第二百八十三話 休憩
王家の森の奥深く。
広く開拓されたその場所には、様々な建物が立ち並び、多数の機兵と人々で溢れていた。
機兵をメンテナンスするのであろう、大きな建物があったり、パイロットたちの宿舎らしい建物があったり、訓練場まで有るものだからてっきりここが『基地』だろうと思ったら違うらしい。
基地はここから少し行った先にある岩山にポッカリと空いた洞窟の中。
眼の前に広がるこの立派な場所は、その基地に付随する形で発展した、関係者が利用するスペースだという。
ぱっと見はパインウィードより立派な村に見えるから凄い。
聞けば、元は小屋のような建物がまばらに建っているくらいだったのが、人が集まるにつれどんどん規模が拡大して今ではここまで発展してしまったそうな。
基地まではまだ少し距離があるため、馬車で移動することになるんだけど……ラムレットがまだ青い顔をしているし、ひとまず近くにあるという軽食スペースで暫く休むことにした。
フラフラするラムレットの手をフィオラが引き、シグレに案内されてきたのは『茶屋』と書かれた小さなお店。
「この店はリーンバイルから来たものがやってまして、上手い茶と饅頭をだすんですよ」
『茶と饅頭』という単語に謎の郷愁感が。理由はわからないが、他のお客さんが食べているのを見るとやたらと美味しそうだし、ここはひとつ私もご相伴に与ろう。
「茶を4つと饅頭4つ……ああ、店主。そのうち1セットは小さく出来るか? 客が客なのでな」
シグレが店主らしい女性にそう言う。いくらなんでもそれは無茶な話だ。子供用の食器はあるかもわからないけど、私にはそれでも多い。黙って普通にオーダーして、私が食べる分だけとったら後は誰かが食べたほうがいいのでは?
なんて思っていたら……
「あー、はいはい。いやあ、あの食器を使う日が来るなんて! 今日はなんて良い日なんでしょうね! あはは!」
女性は嬉しそうに笑うと、ぴょんぴょこと跳ねるように奥に駆け込んでいった。
「シグレ……? まさかほんとに私用の食器があるの?」
「ええ。この基地もそうですし、リムール……、リム族の街もそうなんですが、カイザー殿やスミレ殿向けの食器を用意しているんですよ」
「まじか……」
「みんな貴方がたに恩義を感じていますし、何より貴方がたは人気者ですからね」
知らなかった……。多分これは記憶に無いのではなく、元々知らないことだ。
直感がそう告げているのだ。
『リムール』という単語は私のデータベースにも無かったため、記憶から消えているのか、知らないのか確認のためにシグレに聞いてみると、それは『カイザー』も知らない単語のようだった。
旧ボルツ領で細々と暮らしていたリム族達はギリギリの状態で集落を維持していた。
今にも滅びそうなリム族達を救ったのが私達、ブレイブシャインだった……ということらしい。
食糧援助から始まったリム族への手助けは、やがてパインウィードに繋がる街道を造る事業へと発展。ルナーサとトリバ両国を巻き込んだ壮大な国家事業は先の戦争で一時中止になりかけたが、なんとか継続。
街道はまだ完全に舗装されてはいないが、パインウィードとの接続を果たし、隔離されていた旧ボルツ領への流通が確立された。
それにより、集落とパインウィードの間に作られた宿場町『リエッタ』は多くの商人で賑わうようになり、人口が増加。また、リム族の集落と呼ばれていた場所は『リムール』と名を変え、周辺に散らばっていた集落を統合して今では『リム族の国リムール』と呼ばれているそうな。
「あれ、リエッタって、確かマシューの名前じゃなかったっけ?」
「そうなんでござる! 傑作なのでござる! 町の名前をどうしようかとなった時、誰かがマシューの話、その周辺でジン殿が幼きマシューを拾った話を思い出してですな。
何の気なしにその話をした所『その縁が今に繋がったのだ、あやかろう! あやかろう!』と盛り上がってあっという間に話がまとまりましてな……」
「ええと……それなら『ジン』でもよかったんじゃないの? ジンはマシューの恩人なんでしょ?」
「そうもいかぬのです。リム族の土地であるならば、やはりゆかりが有る者の名を付けたいと思うのが人情でござる。
マシューはリム族の英雄、マシュー・リムの娘。町があるのはその英雄が散った場所であり、娘のマシューが命を拾われた場でもある……なので、父親の名前である『マシュー』の名をつけるか娘の『リエッタ』とつけるかで少々揉めたらしいのでござるが……」
「リエッタになったと……。でもどっちにしろマシューにしてみたら自分の名前なんだから面白いよね」
「そうなんでござる! それがまた、我々が居ない間に決まったことだから……街に立ち寄って『ようこそ! ここはリエッタさ!』と言われた時のマシューといったら……」
思い出といった記憶がほぼ消え去っているので、ここ最近の付き合いからしか想像できないが……怒ったり照れたり忙しかったろうなと推測ができる。
シグレがここまで嬉しそうに面白そうに話しているあたり、結果として悪いようにはならなかったんだろう。くそー、記憶があればきっと私も大笑いしていただろうに!
……思い出を忘れてるってのは、なんだかやっぱり寂しいね。
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