4章 街道のヌシ

第七十三話 旅の打ち合わせ

 リックのところへ戻った俺達は事の顛末を説明した。


 ……とはいっても、殆どギルドに報告したことと変わらないけどね。


 リックは身内だからGやゴーレムについてはきちんと報告したけれど、ウロボロスについては報告せずに伏せておいたよ。


 別に機密がどうのって話じゃないんだ。

 ウロボロスの件はまだ俺の推測でしかない……その、もしもだよ? 俺の予想が外れていたら……かっこわるいじゃん……。

 

『俺の僚機と思われる存在を確認した!』『おおそうか! 次に会うのが楽しみだな!』

 なんて話しててさ、『俺の勘違いでしたー!』ってなったら……次にリックと会うときになんかこう……気まずいじゃん。

 

 あれっきりウロボロスの二人は黙ったままでさ、何も追加情報を引き出せてないし、現時点のあいまいな情報では『確実に僚機だこいつ!』なんて確信を持てないんだよね。


 それになにより、もしも本当に俺の僚機だった場合。


 ちょっとしたサプライズとして見せてやったほうが……リックは喜ぶだろう? 

 オルトロスの時みたいにさ、きっと喜びすぎて目を回すに違いないよ。

 ふふふ、楽しみだなあ……。



 そんな俺のたくらみを知らないリックはしばらくの間、マシューと二人でゴーレムネタで盛り上がっていたんだけど、話が一段落してルナーサの話題が出た瞬間、はっと何かを思い出すような顔をして――

 

「あーあーあー! そうだそうだ! お前らルナーサに行くんだったな! 

 わりい、マシュー話の続きはまた今度だ。俺は作業に戻らせてもらうよ。

 カイザー、つーわけで俺はアレを明日渡せる様に頑張るからよ、これで引っ込ませてもらうぜ。お前らもさっさと寝るんだぞー』


 ――と、言い残してまた工房に潜り込んでしまった。そうだ、リックと言う人はこういう人だった……。


 寝ろって言われてもまだまだ早い時間だよ。

 もう少し古代の格納庫の話とか、周辺の遺跡の話とかで盛り上がる予定だったんだけど、リックにスイッチが入ってしまったのなら仕方がない。


 うーん……かといって外に遊びに行くような時間でもないし……ああそうか、打ち合わせしなきゃ。

 

 危ない危ない、忘れていたよ。まーたスミレに叱られちゃうところだったね。


「さて、時間が出来たので……今のうちに旅支度について話し合おうか」

「あ! そうですね。さっすがカイザーさん! 私忘れてましたよー」

「ははは……全くレニーらしいなあ……さて、明日は早速資材調達をしようとおもうのだけれども、ミシェル、何か意見はあるかい?」

「そうですわね……街道沿いにはいくつか街や村がありますし……洞窟用に買った資材はカイザーさんの便利なカバンに傷まず保存できてますのよね? だったら仕入れは足りない物を買う程度で良いかもしれませんわ」


「ああ、確かにそうだね。よーし、じゃあさ、明日は休暇みたいなもんだと思ってさ、みんなでのんびりブラブラとしながら思いついたものを買う日にしたらいいよ。気楽にやった方が案外良い買い物できたりするしね」

「お! いいねそれ! たまには良いこと言うよね、カイザーは」

「一言余計だよ? そんな事言うからカイザーさんに叱られるんだよ、マシューはさ」

「うふふ、でも本当に良い案ですわね。あちらこちら見て歩けば、足りないものを思い出せると思いますし、あれこれ決めてかかるより良い結果になりそうですわ」

   

 紅の洞窟攻略のため調達した食料は、想定外の事態を考慮して10日分を用意した。

 そのうち、実際に消費したのは4日分なので残りは6日分……いや、何やらおまけで色々貰っていたみたいだから、実際のところはそれ以上ありそうだったな。

 

 俺達には設定資料に忠実な『入れたときと同じ状態で取り出せる便利なバックパック』がついている。


 出来立てのラーメンを入れればアツアツのまま維持され、買いたてのアイスを入れれば、カチコチのまま維持される。

 中に入れた物は時流の影響をうけなくなるから、どれだけ時間が経っても傷まないどころか、元の状態から変化することがない。

 

