第百六話 昔話

 通された部屋は豪奢な格納庫……といった感じだった。

 いや、元々格納庫だった場所を綺麗に飾り付けた感じといった方が正しそうだ。


 部屋の中央にはお金持ちの家で見るような立派なテーブルと椅子が置かれていて、ミシェルの父、アズベルトさんはそこに座ると、レニー達にも座るように言った。


 あわあわとするレニー達にミシェルがにっこりと微笑んで、先に席に座ってみせると、それを見て何か安心したのか二人もおっかなびっくりながら椅子に座った。


全員が席に着いたタイミングでメイドさんによってお茶が配られると、アズベルトさんがやわらかな微笑みを浮かべながら話を始めた。

 

「改めまして。現ルストニア家当主、アズベルト・ルン・ルストニアです。

 ご存じかも知れませんが当家はルストニア王家の末裔で、古くはこの地ルナーサを、さらに昔には王家の森周辺を治めていました」


「ミシェルさんからも聞いていましたが、ルストニア王家の末裔が健在であると知った時は嬉しく思いましたよ」


「そう仰って頂けるとなんだか嬉しいですね。

 ……白き機神殿はなぜ自分のことを知っているのか、何故今日訪れることを知っていたのか、そしてウロボロスの事、様々な疑問がお有りでしょうね」


「そうですね。正直言って凄く驚きましたよ……あと、私のことはカイザーとお呼び頂ければと」


 カイザーと名を出すと、何か嬉しげにうんうんと頷き、それではと改めて説明をはじめた。


「当家は……遙か昔にカイザー殿に多大なる迷惑をかけたばかりか、国を救われた恩まであるのです……。

 カイザー殿、覚えてらっしゃいますか?」


 ああ、あの話をするのか……。

 

 レニーにも何となくはぐらかしていたけど、俺が眠っていたことは知っているし、別にもう内緒にする必要も無いよな……うん、良い機会だし語るとするか。


「はい、覚えています。およそ……5800年前の話ですね」


 数字を聞いたレニーとマシューがお茶を噴き出した。レニーにはほんのりとそれくらい寝ていたと話したような気がするんだけどな……。

 

 そこまで詳しく話してなかったかな?


 アズベルトさんが微笑みながら頷き、続きを話すよう促す。


「そう、約5800年前……私は今で言う王家の森周辺に異世界より転移しました」


 今度はミシェルまでお茶を噴き出した。やめてくれよ、話がいっこも進まない!

 ええい、気にせず続けるぞ。


「はじめはこちらの言葉もわからず、またパイロット登録がされていなかったために動くことも出来ずに街道にずっと佇んでいました」


「カイザーさん……一体どれだけそんな状態だったんですか? それに……寂しくは……なかったんですか?」


 レニーが気の毒そうな顔で見つめている。優しい子だな。


「15年くらいだね。でも寂しくは無かったよ。スミレも居たし、街道に現れた神像としてルストニアの人達なんかに親しまれたりしてね、俺の周りには露店なんかが開かれて街道の休憩所みたいになってたからね……話はできなかったけど、賑やかで楽しかったよ」


「まあ! 確かにカイザーさんはどこか神々しいお姿ですものね」


「いやあ、ただ白くて大きいだけだよ……それで、ある日スミレが、ああ俺、いや私には戦術担当のAI……人工知能がもう一人乗っていましてね」


「ああ、言葉は楽にして良いですよ。私もその方がやりやすいので」


「では、遠慮無く……スミレというAIが乗っているんですが、どういうわけか、つい先日身体を得まして……。

 スミレ、自己紹介と説明の引き継ぎを頼む」


「はい、カイザー。ただいま紹介に与りましたカイザー戦術サポートAIスミレです」


 コクピットからヒラリと現れたスミレに周囲から感嘆の声が上がる。

 これは流石に驚くだろうと思ったのだが、びっくりされたと言うよりはその姿に感動しているような感じだな……。


「私はこの世界について識るために、日々カイザーに搭載されているセンサーを使って周囲の様子を絶えず探っていました。お陰でこちらの言語を身につけることが叶い、周辺の情報も僅かながら集められて居たのですが……ある日付近の休火山が急激に噴火の予兆を示したのです」


「王家の森周辺での噴火……それって伝説にある大火龍の事……かな? 古代ルストニア王家領を焼き払ったとされる大火龍のお話を聞いたことが有ります。お姉ちゃんが感じ取ったのはそれなんですか?」


 レニーが前言っていた神話を話に出す。


「ええ、恐らくは……いえ、それこそが私達が感じ取った大噴火です。

 その日、カイザーはそれまで閉ざしていた口を開き周囲の民衆に避難指示を出しました」


「……当家に伝わる伝承の通りです。

 機神のお告げによりルンシールに逃げるように言われ、我らの先祖はルンシールに王都を移し生き延びる事が出来たのです。

 逃げる最中、遠く聳える巨山から噴き上がる火龍の怒りを見たその日から…………当家は方々を探し、神機を、カイザー殿にお礼とお詫びをしようと誓ったのです」


「その、お詫びというのはもしかして……」


「聖典、です。国を潤し……また後に滅びを招く原因ともなった聖典。

 それは元々は貴方から略奪したものでした。本日、ここにお詫びと共にお返ししたく思います」


「あれについては俺達もそこまで気にしてませんでしたし、頭を上げてくださいよ」


「いやしかし……これは先祖代々の悲願です。後ほど持ってきますので、どうか受け取ってください……」


「そこまで言うなら……」


「なあなあ、カイザー。それで……その後はどうなったんだい? 今の話って、王家の森辺りを焼き払ったって言う火龍の話なんだろ? その正体がまさか噴火だってのはびっくりしたけどさ、動けないカイザーはどうなったんだ? 今もこうしてるって事は助かったんだろうけど……」


 話に興味津々らしいマシューが続きをせがむ。


「ああ、それなんだが……俺はその後意識を失ったんだ。

 溶岩流が俺の元に達し、とうとう全身を覆うとなった時には流石に覚悟したんだが……緊急用の完全防御状態に入る仕掛けが発動したらしくてね。

 レニーと出会う少し前、そう、今年までずっと5800年ほどぐっすりと寝てたんだよ」


「じゃあ、その後のことはわからないのか? ……その、神代の大戦と呼ばれるアレの話とかさ……」


「残念ながらそうだ。それは俺が眠っている間に起きた話で俺自身、知りたいくらいだ。

 だがな、マシュー。続きにアテはある。

 アズベルトさん、ウロボロスについて……彼らがルストニア王家と共に過ごしている理由を話してもらえませんか?

 ……それは恐らく俺が眠った後のルストニアを語る内容になるでしょうから」


「ええ、確かにそれはカイザー殿にとって無関係であるとは言えない話。ええ、いいでしょう」


『アズくん、全て……話すと決めたのね』

『彼が噂の機神であることはもう疑い様がないし、いいんじゃないかい、ウロ』

『ええ……私たちは双子。気持ちはあなたと同じよ、ボロス』

『というわけだ。アズ、全てそっくり話してあげてよ』

 

「ああ、そうだね。カイザー殿……全てお話ししましょう……そして、どうか知恵を貸して下さい」

 

 深々と頭を下げたアズベルトは、ウロボロスを交えてその後のルストニアについて語り始めた。

 

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