第百二話 スミレ

 野営を快適にする鍵となるもの、それは良きテントと良き睡眠環境、そして良き食事である。


 おうちに加えて熱々の出来たて料理を仕入れたレニー達にとって、もはや足りないのは風呂だけになった。


 流石に風呂は俺にはどうしようもないので我慢してもらうこととなるけれど、それでも通常ではありえないレベルの快適な旅を送れるようになったことだろう。


 風呂もその気になれば輝力を使ってなんとか出来なくもないのだが、それを口にした瞬間、確実に最優先でそれを達成するよう詰められそうなので知らないふりをして黙っている。


 輝力の消耗はどうというレベルではないけれど……流石に道具を揃えて組み上げようとするとちょっと骨が折れるからね。リックがここに居ればまた別なんだけれども。


 レニーハウスに集まってご飯を食べ、暫くはデザートを食べつつ女子トークに話を咲かせていた乙女軍団だったが、なんだかんだで疲れているのか夜が更ける前に解散し、それぞれ布団に潜り込んだようだ。


 外まで聞こえていたにぎやかな声は止み、辺りに聞こえるのは森に住まう生き物たちの息遣いのみとなった。


 ここからは俺とオルトロスの仕事だ。


 我々の仕事はそれぞれ担当する範囲の索敵だ。

 範囲を分けているのはそれぞれギリギリまで距離を広げて索敵をするためだ。

 距離を広げればその分索敵範囲が狭まってしまう。

 しかし、2機居れば1機よりも広い範囲を長距離まで索敵できる。


 明らかにこちらに向かう反応があればマーキングし、一定距離まで踏み込んだ時点でレニー達を起こして備える。

 

 予めそのように打ち合わせをしているため、レニー達は安心して深い眠りに着くことが出来るというわけだ。

 索敵をしていると言ってもレーダーを走らせているだけ、人で言えば気配を感じるくらい無意識な作業なので仕事をしている感じは全くしない。


 なのでオルトロスは『良い子は寝る時間~』『また明日ねー』と、朝まで半スリープ状態に入ってしまう。

 

 本来俺達AIは寝る必要が無いのだが、オルトロスは律儀に眠ることにしているのだ。

 その状態であってもレーダーは動き続けているため、なんとも便利な身体だなあと思う。


 そして暇を持て余してしまう俺は、大抵の場合スミレとどうでもいい話をしながら朝を待つのだが……


 どうも今夜はスミレの反応が鈍い。


「ルートリィの大魔法使い、少し気になるよね。神話的な存在だよ? 絶対なにかあるよ。

 もしかしたら俺達に関わる何かかもしれないし、そうじゃなくても魔法という物が失せかけてるこの世界では貴重な魔法のデータが……」


『……』


「スミレ? 聞いてる? ねえ、スミレ! なんだかさっきから俺ばかり喋ってる気がするよ」


『……! あ、ああ! そうですね、カイザーさんは魔法使いですね』


「な、何失礼なこと言ってんだ! 俺はどちらかというと……そうじゃなくて! 俺の話じゃないぞ! ルートリィの! 大魔法使い!」


『あ、ああ……次に行く街ですね。あそこの遺跡、出来れば帰りにでも寄りたいですねえ』



 こんな具合でちょいちょい意識が何処かへ飛んでいるようで、どうにも話がうまく噛み合わない。

 普段のスミレなら聞かれたくないボヤきまで拾うほど地獄耳なのに、一体何があったのだろうか……。


……

 

 そしてゆるゆると日が昇り……朝が訪れる。

 レニー達が大あくびをしながら『おうち』から姿を表すと、スミレはいつもの調子に戻った。


『さあ、今夜もまた野営ですよ。予定では明後日にはルートリィに到着します。

 ただ今日と明日はまた野営です。おうちがあるとはいえ、体力を温存しておくんですよ』


 うむ、いつものスミレだ。昨夜のスミレはなんだったのだろうか?

