第二百十一話 Bパート 居残りチーム

 ◇◆マシュー◆◇


 レニー達がトリバへ向かってもう3日か?

 居残り組のあたいとミシェルは集落の連中と仲良く土遊びだ。。


 あたい達の役割は護衛と土木作業だ。

 レーダーで周囲を警戒しつつ、機体で大まかに辺りを掘ったり整地したりして男たちが採掘しやすいようにするだけの簡単なお仕事なんだけど、ちっちぇえあたい達が護衛をしてガタイがいい男共を護ってるっていうこの状況が何だかおかしくて仕方がない。


 それもこれもこの集落に動ける機兵が無いせいだよな。

 いくら身体を鍛えてたって、魔獣相手じゃどうしようもねえもの。

 

 ま、じっちゃん達が次世代機を完成させたら、動作テストをするためにカイザーがここに持ってくることになってるんだ。

 

 そうなれば、この辺りも大分平和になるかもしれないなあ。


『マシュー、あの少年また来てますわよ』

 

 ミシェルが通信で教えてくれた少年は、以前リエッタを探しに来ていたリシューだ。

 採掘は結構ハードだから子供はやらなくていいぞって言ってんのにさ、大人たちに混じって毎日やってくるんだよな。


『ねえねえ、もしかしてあの子、マシューのことが好きなのではなくて?』

 

 妙に嬉しそうにミシェルが囃し立ててくるが、あたいにはそんな事はないとわかっている。


 リシューから漂う臭いはそんな甘ったるいお菓子のようなものではないよ。

 憧れと渇望……あいつからはかつてのあたいと同じ匂いがするんだ。


 あたいにはわかんだよな、あのギラついた目はさ、もっと強くなりたい、強くなって一人前の仲間として認めてほしい……10歳くらいの時、あたいもあんな顔をしてさ、じっちゃんから『留守番してろ』って言われてんのにコッソリついてってさあ。


 何回怒られたかわっかねえけど、最後にはなんだかんだで認められて嬉しかったな。

 

「ったくさ、ミシェルって若干恋愛脳な所あるよな。

 だめだぞ、判断を鈍らせちゃ。いいか、あいつはなぁ……――」


 リシューが熱いまなざしで見つめる先に居るのはあたい、ただしアイツがみているのはあたいマシユーじゃなくて硬い岩盤を掘削するあたいオルトロスの姿だ。

 

 ああ、あれは間違いなく機兵に憧れ、力を渇望する目だ。

 あいつはもしかすれば、結構いいパイロットに育つかもしれねえな。


……

… 

 

 作業をまとめるオッチャンから昼休みの号令がかかった。

 

 今日の調理番はミシェルだ。あたいと1日おきに現場の飯番をすることにしたんだけど、悲しいかな、あたい達はレニーほど上手く飯をつくれないからね。


 集落の女たちに声をかけて手伝ってもらう事にしたんだ。

 おかげで男共もあたい達も妙な物を喰わずに済んでいるってわけで。


 今日のメニューは貝とギーネのスープに……パインウィードの鹿肉!

 まだ残ってたんだな、鹿肉! へへ、この串焼きがありゃあ午後も頑張れるってもんだ。

 

ちなみに食事はここでは作らない。

 匂いにつられて変なもんが寄ってきちゃあ困るし、飯の時間まで女たちがただただ暇になるからな。


 だから昼食前に当番が集落まで行って、そこで一緒に作って出来上がったらバックパックに入れて持ってくることになってんだ。

 

 バックパックから次々に飯が現れる様子は男たちのお気に入りになっている。


 あたい達はすっかりなれてしまったけど、熱々の状態で出されるスープ鍋や焼き肉に男たちが毎食毎食興奮して騒ぐもんだからうるさくてかなわないよ。


「すげえなあ、今の機兵ってこんな事まで出来るようになってるのか。

 うちの機兵様は古かったからなあ……」

「勇者にゃ感謝してるが、結局どうすることも出来なかったからな……」

「俺達にも外の強い機兵があったら人生が変わってたかもしれねえな」

 

 シミジミと語る男たちの話を聞いて、なんだか父ちゃんが馬鹿にされたような気がしてちょっとムっとしてしまった。


 それに……違うだろ? 

 集落の守り神がボロかったわけじゃねえ、勇者父ちやんが弱かったわけじゃねえだろ。


 相手がそれ以上に強かった、それに立ち向かう作戦がまずかった。

 例えその日に勇者が……父ちゃんが乗っていたのがオルトロスだったとしても……ダメなもんはダメだったと思う。


 父ちゃんと共にカイザーやウロボロス、ガア助が居れば変わっていただろうけどな。

 ただ力があればいいってわけじゃない、信頼できる仲間が居て、良い作戦を出す司令官がいねえとどうしようもねえだろ。


「それは違うぞ、兄ちゃん。

 確かにあたいたちの機兵は強いよ? なんたって作れる奴が居ねえ特別性だからね」


「違くねえじゃねえか。そんな機兵が有ったらよお……」


「違うんだって。いくら機兵が凄くても、いくら数を揃えても……良いパイロットと良い作戦が無いと勝てる戦も勝てないもんさ。

 もしもの事を言うのは好きじゃねえけど……そうだな、あの日、あたいの父ちゃん――勇者と一緒に腕っこきのパイロットが乗った機兵が5機くらいいてさ、賢い奴が作戦を考えていたら……今頃リム族は外に出ていたかもしれないね」

  

