第三百七話 OS世界
ゆっくりとこちらに向かう私の……俺の身体。こちらからも向かっているため、もどかしいほど移動速度が遅いこの身体であっても距離はぐんぐん近づいていく。
そんな俺の動きに気付いたのが敵機達。ウロボロス達、僚機にのみ御熱心だと思って居たが、どうやら本命は俺のようだ。
……妖精体であってもカイザーとして認識するとは大したもんだが、今は俺のことは気にせずにオルトロス達と精々仲良く遊んでいて欲しいところだな。
俺の身体に近づくと、やはりコクピット周辺から異常を感じる。そうだ、あの時システムに未知のウイルスかなにかが干渉を始めて……スミレは俺のAIを護るため妖精体に俺を強制移動させた上で脱出させたんだったな。
そして理由はわからないが、俺の記憶データは破損し、じわじわとアンロックされるような形で今日まで時間をかけて修復される事となってしまった。
レニーの端末から飛び出したユニコーンのホログラムは恐らく俺のバックアップデータが生み出した幻影だろう。今日までレニーのサポートをしつつ、最後の最後に欠損した俺のデータを埋める形で一体化してくれた。
……ユニコーンとしてレニーと共に旅をしてきた"思い出"がデータとして残っている。
ユニコーンはレニーと、ルウはフィオラとそれぞれ旅をして「カイザー」の元に集い俺となった。
ルウはまあ、あれだが……ユニコーンとしてレニーと行動していた間のデータをどうにか分離して独立させてやりたいな。
そんな無茶が出来るのはスミレだけだ。
さあ、迎えに行こうじゃないか!
コクピットハッチを開こうとデータを送信するが、どうにも勝手が違う。システムの大半が書き換えられているようで、今までの方法では開ける事が出来ない。
かといって、機体が動いている以上、例の外側から開ける緊急用の操作でハッチを開けることは不可能だ。
こうなったら『外側』から『侵入』を試みるほか有るまい。
欲を言えばコックピットから直に深いところに潜りたかったのだが、それを開けるためにハッキングするとなれば結局二度手間になってしまうからな。多少危険だろうが、贅沢はいってられない。
……しかし自分の家の鍵破りをするかのようで気分が悪いが仕方ないな。
スミレが頑張ってくれているのだろう、幸いなことに『本体』の動きは非常に遅い。それは歩みだけでは無く、周囲の反応もまた鈍くなっているため、簡単に頭部に着陸することが出来た。
ここに降りれば安心だ。なんたって俺は自分で自分の頭頂部を触れないんだからな! ロボットの可動域の限界って奴だ。
少々揺れるが問題無い。どれ、特等席からスミレのお手伝いをするとしますか。
妖精体の小さな手を頭部に当てると指先からニョロニョロと極細のケーブルが伸びていく。それはやがて頭部コネクタ周辺のスリットに辿り着き、そのまま隙間を通り内部へ侵入を果たした。
妖精体にこんなギミックを付いてるのを知った時はびっくりしたけれど、もしかしてスミレはこんな事態が起こることを想定していたのかも知れないな……。
っと、到達したようだな……では……システム侵入開始だ!
OS内部はどういう理由でそうなっているのかはわからないが、区分けされた街のようになっている。碁盤状に区画されたその『街』には道に沿って建物が建ち並び、所々にある大きな倉庫のような建物がストレージ。俺やスミレの記憶データやバックパックに収納されている物のデータなどが収納されている。
そんな街の中を俺やスミレは光球となって飛び回り、破損箇所の修復をするというのが普段の修復作業なのだが、今俺の目の前に広がるその景色は知っているそれとは様子が違う。
確かに道や建物の並びは記憶の通りなのだが、その街を覆う紫色の霧。おそらくは例の魔力なのだろうが、その霧の中から次々になんとも表現しがたい……じっと見ていると正気を失いかねない形状の物体が生み出され、建物に取り付いてはそれを包み込んでいる。
見れば大半の建物は既にそれに覆われていて、恐らくはそれが所謂クラッキングされている状態なのだろうと推測できる。
そんな『街並み』をなんとも言えない気持ちで見つめながらスミレの元を目指す。あれらを駆除していけば、システムの奪還は出来るのだろうが、無限に湧いているかのように見えるアレをどうにかしたところで焼け石に水だ。
であれば、中枢部に居るのであろうスミレと合流し、元となる何かを除去した方が良い。
全速力で飛行し、深部にある中枢部を目指す。
この『OS世界』は5階層で構成されている。浅い階層程どうでもいい……と言ってしまうのは悲しいが、重要度が低いデータが格納されていて、深くなるほどその重要度が増していく。
それはこうやって外敵が侵入した際、ほぼ無防備の浅層を囮として深層部の護りを固めるためにわざわざ分けられている……らしいのだが、本当の所はハッキリしていない。
2階層へは専用のゲートを使い、転送を用いて移動する。実際プログラムの文字列で表した際、どのように描写されているのかは不明だが、そう言う仕組みなのだからそう言う物だと思うしか無い。
街という形に表現されている時点で俺は考えるのを止めている。
さて、そのゲートなんだが……、困ったことに『ガーディアン』が存在している。1階層はほぼ無防備ではあるのだが、流石にノーガードと言うわけには行かず、ワクチン的な存在であるガーディアンがしっかりとその門を護っているわけだ。
普段であれば顔パスで通して貰えるわけだが、どうやら今は機嫌が悪いらしい。普段の彼らはどこか俺と似ている白いロボットで、1階層なら槍を携えそこを護っている。
しかし、今ゲートに立っている彼は似合わない紫色のドロドロとした何かでおめかしをしていて、どうにもこうにも虫の居所が悪そうだ。
……これは確実に通して貰えないな。
さて、どうするか。答えはひとつだ。
「申し訳ないが、少し眠って貰うぞ!」
OS世界において『見た目』と言うのはある程度好き勝手出来る。例えば……こうやって!
『カイザー召喚』と、俺が願えばこの通り、カイザーとしてこの世界に降り立つことが出来るというわけだ……って、初めてやったんだけど、以外といけるもんだね。
……ん?
どうも感覚が妙だ……。
確かに今
ああ……そうか。
私はカイザーではなく、パイロットとしてコクピットに乗り込んで居るんだ。
久しぶりに見た『自分』の手。首元をサワサワする存在に手を伸ばせばさらりとした黒髪が手に収まった。
うーむ『ルゥ』としてここに乗り込んだのかとも思ったがこれは……。
どうやら私は前世の身体でカイザーに乗り込んでいるようだ。
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