなんとか海から取れたかも知れないけれど、野菜やバターなんて以前は見かける事は無かったし、包みに使っている葉っぱですらこの村では手に入れるのが困難だったのだから。


 ううん、なんだか感慨深くなっちゃう。


 おっと冷めない内にまずは一口……うーん、これはキングサーモンに近い風味だな。甘い脂の後から後からバターの香りが追いかけてきて……それでいて、シャキシャキと歯触りの良い野菜がまた爽やかな香り。うんうん料理がクドくなるのを防いでいるね。ああ、ヤバいな、これはたまらないな。

 この手の料理には醤油をたらすともっと美味しくなるんだけど……ルナーサが占拠されている今、商人がリーンバイルから輸入するというのはちょっと難しいだろうからなあ……。


 全くこんなところでもルクルゥシアの影響を感じるなんて……!


 はあ、だめだだめだ。切り替えないと。今は楽しい夕食の時間だ。懐かしい顔とも再会しいい気分! よし! 切り替わった!


 と、中々いいタイミングでラムニッタが次の料理、シカ肉の焙り焼きを持ってきた。これには『アタイコンビ』はもちろん、狩り好きのフィオラも大喜びだった。


 食堂を見渡すと、あちらこちらからやって来たらしい商人達の姿が目立つけれど、それだけじゃなくって、リム族達も結構な人数が食事に来ているようだ。皆、以前の陰鬱とした姿が嘘のように明るい表情をしていて、改めてこの街は再び歩み始めたんだなと嬉しくなった。


 旧ボルツ領中心部付近を覆う魔力汚染地帯を浄化する研究も進められているらしいし、これからこの街やリエッタを足がかりとして、どんどんこの土地は再開発が進められていくはずだ。

 そうやって開発が進んでいけば『旧ボルツ領』なんて暫定的な名前じゃあなくって、きっと新たな地名を得ることになるだろうね。


 そのためにも、そうなるためにも奴を倒して私のお仕事を終わらせないとな。


 うーん、切り替えようと思ってもだめだな! でも、まあいっか! 私は私らしく! こうやってうだうだ悩むのもまた私なんだからね!


「ミシェルー、私にも少しシカ肉わけてー」


「あ! ルゥ! ごはんは私に頼んでよね!」

「だめだよ! あたしに頼むんだよ、カイザーさん!」


「そうやって直ぐに喧嘩するからミシェルに頼んだの! ほら、2人は仲良く食べた食べた!」


 こうして賑やかな声とともにゆっくりと穏やかな時間は過ぎていくのだった。


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