第七十八話 悲しみの夕食
『ぶちのめすだって……? なあ、お嬢ちゃん。ちゃんと話を聞いていたのか? あいつは俺達の機兵をぶっ壊しやがるほどの強烈な魔獣だ。お嬢ちゃん達がどうこうできる相手じゃねえぞ?』
『んなこたわかってるよ。けどさ、見た目で侮って貰っちゃあ困るぜ? あたい達だってそれなりに修羅場を潜ってきてんだ、ちょっとやそっとの相手にゃ遅れをとらねえよ。
それにさ、あたいらはちょっと変わってるけど優秀な機兵に乗ってんだ。鹿を独り占めにしてるブタ野郎なんかにゃまけるわけがないね!』
もう鹿の件で完全にぶちきれちゃってるよね、これ……。
けどさ、マシュー。イノシシ型の魔獣がどういう物か調査をする前にこれはいけないよ。おじさんたちもポカーンとしてマシューに言わせるままにしているし……おいおい、そこはガツンと止めてやってくれよ。
そうだ、ここはレニーに窘めて貰って――
『そうだね! 私達はこれまで何度も力を合わせて困難に立ち向かってきたんだ! ブタさんがなんだ! ここは
だめかーーー! レニーもそっち側かあ!
ああ、そうだった、そうだったよね、レニーは熱血馬鹿だったよ……。
ああ、これはいけない、いけないよレニー!
なんだか場の雰囲気に酔っちゃって、完全に盛り上がってしまっている。まずは情報を集めて、自分たちの手で何とか出来る案件なのかを調査してからだなあ……――
そ、そうだ! 今の我々にはミシェルがいるじゃないか。
大商家の娘であり、王家の末裔であるミシェルならば……きっとその知能と気品をもってクールにこの場を宥めてくれるはずさ。
なんたってミシェルは非戦闘員で護衛対象だ。あえて危険な場所に顔を突っ込むのは良しとしないはず。ここはミシェルさんに頭を下げて二人の説得をお願いしよう。
ミシェルに『まちなさい』と言われたら、このイノシシ娘達もその牙を納めるだろうさ。
『流石お二人ですわ! ねえ、皆さんご存知かしら? ルナーサではフォレムで獲れる魔獣素材が重宝されていますの。
時は金なりと当家の先祖が賢者から言葉を授けられたように、素材の需要が高い内に速やかにフォレムから仕入れられるというのは重要な事。
そして、パインウィード南門から伸びる街道こそ、我がルナーサの商人がフォレムまで馬車を走らせる重要なルートなのです。そこが封鎖されているという情報はリバウッドについてから知りましたが……これは本当に由々しき事態ですの。
見まして? 私達の次に来た商隊を。門番から南の街道が使えないと聞いてがっかりした顔をしてましたわよ。さあ、皆さん! ここはレニーとマシューに頑張って貰いましょう! わたくしのお友達はとっても強いんですのよ!』
ミシェルまでー! しかもなに? めっちゃ喋るったらもう! みなよ、ハンターのおじさんたち、目を白黒とさせているよ? ああ、もうこうなったら俺が口を出したところでどうしようも無いな。なにか言っても逆に言い込められてしまうのが目に見えているよ。
……困っている人を助けたいのは俺も一緒だけど……あんまり無謀な行動は避けてほしいという気持ちもあるから悩ましい。
とりあえず……一度この場を落ち着かせて……続きは改めてってことにしたほうが良さそうだ。
「ごほん! レニー達聞こえるか? 君たちの気持ちはようくわかったが、正直俺は今とても困惑している! なあ、みんなも疲れているはずだ。今日のところは取りあえず宿に行こう? そこで改めてきちんと話し合おうじゃないか」
『そうですね! なにはともあれご飯ですよ!』
『しょうがねえな……まあ、あたいも熱くなりすぎちまったか』
『ですわね。宿でじっくり作戦会議と行きましょうか』
なんだかみんなバラバラの返事をしているけど、まあいいことにしよう……。
どっちにしろ、この場所じゃどうにもやりにくいからな。取りあえず移動だ移動!
