第二百六十話 ルゥ、パインウィードへ

 オオカミの機兵がえっちらおっちらとヒッグ・ホッグを担いで歩いている。


 それに並走するように走る馬車と護衛のおっちゃん。私達は後からやってきた馬車に乗せられパインウィードを目指している。


「いやあ、流石レニーの妹さん達だな。よくまあ生身でヒッグ・ホッグを仕留めたもんだよ」


「倒したと言うか……自爆したと言うか? それにルゥの指示があったからこそですし」


 フィオラがすごい勢いで否定しながら私を抱き上げておっちゃんの方に差し出す。指示も何もあったもんじゃなかったけどね。ただ必死になっていたらあの声が聞こえて、自然と行く方向が頭に浮かんだと言うか。


「ルゥ……ああ、カイザーか。やっぱカイザーはすげえよ。記憶が無いつってたけど、奇策は相変わらず健在ってことか」


 奇策て。一体記憶を失う前の私はどんな事をやらかしてたんだろう……。

 これから色々聞くことになるんだろうけど、ちょっと怖いな。


 それはそうとラムレットの様子が少しおかしい。ちらちらこちらを見てはこわばった笑顔を向ける。


「……ラムレット。その……急に他人行儀になってどうしたの?」


 彼女はフィオラの正面、つまりは私の正面に座ってるもんだからたまらない。何とかこの空気を打開しないと。


「い、いやあ……なんといいますか……その、えへへ……」


 これだ。どうにもこうになんだか照れてるような、恐れているような、よくわからない態度を取られてしまう。


「急にそんな態度を取られると寂しいんだけどな。そりゃ私もずっと妖精なのを黙ってたし、人形のふりをしてたからそこまで親睦を深められていなかったけどさ、お友達になれると思ったんだけどな」


 ちょっぴりすねた風を見せながら言ってみたら……というかほんとに寂しいからそんな態度で言ってみたら、おずおずと理由を話し始めた。


「だってさ……憧れのブレイブシャインに居るって言われてる妖精見たいな人形だと思ってたんだぞ。其れがホントの妖精って時点であたいはもうどうにかなっちゃいそうだったのに、どうやら本人で確定みたいじゃないか……ガラス玉かと思ってたのが宝石だったんだぞ? そりゃ嬉しい反面ビビるよ……」


 無理やり言葉を絞り出した! と言った感じで一気にわわっと話されてしまった。


 ……なるほどね。正直私だって自分がその『カイザー』だってのはいまいちピンと来ない。でも状況的証拠が揃いすぎていると言うか、おっちゃん達も『そうそう妖精が居てたまるかよ! アンタはカイザーだ! 間違いねえ!』って言い切ってるし、例の声もあるからきっとそうなんだろうなとは思ってる。


 そしてパインウィードに到着し、私達はブレイブシャインという存在の大きさに驚くことになる。


 流石に馬車の足は速く、夕方前にはもうパインウィードに着いてしまった。予定ではもう一泊必要だったんだけど、ほんと馬車様々だ。


 事前に事情が伝わっていたのか、門で特に調べられることもなく、私達はギルドまで馬車で運んでもらった。


「へへ、ギルドに着いたぜ。嬢ちゃんの獲物は裏に置いとくからスーの奴……っと、支部長によろしくな」


「ありがとう! ほんとうにありがとうね!」


 オジサン達に手を振って別れ、我々はギルドに足を踏み入れた。中はこじんまりとしていながらも最低限の設備は整っていて、ボードには溢れんばかりの依頼が張り出されていた。依頼を受ける人が居ないのかと思ったけど、そうではなくて依頼も人も以前より激増して大変な事になっていると後からわかった。


「あら! ほんっとうにソックリね! レニーじゃないのよね?」


 カウンターの向こう側から聞こえてくる声にフィオラと振り向くと、赤毛の猫獣人の係員が声をかけてきた。


「あ、はい。私はフィオラ・ヴァイオレット……5級フィフスハンターで、既に聞いていると思いますので話しますが、あのバカ……えっとレニー・ヴァイオレットの妹です」


「なるほどねー。妹さんってことなら納得。なんと言うか、レニーがスッキリしたような顔というか……賢くなったようなというか……あ! ごめんなさい!お姉さんを馬鹿にしてるわけでは……」


「あははははは! いえいえ、かまいませんよ。あの姉はホントにだめな時はだめなんで! あははは!」


「ごほん。失礼しました。私はスー・ロンランと申します。当ギルド支部の支部長……ふふ、もう直ぐ正式なギルドに昇格するんで、ギルマスと名のれるようになるんですけどね!」


 どこか誇らしげに自己紹介をする女性は頼りない顔つきから係員かと思いきや支部長さんだった。そしてチラチラとこちらを何度も見ているなと思ったら


「それでその……そちらの貴方は……」


 と、声をかけてくる。てっきりラムレットのことかと思えば、係員の視線はどうやら私。後ろのラムレットではないようだった。


 事情は知ってるようだし、自己紹介しても……驚かれないよね。オジサン達は普通にしてたし。


「えっと……私は……なんと言うか、フィオラにルゥと名付けられてそう名乗ってますが、記憶が無くてですね……」


「……うう……。ゲンさんの冗談かと思ったら本当に記憶が……。覚えてませんかあ? スーですよう、カイザーさあん……」


 悲しげに目を潤ませるが……


「ごめんなさい……。思い出せなくって……でも、その『カイザー』という名前は頭の中に現れたと言うか、聞こえたと言うか……全く知らない名前ではないので、恐らく私はそのカイザーで間違いないと思います」


 するとスーは複雑そうな顔をしてため息をつく。


「はあ……。カイザーさん……本当に女の子になってしまったのですね……前からちょいちょい怪しいところはあったのですが……うう……前みたいに『スー! 黙って俺についてこい!』とか言って下さいよおお……」


「えぇ……」


 フィオラはなんだか笑ってるし、ラムレットは苦笑いをしてるし……前の私ってそんなだったの……?


 なんだか頭が痛くなってきた……。

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