第三百十九話 剃毛

 両手持ちの重量級兵器、通称『ダーソン』……あまりその名前で呼ぶのはアレなので、ここはそうだね……【デコンターミネイター】とでも呼ぼうか。デコンタミネーター、つまりは除染をそれっぽく言っただけ。


 でも、なんかそれらしくない? それにこう言うのはノリが一番大事なファクターになるからな!


「デコンターミネーター展開。これより周囲の除染を開始する。スミレ、暫くの間ヤツの行動監視に努めてくれ」


「了解。現在『眷属』から距離200。射程外ですがお気を付けて」


 両手で持ち、腰のあたりに構えた巨大な吸引兵器デコンターミネイター

 『起動』と一声すると、たちまち周囲の大気を吸い始め、次第に我らを取り巻いている魔力霧が次々と『収納』されていく。

 思った以上に効果があるようで、みるみるうちに周辺のモヤが晴れ、視界がスッキリしていくのがなんだかクセになりそうだ。


 しかもこの吸引力は凄まじい。フライトユニットで空を滑空しながらスイスイと、まるで部屋に掃除機をかけるが如く気持ち良く吸引することが出来る。


「いやあ、これは中々だな……」

「誰かがこの光景を観測していたら、恐らく私が掃除機をかけているように見えるのでしょうね……」

「あはは、違いない」


 確かに、と笑ったらスミレが少々拗ねてしまった。

 解せぬ。可愛らしくて良いじゃないか……。


 しかし、合流できたからなのか、状況が好転しているからなのかはわからないが、我々の緊張感が一気に消失してしまったな。もっとこう、危機一髪! みたいな具合でスミレと合流してさ、苦労しながらギリギリの熱いバトルを繰り広げる様子を想像してたんだけど……


「ここに来て、まさか掃除機をかけるとは思わなかったよ」

「そのセリフはそのままお返ししますよ、カイザー」


 とは言え、これはこれで立派な作戦であり攻撃なのだ。事実、こちらが魔力霧を吸引する毎に侵蝕レベルはぐんぐんと下がり、現在は10%、システムはほぼ我らの手に取り戻せたと言える。


 また、『眷属』はその霧をエネルギーソースとしていたわけなので、それをそっくり頂いてしまった今、ヤツは魔力の供給源を絶たれてが近づいている。


 これまでは苦労をしてどれだけダメージを与えようとも直ぐに魔力霧で回復されてしまい、手に負えなかった眷属。それが復源を絶たれ、不可能になったばかりか、体内でまだ変換されていなかった輝力がそのまま毒となって身体を蝕んでいる状態だ。


 バフとデバフが拮抗していたところでバフだけが切れてしまった状態。

 これで倒せなかったら嘘と言うもんだね。


 しかし、それでもヤツの硬さは健在だ。それはバフの効果ではなく、元々持っている仕様なのだからどうしようもない。


 本体を覆う外郭を破壊する威力の大技は一撃しか放てない。あの目障りな霧は一応片付きはしたが、のんびりしていれば、また噴出されてしまうことだろうさ。


 倒しきれず、私が輝力切れで動けなくなってしまえば、その回復時間をついて再度魔力霧を展開、仕切り直しとなる可能性は大きい。


 リソースの多くを取り戻した今、肉体を持たない私やスミレならば勝てるまで何度でもやり直すことは十分可能……。


 だけど、ルクルァシアと言う存在がこの世界に現れた、それが明らかになった今のんびりとしては居られない。


 ルクルァシアが帝国を乗っ取り、一体何をしようとしているのか?


 原作再現となれば、奴の使命は人類の滅亡だ。


 カイザーチームが住む街にしょっぱい嫌がらせをしつつ、密かに着々と人類滅亡の支度をしているというのがルクルァシアなのだ。


 ともすればここでノンビリと周回プレイめいた戦闘などしている暇はない。

 足止めをされている間にも、着々と滅亡のカウントダウンは進んでいくのだから。


「魔力霧の沈静化を確認、デコンターミネイター格納。以後カイザーブレードで触手の牽制に入る。スミレはコアのスキャンに取り掛かってくれ」

「了解。さあ、いよいよ本番ですよ。頑張りましょうね、カイザー」


「ああ!」


 再度、眷属との距離を詰め、触手と対峙する。

 霧が晴れたおかげでハッキリと見えるようになったが、成る程これはグロい! 


 何処かでサーバールームの……何か巨大なマシンの背面にミッチリとスパゲティのように這いずり回るケーブル達を見て『グロい』と言う感想を持ったことが有るけれど、これはソレにかなり近いものがある。


 人工的なマテリアルで構成された触手を生体的な被膜が覆っているのだけれども、その所々が裂けているかのように開いていて、中から金属質の触手が束ねられ詰まっている様子が伺える。


 そしてその裂け目からは見るからに身体に悪そうなヌラヌラとした蛍光グリーンの高粘度の液体が滴っていて、内部ケーブル自体が鈍く紫色に発光しているものだから気持ち悪さが半端ないのだ。


(これおもちゃで再現したらめちゃくちゃ高くなりそうだな……なんて考えてないとやってられないよこれは!)


 なんとか気を紛らわせようと思考を切り替えようとするけれど、やはり視界にダイレクトアタックを仕掛けてくる精神攻撃には敵わない。


 それでも、ここで手を止める訳にはいかない!


 ぬちゃり……とこちらに迫りくる巨大な触手をかいくぐり、刃が通りそうな剥き出しの部分に斬撃を加えていく。

 巨大といっても、人間から見たサイズである。我々が乗り込んでいるSUMIREからすれば少し太めの木、せいぜいドラム缶くらいの太さだ。


「気色悪いけど……これくらいならなんとか斬れるな!」

「ええ、なるべく数を減らし、本体への攻撃に備えましょう」


「そうだな。スミレは引き続き解析を頼む」


 本体を潰せば終わりだけれども、触手に邪魔をされてしまっては元も子もない。スミレが頑張る間、私はこうして、一本一本触手を片付けるのみだ。


 触手の数は非常に多い。狩りながら数を数えていたが、200を超えたところで数えるのをやめた。


「今ので276本目です。輝力をセーブしながら中々ですよ。流石カイザー」

「ふふ、褒めても何も出ないさ。これで全体の何%くらいなんだろう?」


「大体半分くらいでしょうか? まあ、別に丸裸にする必要はありません……が、そうですね、あの辺り、腹部よりやや右方向の塊を狩ってくださいますか?」


「ご指名が来たということは……」

「ええ、コアの位置が特定できました。オペの前に邪魔な毛を剃り落としてしまいましょう」


 そう来たか……。


 スミレさんも中々に緊張感を削ぐ様なことを仰るようになったもんだな。

 いや、私の緊張をほぐそうとしてくれたのかも知れないね。ようし、後ひと踏ん張りだ!

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