第百一話 入国
素晴らしき出会いから一夜明けて。
本日はいよいよ国境を越え、ルナーサ商人連邦に入国する。
ルナーサは各地にいくつか大きな街があり、それぞれの街の代表『支配人』が意見を出し合って国を運営しているらしい。
翻訳の妙で『支配人』という単語が出てきたことにびっくりしてしまったけれど、ルナーサにおける街や村の運用方法というのがショッピングモールの様なものであると気づいた時、妙に納得がいった。
街の商業区に存在する土地は全て支配人の所有物である……というと、なんともファンタジー世界らしい香りが漂うのだけれども、詳しく話を聞いてみれば、そう悪い物では無かった。
ルナーサに移住し、商人登録をすると支配人から出店予算が補助されて格安で店舗を持てるのだという。しかも、災害などで店舗が被害を被った場合や、改築の必要が出たときも、適切な理由を書類で示せばきちんと予算が下りるらしい。
勿論、売上に応じた税金の支払いは必要だし、何か法を犯してしまえば問答無用で支配人権限で立ち退きさせられることとなるらしいのだが、それでもメリットが上回るため、ルナーサには多くの商人が集まるのだという。
商人が主体となって商売のために国を動かす、それがルナーサ商人連邦。
中でも首都であるルナーサの支配人は発言力が強く、各支配人の意見を最終的に纏めるのもその役目のようだ。
そんな話をミシェルから聞きながら国境門に並んでいる。
ほぼ無審査に近いとは言え、朝から沢山の商人で並んでいるもんだから、前世で昼時にちょっとした人気店に並んだ時のことを思い出してしまう。
二十分ほど並び、ようやく俺達の番となった。
入国管理員にパーティーカードとミシェルの身分証である商人ギルドのカードを渡す。
係員はそれを見ながら書類に何か書き込むと、にっこり笑ってお辞儀をした。
「ルストニア商会のミシェルさんと、その護衛のブレイブシャインの方々ですね。おかえりなさい、お嬢様。そしてブレイブシャインの皆様、ルナーサへようこそ!」
ミシェルのことをお嬢様と呼ぶその国境管理員はルナーサ側の人間、つまりこちらはルナーサへの入国用の門である。
国境門は2つに分けられていて、ルナーサからの入国門は我々が今居る門の倍以上の商人でごった返していた。
あの全てがフォレムに向かうわけでは無いだろうが、それにしても凄い数だな……。
帰る頃には落ち着いていれば良いのだが。
さて、門を潜るともうここはルナーサの国境の街フラウフィールドである。
徒歩で、しかも宿から待機時間を含めて1時間程度で着いてしまったわけなのでイマイチ感動は無いのだろうと思っていたのだが……。
「門一つ潜るだけでここまで違うか」
トリバの様式とは違う石造りを主体とした建造物が並び、店に置かれている商品もあちらでは見かけない様な物ばかりだ。
食べ物を売っている露店に行きたがるマシューを宥め、機兵工房を覗きたがるレニーを宥め、パーツ屋を見るべきだと頑張るスミレを宥めてようやくギルドに到着する。
ギルドでの手続きは簡単に終わった。
国境を挟んでいるとは言え、あちらで話した事情はこちらにもきちんと伝わっていたようで、手続きは非常にスムーズだった。
フロッガイのギルドで受け取った書類を渡したらそれに印をしてもらっておしまいだ。
一応、諸注意というかお願いというかでルナーサで手に入れた素材はなるべくルナーサで売って欲しい旨を言われたが、それは強制では無くあくまでもお願いと言うことで他には特に注意を受けることは無かった。
何か商業的なアレやコレやが在るのだろうけれども、商人では無い俺にはピンと来ない。まあ、例え狩りをしたとしても、持ち帰る素材はお土産にしかしないし、問題はなかろうて。
フラウフィールドの街をじっくりみたいと言う気持ちは俺にもあったが、旅の用意は万全だし、パインウィードで遅れた分を取り戻したい。
まだ買い物をしようと頑張る3人――レニー、マシュー、スミレ――をなんとか宥め、街道に出ることに成功した。
俺だけの力ではこうはいかなかっただろう。
決め手となったのはミシェルの一言、
「ルナーサに行けばここ以上に様々な商品が見られましてよ」
これは正に鶴の一声。
あれだけ子供のようにだだをこねていた3人もケロリと大人しくなり、逆にさあ行こう、早く行こうと張り切る始末だ。
まったくミシェル様々だ。
街道の先、次に立ち寄ることになるのはルートリィと言う街だ。
ルートリィには大魔法使いが住んで言われている山があるそうで、それを観光資源として客を集めているらしい。
その山にはもう大魔法使いは居ないらしく、実際に行ってみても遺跡か何かがあるただの観光地。けれど、神話に触れられるということで、今でも結構な人気があるらしい。
日本にも『仙人が住んでいた山』とかあるけれど、流石にそれはあんまり信じる気に離れなかった。けれど、ここはファンタジー世界だ。もしかしたら……遠い昔には本当に居たのかもしれない……いや、居たんだろうな。だって異世界だもの。
面白そうだし、帰りに時間が合ったら覗いてみたいものだ。
……
…
街道を走る間はミシェルを乗せる都合もあり馬車モードになっている。
操縦を俺に任せてお飾りで御者台に座っているのはレニー。
1頭引きでありながら、大型のワゴンタイプであるこの馬車は広々としている。
普段は一人寂しくミシェルが乗っているのだが……今日はなんと二人乗っている。
「へえ、カニって海にも居るんだな! 海ってあんまり行ったこと無いからさあ、楽しみだなあ」
マシューだ。
インカム越しにレニーとミシェルの会話に混じっていたマシューだったが、二人がおやつを食べ始めたのに気づくと、
「あたいだって皆と一緒におやつ食べたい!」
と、オルトロスを自立機動にしてこちらにやってきてしまった。
マシューの分はきちんと渡して置いたのだが、一人で食べるのが寂しかったらしい……。
ミシェルの話によれば、多くの商隊が護衛を付けて移動するおかげで、この街道にはめったに魔獣が姿を現さないのだという。
スミレが広範囲で索敵をしてくれているし、一人だけのけもののようでなんだか可哀想に思ったので、暫くはこの状態で移動することにした。
流石に街に入る際にはオルトロスに戻ってもらうけどね。
「よし、今日はこのへんで野営にしよう」
まだ日は高く、野営の支度には少し早かったけれど、我々の野営場所として適切な良い地形というのはなかなか見つからない。
条件として『少し広い場所』『街道から少し離れた場所』この2つは必須条件。
特に街道から離れた場所というのは重要である。
バックパックのおうち、それが商人達の目を引かないわけがない。
詳細を聞かれた所で「良くわからないけど便利なものだ」と言ってしまえばいいのだが、次から次へとやってきて、落ち着いて休憩出来なくなってしまうのはいただけない。
そんなわけで16時を過ぎたら野営地を探し、見つかったら速やかに用意をすると決めていたのである。
「わー、いい場所ですね! ここなら街道からも見えないし、快適に泊まれそう」
「だなあ! うーし、今夜は何をくおうかな? 串焼きにスープ、夢が広がるねえ」
「まったくマシューは……スミレさんもお疲れさまでした」
『……』
「む、スミレ? どうした?」
『…… ……? あ、はい。お疲れさまでした、みなさん。カイザーも』
「お、おう?」
そしてこの日から……どうもスミレの様子が少しずつ妙になっていくのだけれども……まさかあんな事になろうとは、今は誰も思わなかったのである……。
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