「ぐ、そうか……そうだよな……すまねえ……」

「良い剣があっても俺が振ったら単なる棒切れにしかならねえもんな……

 なんつうか、悪かったな、マシュー」


 まったく、あたいに謝ることじゃないし、謝られたところでどうしようもないっつーの。


 言いたいことは言ったし、相手も反省してるっつーのにムカムカが収まらない。

 はあ、鹿肉はこんなにもうめえのに、あたいはまだまだ器がちいせえなあ……我ながら悲しくなってくるよ。


 怒りに任せて肉をワシワシと口に運んでいると、あたいが採掘チームのリーダーに任命したオッチャンがあたいの隣にドカっと座ってお茶を手渡してくれた。


「お、ありがとーな! オッチャン!」


 オッチャンはニヤリと笑うと、ゴロリと大きく切られた鹿肉にフォークを刺して、ヒラヒラと動かした。


「これはあの森の鹿だな?」


 おっちゃんが指をさした先、遥か向こうに森が見える。

 かつて集落の男たちが命がけの狩りに行ってた森だったか……ん、そうかあの方角にあるのは。


「これはパインウィードで買ってきた奴だけど、そっか、あそこの森はこことの境界にあるんだっけ」


 トリバと禁忌地の間に伸びる森、ルナーサでは「ゲンベーラ大森林」とか呼ばれてる奴だ。

 パインウィードの狩人はそこの森で狩りをしていて、名物のシカを狩ってるんだよね。

 アレを抜ければパインウィードって考えるとなんだか不思議な気持ちになるな。

 

「俺が若い頃はよ、ここらは今より安全でな、機兵にのった勇者に連れられて森にも結構狩にいったもんさ。

 鹿が獲れた日にゃあ、大物だってんでな、集落上げて騒いだもんよ」


「ああ、昔は広場の機兵で護衛をしてたんだったてね」


「うむ。マシューは……ああ、お前の父親な、マシューは勇者に選ばれるだけあってな、腕がいい機兵乗りだったのよ。

 アイツとあの機兵にゃ俺達みんな、そりゃあ助けられてたんだ」


「へえ、そっかあ。あたいの父ちゃんは良い機兵乗りだったんだなあ」


「お前の母ちゃん……ナナエッタは機兵に乗らなくても強かったけどな。

 あまり頑丈じゃねえ体の癖してよ、お前の親父をよく殴り飛ばしてたよ……。

 つうか……はは、こうしてお前と話してるとよ、ナナエッタを思い出すわ。

 ほんとお前はなにもかにも母ちゃんそっくりだ!」


 オッチャンがそんな事を言うと、周りのオッサン達からも同意の声が上がっている。


 母ちゃんはどうやら男たちから人気があったそうで、父ちゃんと結婚が決まった時は集落の男たちが悔し紛れに父ちゃんを泥沼に投げ込んでしまったのだという。

 

 それを見ていた母ちゃんは、男たちを一人づつ殴り飛ばし、沼に駆け寄って父ちゃんを引き上げようとしたらしいんだけど……手をとった父ちゃんの体重に負けて泥沼に落っこちちゃって。


 そのまま風邪をひいて三日三晩熱を出して寝込んだらしい……。


 そんで、男たちは母ちゃんの熱が下がるまで毎日家の前で頭を下げ続けていたらしいんだけど、後日回復した母ちゃんから

 

「まったく、暑苦しいのが雁首揃えて毎日来るもんだから熱も逃げちまったよ!

 ったく、謝るくらいならもう二度としょうもない事やるんじゃないよ! わかったな?」


 と、叱り飛ばされたのだとオッチャン達が笑っていた。

 ……オッチャン、あんたも母ちゃんに殴られた側なのかよ。


 その様子を思い浮かべると、なんだか胸がほっこりと暖かくなってきて。

 気づいたらムカムカはもう何処かへ行ってしまっていた。


「はあ、しかしほんとナナエッタと話してるような気分になるな。

 昨日お前が酔っ払ったゴンシューにブチかました蹴りな、威力もスゲエがあの滑らかな動き……ありゃあまさにナナエッタの蹴りだったわ……」


 妙に儚げな表情でそんな事を言われ微妙な気持ちになる。

 母ちゃんに似てるって言われて嬉しいけれど、そんな所まで似てるって言われると……嬉しいっつうよりやっぱ微妙だよ!


「見た目はナナエッタでマシューを名乗るお前は本当に面白えっつうか、なんつうか……上手くいえねえけど、来てくれてありがとうな! あいつらが揃って戻ってきたようでうれしいぜ」


 よくわからない感謝をされ、よくわからないまま照れてしまった。


 視線を感じて振り向くと……遠くからミシェルが何か尊い物を見るような顔でこちらを眺めている。


 目に涙を浮かべ、慈愛に満ちた表情で……うんうんと、良かったですわね、マシューと言わんばかりに何度も何度も頷いてやがる。


 くっ……何だか余計に恥ずかしくなってきた!


 なんだ、これ、なんだこれもう! あーもう!

 なんだかこのままここに居るのが恥ずかしくて仕方なくて。


 さっさと空気を換えたくなったあたいは残っていたお茶を一気に飲み干してオルトロスに飛び乗った。


「ほらほら! おっちゃん達! お昼休みはしまいだよ! 働け働け! 働かざるものだぞ!」


 あたいの号令に文句を言いつつ動き出すおっちゃん達。


 ここが故郷だと言われてもいまいちピンと来なかったけど、やっぱ来てよかったな……。

 あたいの記憶には残っていないけれど、父ちゃんと母ちゃんは確かにここで暮らしていた。


 なんだろうな、もう二人とも死んじゃって居ないのにさ、今も一緒に居るような感じがするっていうか、ようやくそれに気づけたような気がするって言うか。


 へへ、良くわかんねえけどほんと来てよかったよ。

 

 集落の機兵、父ちゃんの形見も直してやりたいし、頑張って採掘しなきゃな。

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