 まあ……データの整理でもしていたのかもしれないな。

 デフラグ中にPCが重たくなるような、そんな感じだったのかもしれない。


 気にしないのが一番だと、俺も昨晩のことは忘れることにして普段通りに街道を走る。


 ミシェルが言うには、ルナーサ領は街並みだけではなく様々な部分がトリバとは大きく異なるらしい。


 まず違うのは料理。シンプルな味付けが多いトリバとは違い、香辛料をふんだんに使ったスパイシーな料理が多く、また、魚介類が豊富に取れる事からそれを用いた名物料理も多数あるらしい。


 その話を聞いたマシューが『ルートリィまで止まらず行こう! 多少寝なくても平気だろ?』なんて言い出した時は困ったが――


「料理のお楽しみはルナーサまで取っておきましょう。海鮮を食べるならルナーサの魚市場が一番ですわ」


 ――と、ミシェルが強烈な誘惑を放ったため、なんとか落ち着かせることが出来た。

 さすがのマシューも首都まで寝ずに行く、とは言い出さない冷静さはあるようだ。


 さて、次に異なるのが魔獣の分布だ。

 

 トリバでは珍しくもなんともないブレストウルフはこのあたりでは姿を減らし、忘れもしないヒッグ・ギッガの通常種であるヒッグ・ホッグが代わりに沢山生息しているらしい。


 幸いなことに街に近い浅場ではヒッグ・ギッガ化する個体は居ないらしく、パインウィードのような被害がでることはないようだ。


 その他にもカモシカ型のヌーモ・ガーモ、タヌキ型のラック・ノーン等が主に生息していて、稀にだがクマ型のガッボ・マッゴも姿を見せるとのこと。


 街道沿いにでるのはせいぜいラック・ノーンやヌーモ・ガーモ程度だとのことだが、ガッボ・マッゴはクマ型ということで最重要魔獣としてチェックしておかないとな。


 図鑑でちらりと見たけれど、体長12mもある大きめの魔獣で、その巨体から放たれるパンチは大抵の機兵を一撃で葬り去るのだという。


 そういやパインウィードに居た機兵には熊さんタイプも居たな。特徴的にガッボ・マッゴの素材を使ってるのかもしれないな。


 あそこはルナーサから訪れる商人が立ち寄る拠点ってことで、外国産の素材が結構はいるのかもしれないなあ。


 そんなこんなで今日も野営のお時間だ。


 今夜はマシューの部屋に集合しワイワイと夕食を摂っているようだ。

 しばらくワイワイと騒ぎながら食事をしていたが、それが済むと今度はデザートを出したのか、嬉しげな声を上げ盛り上がっている。

 

 魔獣が出ない街道で馬車に揺られて移動をし、夜は美味しいご飯にデザートまで。


 このまま旅を終えたら間違いなくムチムチと育っているに違いない。

 っと、今は男ベースのロボなのだ。このご時世、異世界であっても口に出すとどんな目に遭うかわからないからな。口は災いのもと、だ。


 そしてレニー達が寝静まった頃を境に……今夜もまたスミレの反応速度が鈍くなる。


 あまりにも妙なのでシステムの不調も疑ってみたが、俺に流れる索敵データに不備はない。

 

 レーダーの情報を細やかに分類し、キッチリ脅威度までタグ付けされているし、その仕事ぶりは普段のスミレそのものである。


 しかし、俺との会話……たいしてリソースを割かないであろうそれに若干の齟齬が生じている。

 

 極端に反応が鈍いようにも感じるし、意図的に無視をしているようにも感じる。


 まさか俺と話すのが嫌だとか……? いやいやまさか……違うよね?

 ……だって何も見に覚えがないんだよ? ええ……俺、何かやっちゃいました?


……


 そして……スミレの妙な挙動は翌日の野営でも変わらず発生し、様々な思いが俺の頭の中でぐるぐると駆け巡る。


 何かスミレに対して怒らせるような真似をしちゃったかな?


