第三百三十三話 リエッタぶらり旅

 リエッタはトリバ領と旧ボルツ領を隔てている広大な森を突っ切るように設計された街道工事をする際に、こちら側の飯場……いや、元は森で作業をする際の前線基地として整備がはじまった場所だ。


 初めてここに訪れた時、そこに広がっていたのは元あった村の面影がよく残る廃墟で、ただひたすらに寂しい景色が広がっているだけで、物資を持ち込めば辛うじて野営が出来る程度の、周りの荒野と大して条件が変わらないような場所だったんだけど、街道が開通し人々が往来するようになった今、緑化の効果も手伝ってすっかり立派な宿場町になっていた。


 この大陸はそれぞれの街が手に入りやすい素材で街づくりをするため、街ごとの特色を楽しむのも旅の醍醐味なんだけど、リエッタの建造物に使用されている資材は主に木材だ。


 というのは当たり前の話で、街道を切り開いた際に大量に出る木材の行き先、手っ取り早いのはリエッタやリムールの整備だったのだ。


 もともとこの辺りの建築様式は、荒野の土を使ってつくられた日干しレンガで建てられた物が主流だったんだけど、それがすっかり木造建築に置き換わってしまった形だね。

 ただ、殆どの建物が風化しかけていて、いちから建て直す事になったリエッタと違い、リムールは住人がいただけあって、元の建物も直せばまだまだ十分使えるレベル。なので、木材は補強や新たに建造される家屋や集会場などに使用するのに止めて、リム族が代々使ってきた建築様式を生かして、街全体をリメイクするかのように整備を進めたらしい。


 一体どんな街に生まれ変わったのか、リムールはリムールで今から見るのが楽しみだよ。

 

「しかし、なんだかいい香りがするね? どこかで嗅いだことが有るような……」


 ラムレットがクンクンと香りを嗅ぎながらあたりを見渡している。確かに言われてみればどこかかいだことが有る香りがする……ああ、これは。


「パイン材を使ってるのかな? これ松の匂いだよね」


「あら、よく解りましたわね、カイザーさん。マツというのは異世界での呼び名でしょうか?」


「ああそっか。うん、そうだね。っていうかパイン材ってのもそうなんだけど、偶然にも同じ呼び方するみたいだね」


「そのようですわね。村名になっているパインウィードというのは、そのまま『パインウィード』の木が茂る森を切り開いて作られた村というのが由来ですの。パインウィードの木で作られた資材を『パイン材』と呼ぶのですわ」


「へえー、私の世界のパイン材ってさ、燃えやすかったり、痛みやすいというデメリットが有るはずんだけど、こっちのもそうなの?」


「ええ、面白いですわね、こちらの物もそうですわ。ご存じかも知れませんが、パインウィードは脂が多く燃えやすい樹木ですから、そのまま使ってしまうと建築資材として不安が残りますの。でも、エーテリンに暫くつけておくとそのデメリットが消え、防火・防虫性能に優れ、薫り高い素晴らしい資材になるんですのよ」


「なるほどな、そこはこちらの世界ならではの加工方法だね。あっちにはエーテリンってのは多分……ないからなあ」


 マツの香りに包まれた街かあ。気分が安らいでいいかもしれないね。そう言えばパインウィードの建物からもマツの香りがしてたっけ。なんだかあの村は妙に懐かしい感じがしたけれど、なるほどそういう理由だったんだな。


 街の中央に作られた広場には商人たちが宿泊ついでに露天を出していて結構な賑わいだった。首都ルナーサが帝国軍に占拠されて立ち入れない今、代わりの稼ぎ場として、現在多くの人々が訪れて大改装中の旧ボルツ領には多くの商人たちが集っているらしい。


 この地はこれからどんどん人が入って栄えていくだろうからね。商人としては見逃せない土地なんだろうね。


「な、カイザー! あっちの露天行ってきていいか? うまそうな串焼きが……さ!」

「だめだよマシュー。先に何処か食べる店見つけて入らないと。昼時になったら混んじゃうぞ」

「もー! 硬いこと言うなよなー! なーラムレットだって行きたいだろ? 肉だぞ! パインウィードの鹿肉だぞ!」

「ぐっ……鹿肉かあ……なら仕方ないな……なあ、ルウいいだろ? アタイ小腹がすいて……」


「はあ……。まったく。じゃあ、こうしよう。昼食は各自摂るようにして、ここで解散。今から3時間後にこの広場に集合!」


「そうこなくっちゃ! 最高だぜ、カイザー! よっしゃいくぞラムレット!」

「おう! あっちの屋台から順番にいこう! マシュー!」


 なんだか知らないけれど、この2人は妙に息があっているところがあるんだよな。一人称がかぶっているのが関係しているのかな……? そう言われてみれば性格も若干似ているところがあるよな……性格が似ているからこそ、一人称も被っていると言うべきか。


 さて、私達もと思ったのだけれども、犬を見つけたレニーが夢中になって動かない。そのうち、待ちくたびれたミシェルとシグレはスミレを伴って先に歩いて行ってしまった。まったく、困ったパイロット様だな。


 レニーが飽きるのを待ちながら街ゆく人々を観察していると、ようやく復活したらしいレニーとフィオラから同時に声が掛かった。


「カイザーさん」

「ルゥ」


「「むー!」」


「はいはい、君達はケンカしないの。ていうか、もう残ってるの私達だけだし、このまま3人でお昼に行くよ」


「ええ? あ! 本当だ! お姉ちゃん達いつのまに」

「スミレさんならさっきシグレちゃんとミシェルさんと一緒に甘味所に入っていったよ」


「ええ~! 甘味所ー? もう、あたしに声をかけてくれても良かったのに~」

「お姉は子犬に夢中で話し聞いてなかったじゃないの……」


 ミシェルはちゃんとレニーとフィオラも誘ってたのに、子犬をモフるのに夢中なレニーの耳にはそれが届く事は無く……フィオラがミシェルに謝って誘いを断ったんだよね……。


 なんだかんだ言ってフィオラは姉に甘いところがあるけれど、これを本人達に言うときっと怒られるんだろうな……。


「折角だしさ、私達もマシュー達みたいにあちこち食べ歩きしようよ。なんだかあちこちから商人が集まってるみたいだし、変わったの食べられるかも知れないよ」


「そうだねカイザーさんに付き合ってあげよう」

「よーし、ルゥに付き合ってあげよー」


「「だーかーら!」」


「もー! 私は3人で行こうって言ってんの! ほら、行くよ2人とも! いきなり甘いのはアレだから、まずは主食系から行こうじゃ無いか」


「「はーい」」


 やれやれ、まったく困った姉妹だよほんと。ま、喧嘩するほど仲が良いって言うし、これもじゃれ合いと思えば可愛いもんだ。


 そして私達は屋台の食べ歩きに出かけたわけだけれども……行く先々でどっちが私に分けるかでいちいち喧嘩になったのはほんと勘弁して欲しかった……。

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