……
…
ギルド嬢、スーのお勧めの宿に俺達は部屋を取った。
お勧めと言っても現状としては料理に期待できるわけでも無く、良いところと言っても機兵置き場が広いというくらいしかないのだけれども、オルトロスが『広いねー』『ね~』と、なんだか嬉しそうにのびのびとしているからまあいい事にしよう。
宿のお姉さんが申し訳なさそうに出してくれた夕食は、言われていたとおり期待に添える物では無かったみたいで……。
硬い黒パンに具が少ない野菜のスープ、それに申し訳程度に添えられた川魚のソテーといった少し悲しい感じの内容で……それを配膳しながら、お姉さんは何度も何度も頭を下げ――
「ごめんねえ、本当は美味しい鹿料理の季節なんだけど……アイツがねえ……商人もあまり来ないからパンの材料も、野菜もあまりなくてね……」
と、非常に悔しそうに言っていた。
出された料理を前にしてレニー達、とくにマシューのテンションが目に見えて下がっているのが映像越しにでも良くわかる。
フカフカのパンにジューシーな鹿肉料理、旬の野菜たっぷりのスープ……。
それらを夢見たマシューにこの落差は辛い仕打ちだった。
俺は食べられるわけじゃないのでダメージがゼロ……と言いたいところだけど、食べられない分、視覚情報で楽しむという事をしているからね……折角カメラで店内の料理も見られるようになったというのに……この料理は残念ってレベルじゃないよ。
「ちくしょう……ブタ野郎め……きっとあたい達が……」
「うん、そうだね! ご飯の恨みは凄いんだから!」
「この宿はルナーサの商人の間でも評判でしたのに……頑張りましょうね、二人共!」
料理のおかげ? で、我がブレイブシャインの闘志はむくむくとうなぎのぼりだ!
いや、あんまり興奮しちゃ駄目だよ? 勢いのまま今から行くとか言い出さないでね?
……
…
夕食後、部屋で会議を始めた。特に『よっしゃ今から行くか!』なんて事にはならなかったのでほっと一安心だ。
気を利かせたレニーが俺やオルトロスがが居る機兵置き場に集まろうかと言ってくれたけど、ここは名店だけあって結構いい場所にあるからね。
機兵置き場は表に面していて、結構人通りがあるから、そんな場所で堂々と喋ってしまうと罪の無い村人達が我々を見て腰を抜かしてしまうだろうさ。
というわけで、俺とオルトロスはインカム経由で参加することに。
『と言うわけで、噂の魔獣退治について話し合おうと思う』
「よっしゃ! まってました!」
すっかり退治する気で居るマシューがやたらと盛り上がり嬉しげな声を上げている。
こうなった以上、現地調査どころではなく、討伐まで請け負わなければならないだろうなと、覚悟は決めたが……まずはお説教からだ。
「いいか、マシュー。安請け合いはすべきでは無いぞ。確かにこの村にとって困ったことが起きている訳だし、なんとかしたいと思うのはわかる。
ただな、受けると宣言をする前に調査だ。綿密に調査をし、自分たちでどうにか出来る相手か確認してからでも遅くはなかったはずだ。
これで相手が超巨大な魔獣だったらどうするんだ? 流石に俺達でも手に負えないぞ」
「でもよお、鹿だぞ? 鹿が採れないこの村なんてかわいそうすぎるよ……」
……論点が少しおかしい。
「鹿の事が気にかかるのはわかるが……そうだな、いいかマシュー。
今日お前たちがギルドで啖呵を切ったのを聞いて期待した人も少しは居たかもしれないな。あの後家に帰り、家族に『もしかしたら』なんて教えるわけだ。
すると、家族一同期待しちゃうだろう? もしかしたら村中が淡く期待しているかもしれないな。さて、この状況で失敗したらどうだ? やっぱり無理でしたとなったらどうだろう?
