第二百六十八話 足止めされるブレイブシャイン

◆SIDE:ブレイブシャイン:三人称◆


 時は戻り、フィオラ達がパインウィードに向けて出発の用意をしている頃、ブレイブシャインのメンバーたちはザイークに引き返す羽目になっていた。


「なんだってここで引き止められないとならないんだよ!」

 

 オルトロスから顔を出し、エードラムに乗るトリバ兵に怒るのはマシューだ。


 王家の森経由でフォレムに向かおうとした矢先、後を追ってきたトリバ兵に止められてしまった。


 何も悪いことをしていないどころか、これまで散々協力をしてきたというのに、一体何の権利があってこんな真似をするのか。


 と、頭に血が上ったマシューは手を振り上げながら文句を言う。それを黙って聞いていた兵士だったが、マシューの言葉が止んだのを待ち、理由を話し始める。


 頭に血が上ったマシューは人の話を聞かない傾向がある。それをよくよく理解しているミシェルは (この兵士……よく教育されていますわね) と、恐らくはレインズからのアドバイスであろうこの対応に感心している。


「ブレイブシャインの事情は重重承知しています。しかし、話を聞いて欲しいのです」


 言いたい事を言いきったマシューは、ミシェル達から宥められたのも有り、落ち着きを取り戻して話を聞く体勢についた。


「で、話しってなんだい? あたいたちは急いでるんだ。しょうも無い理由だったらぶん殴るからな!」


 怒気をはらんだ声でぶん殴ると言われ、少々怯んだ兵士だったが、それでもキチンと仕事をこなす。


「ザイークからイーヘイに向かう街道、ちょうどボックストンとの中間地点となる海岸沿いに魔獣『ゴルニアス』が出没したのです……」


「ゴルニアスですって!?」


「知ってるのでござるか? ミシェル!」


「ええ……。ワニ型の魔獣で、大きさはヒッグ・ギッガクラス。水辺に生息すると言われていますが、本来の生息地はもう少し東、トリバのマーディンやビスワン周辺で、それでも発見されるのは稀ということですわ」


 ミシェルの説明に兵士が感心したように頷く。


「流石ミシェル殿、その通りです。厳密に言えば、本来はシュヴァルツヴァルト帝国があるヘビラド半島の沿岸沿いに生息する魔獣で、稀にビスワンやマーディンで目撃されると言った物なのですが、それがどういうわけかボックストン西部に現れ、あろことか街道をふさいで居て……お急ぎのところ申し訳ありませんが、是非協力をと」


「まったく、また街道を塞ぐ馬鹿の相手をしなくちゃいけないのかよ……」

「つくづく縁がありますわね……」


 2人は以前レニーや村人達と協力して倒したヒッグ・ギッガの事を思い出す。正直なところ今は少しでも早くフォレムに戻り、噂の真実を確かめたい。しかし、街道を塞ぐ魔獣で、しかも聞けば討伐が難しい超級魔獣なのだと言う。


 イーヘイからエードラム達が出て居るとの事だったが、エードラム達では少々心許ない。レインズもそれを理解しているため、無理を言ってブレイブシャインへ協力要請を出したのだろう。


 そしてブレイブシャインはその依頼を受託する。なんとなくだが、妙な縁のような物を感じたというのもあった。


 そしてこの依頼を正式に受託するため、ザイークにあるハンターズギルドに行く事になるのだが、そこである意味では嬉しい誤算が生じた。


「ブレイブシャインのマシューだ。レインズからの指名依頼が入ってるはずだけど、それを受けに来たぞ」


 憮然とした顔で係員の女性に向かうマシュー。係員は「はい、承っています」と、奥の棚から書類を2枚取りだし、まず1枚目をマシューに見せる。


「こちらが大統領……いえ、グランドマスターからの指名依頼、ゴルニアス討伐です。詳細はもう伺っているとは思います。ですので、私からはお気を付けて下さい、とだけ……それとこちらはリバウッドのハンターズギルドからの連絡です」


 依頼書にサインをしていたマシューの手が止まる。


 リバウッドのギルドから届いた通信の写し書きが目に入ったからだ。


『謎の女性はレニーではない。しかし同行者はカイザー。行き先はフォレム』


 レニーではない、これが目に入った瞬間がっくりとした。しかし、その続きの文章、『同行者はカイザー』これには嬉しさが心の底からあふれ出す。


「うおおおおおい!! カイザーみつかったぞおおおお!」


 突然叫び出すマシューにギルド内の者達が心臓を飛び上がらせる。しかし、誰もマシューに対して文句を言うものは居なかった。ルナーサで起きた戦争の英雄、ブレイブシャイン。中でも我が身を犠牲に仲間を救い、消息を絶ったレニーとカイザー、そしてスミレの名はハンター達の中で緩やかに広まっていた。


 ザイークはマシューと縁深い街であり、トレジャーハンターギルドのメンバーが酒場でブレイブシャインの話しをする事が多かったため、その知名度も高い。


「マジかよマシュー!」

「カイザー見つかったのか? ほんとかよー!」


 ギルドに居たハンター達から歓声が上がる。

 そしてミシェルとシグレも我に返り、マシューの手紙をのぞき込む。


「ああ……でもレニーは……一緒じゃありませんのね……」

「聞いた噂ではレニーとしか思えない特徴でしたが……別人ですか……」


 しかし、3人はそこまで落ち込んでは居なかった。まず、カイザーが、どのような形であれカイザーが健在である事がわかった。そしてそのカイザーが同行しているとなれば、ただの行きずりの仲間では無く、何かレニーに繋がる存在なのだろう、3人はそう確信していた。


 実際の所、それは半分正解であり半分誤りであるのだが。


 まさか3人はカイザーが記憶を失い、拾ってくれた少女と共に成り行きで旅をしているとは思わないだろう。更に言えば、その少女こそがレニーの妹であり、彼女もまたレニーを探している。


 妙な偶然だが、結果として良い方向に運命が流れていたのだ。


 ちなみにリバウッドのハンターズギルド職員であり、スーの先輩であるナナイはフィオラが抱く人形がカイザーだと見抜いていた。後輩であるスーからいやと言うほど話されているカイザーの話。


 その中でも「妖精のような見た目の身体も手に入れ、より素晴らしき存在になった」この話しが荒唐無稽過ぎて記憶に深く残っていたのだ。しかし、トリバ国ハンターズギルドの寄り合いであったフォレムの係員に聞けば、それは事実であり、


『あのカイザーがレニーとよく似た可愛らしい妖精で笑う』


 そんな話しを聞かされていたのだ。そんなナナイの前に現れたのがレニーそっくりの少女で、胸元には噂のカイザーらしき人形を入れていた。事前に面白い話しを聞いていただけに、気になってチラチラと見てしまった。


 するとどうだろう、動くのだ、目が。何か必死にこちらと目を合わさないように努力をしていて、それが逆に目を動かしている。それどころか、時折じっとしているのに耐えきれないのか、微妙に腕が動いている。


(これは……事情がありそうだからつっこまないけど、恐らく噂の妖精カイザーね……)


 結果的にこのナナイの観察眼はファインプレーであった。憶測かも知れないが、とブレイブシャイン宛てに送ったメッセージ。これは彼女達を喜ばせる事となり、気力をみなぎらせる事に繋がった。


 そしてブレイブシャインは『フォレムで待つ』と、カイザー達にメッセージを送り、ワニ退治のため南へ向けて旅だったのだった。


(……待ってろよカイザー!ワニなんて瞬殺してすぐいくからよ!)


 

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