 や、それならまだ良いんだ。が悪いならばそれでいいんだよ。直す所があればそれを直せばいいしさ、謝ることがあればきちんと謝ればスミレはわかってくれるはず。


 しかし、そうじゃなかったら……原因が感情的なものではなかったら。


 もしもスミレのAIに何か不具合が発生していたら……。


 この世界にAIに詳しい人間が居ないと言うのはどうしようもない事だけれども、それ以前に達に搭載されているAIは『超天才学者が天から降り注いだ天啓により開発に成功』『したとかいう、アニメ的なフワフワとしためちゃくちゃな設定なんだ。


 実際に上位の存在が何かしたとかいう設定があったような気もするけど……その辺りもちょっと思い出せない。

 

 いずれにしても……何かの間違いが発生してプログラミングに強い人間がこの場に異世界転移してきたとしても直してもらうのは無理だろうな。

 

 カイザーにインストールされている修復プログラムを走らせて、修復をかける言う方法も無くはないんだ。実際そうやって……うう、だめだ思い出せない……けれど、そんなシーンを見たような気がするもの。

 

 けれどその場合、開発者ほど柔軟にピンポイントでの修復はできない。

 原作ではどうだったか忘れたけれど、失敗すればだいぶ人間らしく育った感情データが初期化されてしまう恐れがあるってのは……思い出せる……いや、カイザーのデータに残ってるんだね、これ。


 記憶はデータだから、例え失われてもカイザーのストレージにバックアップされているデータから復元することは出来る。

 

 けれど、理由は思い出せないけど……仕様上、日々の生活で培ったデータ……人間臭く育った感情データは失われると二度と戻ってこない。

 

 同じデータを備えた別人、それが修復後のスミレなんだ……。

 ううん、そんなスミレの姿は見たくないよ。

 

 だからもしもリスクが高いそれをするとしても……あくまで最終手段。

 万が一スミレが壊れてしまったら……考えたくはないけれど、もしもそうなってしまったら……スリープ状態にしてシステムの奥深くで眠らせておくのが良いのかもしれないな……しかし、うーん……。


 ……気づけば悶々とそんな事をずっと考えていた。

 

 普段であればスミレと二人きりで話す貴重な時間だ。

 けれど、そのスミレで悩んでしまって今度は自分がスミレを放置してしまってるじゃないか。


 ごめん、スミレ……放置していたわけではないんだ。

 何か妙に感づいて気にして居なければ良いんだけど……。


 あー! もう! 寝ないというのは余計なことばかり考えてダメだな。

 何だかカイザーらしくもない弱気な感情になってしまっている。

 これでは何だか人間時代の自分そのものじゃないか!


 そうだ、今夜の所はもオルトロスに習って半スリープモードに入ろう。

 朝までぐっすり寝ればデータが整理されてだいぶスッキリするはずさ……。


 こうしては強制的に意識部分を眠りに落とし、レーダーのみ稼働させて久しぶりのスリープモードに突入する。


 

……

 …



「おはようございますカイザー。ほら! もう朝ですよ?

 珍しくスリープなんかしちゃって……ああ、ダメですねすっかり熟睡してる。

 もう! しょうがないカイザーですね! 先にレニー達を起こしてきますからね」


 むむ……半スリープなのだから熟睡などするはずは……っと、朝か。

 なんだかスミレに起こされていた気がしたが……。


「おはよう、スミレ。熟睡なんかしてないぞ……」


 って、返事がない。


 そう言えばレニー達を起こしてくるとか言ってたっけ。

 まあ、そのうち戻ってくるだろう。


 ……ん?


 


 今なんて言った? 起こしてくるだって……!? 

 

『おはようございます……お姉ちゃん……って、ええーーー!?』


 何やら慌てた様子のレニーの声が飛び込んでくる。お姉ちゃんと言うことはスミレが何かをしたんだろうけど、一体何が?

 

 そして……まもなくしておうちから勢いよく飛び出してきたレニーと、その後を追うように飛ぶ小さな飛翔体の姿をカメラに捕らえた。


 飛翔体を詳しく見てみるとサイズは小さいながらも人間のような姿で、紫色のロングヘアに紫色の瞳。そして背中には4枚の翅が生えていてそれで飛翔しているようだ。


 ……これは……妖精? ……いや、状況からしてこれは……。


 そのはカメラで見ている俺に気づいたのか顔のそばまで移動すると、ペコリとお辞儀をして朝の挨拶をした。


「おはようございますカイザー、現在の時刻は6時28分。とても気持ちの良い朝ですね」


 初めて目にした謎の飛翔体はスミレの声ではっきりとそう言った。

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