がっかりするだろうな……村中の人が『やっぱりもう無理なんだ』とがっかりしちゃうだろうさ」
「そ、そりゃあそうなんだろうけど……でも! いや、ううん、ごめん。あたいが軽率だった。貰えるものが貰えなくなるって悲しいことだもん。やっぱ無理! とかやっぱ無し! なんて言う気がなくても失敗したらそうなっちゃうんだもんな……」
成功する未来だけ考えちゃって、失敗する未来を考えない――
万が一、失敗してしまったら物事がどう動いていくか、期待をさせてしまった相手からどういう目で見られるか……その辺りを考えられない辺りはまだまだ子供だよね。
失敗した後、村の子供から涙ながらに倒すって言ったじゃ無いか! なんて言われた日にゃあレニー達が落ち込むのは目に見えている。
なので、やると宣言してしまった以上失敗することは出来ないし、受けずにばっくれるなんてもってのほかだ。
今のお説教でマシューも、みんなもよくわかってくれたはず。
3人共すっかりしょぼくれて青い顔をしているよ。きっと失敗した未来を想像しているんだろうな。
うん、罰はここまでだ。ここから先は成功する未来を想像して明るくなってもらわなくっちゃ。
……
…
少しして。俺とスミレで軽くフォローを入れ、なんとか3人の気分が落ち着いたのを見計らって改めて作戦会議だ。
特にスミレのフォローが効きすぎたようで、さっきまでの暗い雰囲気は何処へやら。すっかりやる気が回復している。
これは良いことなのか悪いことなのか……まあ、良いことだって思っておこうか。
「ミシェル、旅が始まって早々に悪いがこの村に少し滞在しても構わないか?」
「ええ、もちろんですわ。街道の問題を解決するのですから、問題ありませんわ。
先ほどもギルドで言いましたが、これは商人達のルートにも関わる問題です。本来なら国に問題を上げてさっさと解決しなくてはいけない案件なのですが、恐らく村へ続く街道が片方生きているため、重要視されずに後回しになっているのでしょうね」
何処にでも有るよね、そういう話。交通量が多い大きな道路はびっくりするほど速く災害復旧工事が始まってさ、あっという間に復旧されるんだけど、ちっこい市道やなんかは半年以上放置されることがざらにあるんだ……。
それに問題になってるのは居着いてる魔獣。アイツが居なくなれば復旧工事自体は村人達でなんとか出来るような話だったし『魔獣が居なくなるまで待てばよかろう』くらいに思って敢えて放置しているのかもしれないな。
確かにそのうち居なくなるかもしれないよ、けどさ、生きていればまた同じ場所に戻ってくる可能性だってあるはずだ。
しかも相手は動物では無く魔獣。大きさも力も圧倒的な存在なんだ、お気に入りのヌタ場が片付けられて無くなっていると知れば、土砂崩れを起こして復元しちゃう事だってあるかもしれない。
そもそも、その土砂崩れを起こしたのがイノシシ型の魔獣なのかもしれないじゃん。再発するリスクは潰すに限る。ここはやはりどうにかして討伐しておきたいな。
「よし。では明日は現場の調査だ。良いか? あくまでも調査だからな、マシュー。魔獣を見かけても手は出さず遠くから観察すること! いいな?」
「わかったよ。わかってるって! 習性を確認するんだよな?」
「ああ、習性から行動パターン……どの時間帯にどの方向から来て何処へ行くのかそれをまずは知る事からだ。
行動パターンを得られたら、それを元に改めて作戦会議を行い、討伐方法を考える。
それが済んではじめて討伐の用意に取り掛かる事になるけれど、場合によっては罠も考えるし、村に動ける機兵がいれば協力して貰いたいと考えている」
「ああ? 村の機兵に強力を頼む? そんな事しなくたって別にあたい達だけでも……」
不満そうな顔で反論するマシューを優しく窘める。
「バステリオンは確かに強大な敵だったし、それを打ち破ったのはお前達二人の頑張りがあってこそだ。でも覚えているか? あの時戦ったのはけして二人だけでは無かったことを。ジンの援護射撃が無かったら今こうやってここで話せてなかった、それは理解しているか?」
「そうだった……じっちゃん達の協力があってこその勝利だった……」
「うんうん、それに油断してるとさ……洞窟のアレみたいなことがまた……」
「わ、わかったから! やめろレニー! その話はやめるんだ! お前だって辛かっただろ!」
「うう……言わなきゃ良かった……」
「わたくしは事後しか見ていませんけれど……アレはアレで……うう……」
悔やみの洞窟、立ち直ったとばかり思っていたが……その呪いはまだ続いていたようだな……。
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