 食材でも料理でも、余らせたら余らせたで問題なく次回に持ち越せるから良い節約になるよね。


 作中では主人公が食べてる途中のカップラーメンをポイッと入れたり、仲間の……誰かがアイスクリームを入れたりと……ああ、また少し原作の事を思い出せるようになったぞ。


 そうだ、今みたいにさ、みんなが便利な食料庫呼ばわりするものだから、原作カイザーがブチブチと文句を言ってたっけなあ……。


 すまない、原作のカイザー……こっちのカイザーはむしろその使い方を推奨してありがたく使わせてもらってるよ。


 いやあ、本当にすまない……だって便利なんだもん……。


 なんだか久々にぼんやりと原作の記憶を思い浮かべていたけれど、女子達がきゃっきゃと明日の予定について話し合う声で意識を戻された。


 話題に耳を傾ければジャンク屋がどうとか、カフェがどうとか……やっぱり店に入れないのは悔しいなあ。楽しそうに話しているのを聞いてると羨ましくおもっちゃう。

 

 この身体は神様にお願いをして手に入れただけあって、かなり気に入ってるんだけど……普通の人間として転生したわけじゃないから、せっかくの異世界生活を存分に味わうことが出来ないんだよな。


 殆どの建物には入れないし、街の人とも気軽に話せない。

 そしてなによりごはんが食べられないってのは痛い。


そして、レニー達を見て羨ましそうにしているのは俺だけじゃない。


 ――スミレもなんだ。


 元々『楽しそうですね』なんて、羨ましげに言うことはあったのだけれども、ウロボロスとの邂逅を果たした後はそれが顕著になった。

 

「スミレもウロボロスのように何か小さいものにバックアップを移して行動したいと思うかい?」

『私はいつも貴方と共に……と、言いたいところですが、正直なところあれはずるいですね……私もレニーと一緒に女子会に混じり、カイザーを羨ましがらせたりしたいです』

「君って奴ぁ……」

『冗談ですよ』

 

 スミレの年齢設定がいくつだったのかは思い出せないけれど、彼女だって女の子だ。

 冗談だとは言っていたけれど、それこそレニー達と女子会に行きたいと思っているのは本当なんだと思う。

 まして、彼女は日々成長するAIだ。レニー達と共に過ごすようになってから、以前にまして人間臭い思考をするようになったと思うんだ。


 データの欠損によりあまり思い出せないけれど、恐らく作中でも話数が進むにつれそういった成長がみられる演出があったと思う……いや、あったんだ。

 

 ただ、作中のスミレはもっとこう……AIらしいというかさ、序盤は音声アシスタントに毛が生えただけのような存在だったんだよ。

 

 それが話数を重ねるごとに徐々に人間臭くなっていったんだけど……それを考えるとうちのスミレさんは原作のスミレとはやっぱりちょっと違うよなあ。

 

 最初から結構ペラペラとおしゃべりしていたし、皮肉もがっつり言っていたし。

 より高性能と言ったら良いのか、口うるさいと言ったら良いのか……。


 これもまた、俺が寂しくないように神様がやってくれたサービスってやつなのかもしれないな。


『ああ……しかし、そうですね。私も小さな身体を持ってレニーと同行出来れば……。

 この世界のデータを仔細に収集出来るのにと、時折考えてしまいますね。

 レニー達がもう少し賢ければそれでいいんですけどね。あの子達はあの子達だから……』


 まったくスミレらしいと言ったら良いのか……でも、データ収集って業務上必要だっていうのも在るだろうけど、ある意味スミレの趣味と言ってもいいからなあ、あれ。

 何か新しい事実がわかるたびに、上機嫌で調べたり整理したりしているし。データベスに日々増えていく異世界情報を眺めて悦に浸っているのも……実は知ってるんだぜ。


 俺越しに得られるデータだけじゃあなくて、直に自分の目で見て耳で聞いて調査ができるようになれば、きっとスミレは今以上に楽しい日々を過ごせるようになるだろうね。


 今の俺にはどうすればそれが叶うのかわからないけれど……それはいつか叶えてあげたいなあ。


「ああそうだ、明日はオルトロスも置いていってほしいんだ。さっきの話からすれば今回は荷物持ちが要らないだろう? だったらちょっとオルトロスを貸してほしいんだ」


「ええー、あたいも徒歩かよお……まあいっか、みんな徒歩なら逆に移動しやすい場合もあるしな」

「あちこち適当に入るんだから、そっちの方が楽だよ」

「ですわね。せっかくの街歩きなのですから、身軽に行きましょう」

 

