第三百五話 下層突入

 シン……と静まりかえったエレベーター内。鈍く唸るモーター駆動音が僅かに聞えるのみで他に物音は一切聞えてこない。


 これから起こりうる事態に備え集中し、または緊張し、ある者は自分を奮い立たせるため静かにじっと刻が来るのを待っている。


 その理由となる出来事はエレベーター降下中、唐突に訪れた。


 遅いのか速いのかまったくわからないけれど、確実に下降していくエレベーター。

 最初のうちは雑談――ここに初めて訪れたフィオラとラムレットにブレイブシャインの面々がどういう施設か、元々どんなだったのかなど、それぞれの言葉で解説をしたり、レニー達にはここの職員達やリリイ達の現在などの詳細を語ったりと、それなりに穏やかな時間が過ぎていた……のだけれども。


 唐突に感じた嫌な気配。レニーが腕に付けている端末からはウマの私が飛び出して、なんだかソワソワと不安そうにグルグル回っている。


『え? なになに? どうしたの? おうまのカイザーさん』


 レニー曰く、こうしてウマの私が勝手に飛び出すときは何かを伝えたい時、行くべき方向を示したり、何か危険が迫っていたりするときだという。


 危険……? 確かに嫌な予感がした。念のために、とエレベーターに乗る前に使ったレーダーでは何の反応も無かった。


 けれど、下層に、目的地に近づいた今なら?


 レーダーを展開してみたら驚いた。


 直ぐにウロボロス達に索敵をするように伝えると、間もなくシュヴァルツ以外の各機からパイロット達の驚く声が聞えてきた。


 レーダーを搭載していないレニー達や、フィオラ達には私の口から説明した。


『……下層はやっぱりそう簡単には宝探しをさせてくれるような場所じゃないみたい。あまり多くは無いけど、何機かの機兵反応、そして多くの人達……もしかしたら帝国の技術者かな? そんな反応が見える』


『エレベーターの駆動を気づかないわけがありませんわよね』

『私なら間違いなく待ち伏せするでござるよ』

『扉が開いたと同時に色々ぶっ放したらどうだ? さっきぶんどった銃とかでさ』


『ダメだよ! 目的は敵対勢力の殲滅じゃなくてカイザーさんの奪還だよ? そんな事したら……カイザーさんにあたっちゃうかも知れないじゃん!』


 レニーは優しいなって思ったけど違った……。無駄な犠牲をーという意味ではなくて私の体の安全を気遣ってくれているだけでした。


 いやでもそれは正しい。


 下から感じる気配は嫌な気配ともう一つ。


 懐かしくって暖かいそんな気配……。

 そう、それはきっとスミレの――


 ギュルギュルと鈍い音が聞こえ始め、ガクンと機体が動いたのを感じた。


『ブレーキが掛かり始めましたわね。まったく。帝国ともあろうものがきちんと修理をしきらずに使うなんて。こんな音が鳴る様な事などありませんでしたのに』


『まったくもって耳が痛い話だな……。近年、全体的な技術者の質が下がっていてな。もし、カイザーと共にここに技術者が来ているというのなら、それなりの技術を持つ者たちだとは思うが……いかんせん、あいつらは機兵以外の技術を学ぼうとしないみたいだからな』


『リックさんが聞いたら鼻で笑いすぎて鼻が取れちゃう話だよ……。機兵以外の修理から学ぶことだって多いのに……』


『それでも、お父様が破壊した筈のエレベーターをここまで修理できる程度には技術はあるみたいですわね、不完全なりに』


『まあ、シュヴァルツみたいな……悔しいけどいい機体作るくらいだしな。それなりにやるんじゃねえの?』


 張り詰めていた空気が一気にほぐれた感じがした。異音様様……なんだけど、これは同時にもうすぐ到着、つまりは決戦の時が近いことを知らせているわけで。


 ガタン、と言う音と共にその時は訪れた。


 ゆっくりと開く扉。予め索敵をしてエレベーター付近に敵機が向かっているのを確認済みだ。


『じゃあ、皆行くよ』


『『『『『おう!』』』』』


 扉が開いた瞬間、飛び出したのはシュヴァルツに乗るレニーとジルコニスタ。敵機の戸惑いを感じる。そうだよね、予定外の何かが降りてきたと警戒して来てみれば僚機が現れたんだから。


 それどころか、敵意むき出しで飛び出してきたのだから戸惑うのも当然だ。


『対象確認。シュヴァルツ4機、弐式2機。恐らく上の機体同様にパイロットは黒騎士だ。身内贔屓するわけではないが、気をつけろ。下の連中は強いぞ!』


 ジルコニスタからの通信後、剣と剣がぶつかりあう音が聞こえてくる。上で戦ったシュヴァルツ弐式はパイロットを拘束し、ジルコニスタに身分の照会をしてもらった。


 結果として乗っていたパイロットの内2名はジルニコニスタが知る黒騎士で、いわゆる『皇帝派』の人物達だった。彼らを尋問して情報を集めようとしていたが、意識は混濁していて話が聞ける状態ではなかった。


 レニー曰く、皇帝に成り代わっている何者かの影響を受け、帝国に残っている軍部の殆どがこのような状態になっているとの事だった。


 残りのパイロットも黒騎士かと思ったんだけど、ジルコニスタが見たことがないパイロットだということで、恐らくは皇帝派に使われている傭兵かハンターなのではないかとのこと。


『今やどこの馬の骨とも知れぬ者でも黒騎士の機を駆れるというわけか。ははは、黒騎士の名を捨てた事を少々後悔する事もあったが……これで吹っ切れたぞ』


 笑いながらそう言うジルコニスタは拳をきつく握り、誰にも聞こえない様な小さな声で……


『……誇りある黒は失われてしまったか』


 と、悔しげに呟いていた。


 そして、ジルコニスタが言うには、正式な黒騎士の内、彼と共に城を出なかった皇帝派は後二人居るとのことだったが……どうやら今目の前で彼やレニーと剣を交えている機体達がそうなんだろう、やたらと手強い相手とぶつかり合っている。


 二人とも強いな……黒騎士相手に押しているじゃ無いか。

 うん、私達だって負けちゃ居られない、ここが正念場だ。


「さあ、二人に任せてばかりじゃいられないよ! マシューとミシェルは先に出て雑魚を片付けて! シグレは援護を! ミシェル! ラムレット! この機体は万全じゃないから無茶せず援護してね!」


『『『『了解!』』』』


 さあ、今作戦の最終局面の幕開けだ! 今取り戻すからな! 私の体!……スミレ!


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