 そう、明日はオルトロスに用事がある。


 リックが張り切って頼んでおいた例のアレを明日までに仕上げるようだからね。

 旅の間、何が起こるかわからないし、折角の新装備はきちんと調整しておきたい。

 本当はパイロットのマシューにも立ち会って欲しいんだけど……こうしてのんびり出来る時は女の子としての時間を大切にしてもらいたいんだ。


 マシューのことだからオルトロスの調整をするから置いてけーなんて言ったらさ、きっと向こうを断って残ろうとするだろう? だから彼女には内緒にしておいた。

 

 むさ苦しいおっさんどもに囲まれて育ったマシューだよ? 同世代の女の子たちとのんびり過ごす時間ってのは何に変えても大切な時間なのさ。 

 

 レニーだけだとアレだけど……今は女の子of女の子とも言えるミシェルが居るんだ、ここは遊びに行かせておっさん達からは学べなかったいろいろな部分をどんどん吸収させてあげないとね。


 ……いやほんとさ、というものはかけがえのないものだからね……。


 しかし買い物なー。本当は地図が欲しいところだけれども……今回はろくに狩りをしなかったから資金がね。

 

 大抵の場合、この手の世界じゃ地図って高いし貴重だったりするからな。本の事情を思い返してみれば、金貨1枚じゃ済まなそうだし、民間人が買えるようなものは高い上に大雑把だーとかさ、あるあるだよねえ。


 でも、やっぱりいつかは手に入れたいよね。


 ルナーサは商人の街だし、地図となればここより良いものがあるかもしれない。

 旅の間、少しだけ寄り道をして資金調達の狩りをするのも……悪くないかもしれないな。


 となれば……移動時間の目安を聞いておいたほうが良いね。

  

「ミシェル、ルナーサからここまでどれくらいの時間がかかったんだい?」


「そうですわね……休憩を入れて……20日くらいといったところですわ。馬を休ませながらの移動でしたし、旧ボルツ領側は荒れ放題で街道が使い物になりませんし……中央ルートを使った遠回りでしたので、当初より大分時間がかかってしまいましたわ」


 ボルツ……ちらっと名前は聞いたことがあるな。ガンガレアと連合を組んだ国だったか。戦後ほったらかしになったのか? ううむ、地図や歴史書が欲しい、というか衛星ぶち上げてGPS機能を使えるようにしたい……。


「20日か。俺達ならばもう少し早く到着することも出来るが、それくらいの予定でのんびり向かってもいいかな? 場合によっては途中で少し狩りをして資金調達もしたいしさ」


「ええ、かまいませんわ。宝珠が手に入りましたし、帰りはそこまで急ぎませんので」


 ということは恐らく一ヶ月以上はフォレムを開けることになるんだよね……。

 俺は良いけど、パイロットの二人にはきちんと周りに伝えさせておかないといけないな。


「レニー、結構長くフォレムをあける事になるんだ、ちゃんと知り合いに話しておくんだぞ。マシューもジンに伝えられるなら伝えたほうがいいんじゃないか?」

「あたい? あたいはいいよ。どうせ暫くお前らに同行して帰らないって思ってんだから。

 どうせ帰るならさ、ルナーサ土産でも持ってって驚かしてやるさ」

「あたしはそうですね、おっちゃんとかシェリーさんとか……あとは街の人達にちょっと伝えるくらいかな」


「マシューはしょうがないやつだな……まあ、そういうことなら良いさ。じゃあ、レニー。その辺り、忘れずに済ませておくんだぞ。きっとみんな心配しちゃうだろうからな」

「わかりましたってば! もー、あたしだってその辺はちゃんとしてますよ!」

『でも、レニー。カイザーが言わなかったら黙って出ていったのでしょう?』

「う……」

  

 ……初めての国越え大遠征だ。諸々含めてしっかり準備しなくちゃね。

 

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