第七一話 悔やみの洞窟 達成報告
翌朝、いつもより少しだけ寝坊した我々は『仕方ないよね』と、互いに昨日の疲れを労って、ゆっくりとした足並みでフォレムへと向かった。
ベタベタな賊の登場や、ユニーク魔獣の乱入等の妙な突発イベントが発生する事も無く。
ゆっくりとした出発ではあったけれど、明るい内にフォレムに帰り着くことができた。
「じゃ、カイザーさん。私たちは報告とルナーサまでの護衛依頼の受託してきますね」
疲れた顔をしたレニーたちがギルドに入っていく。今回からはインカムがあるため内部の状況がわかり、意思の疎通も可能だ。何かあってもこちらからスムーズに指示ができるようになったし、今後は仕事がやりやすくなるね。
栗色のボブカットで愛嬌がある顔をした猫系獣人の職員が手を振っている。彼女が噂のシェリーかな?
こうしてこれまで名前と声しか知らなかった人たちの姿も見えるようになって、疎外感がぐっとなくなったなあ。これはほんと素直に嬉しいや。
「おかえりー! すっごいとこ行ったから心配してたんだよー。やっぱ無理だったよね、仕方ないよ。大丈夫? 悔やんでない? 元気そうだけど良いのよ? 無理しなくても。相談ならいつでも乗るし、なんなら今日は早退して一緒にご飯に行っても……あ、それにね? 依頼主さんが依頼失敗の罰金を指定して無かったからさ、例え失敗しても平気よ。うんうん、これにこりたら次はもっと簡単な依頼から……」
「い、いえ! あの! シェリーさん! これ、依頼達成の書類です!」
ザワっと周囲が声を上げたのが聞こえた。
過剰なまでにレニーを慰めに掛かっていた職員の反応からしてそうなのだろうと思ったけれど……誰も達成して帰ってくるとは思わなかったのだろうね。
まあ、あの洞窟じゃあね……女の子パーティーだし、なおさら……ね。
「え? 悔やみの洞窟……の……最深部まで行ってきた……の……?」
「はい、それで依頼者さんとお話をしまして、この後も継続してルナーサまでの護衛依頼を受けることになったのですが……」
周囲のざわめきが大きくなった。「マジかよ、あの洞窟を?」「おいおい、女の子がアレを抜けたのか?」「いや、アレよりあのヤベエ奴が……」等々、それぞれ何を思い出して何を言っているのか想像がたやすい。
「え、えっと……レニーも悔やみの洞窟についての噂は知ってるよね? そこの最深部まで辿り着いて生還、しかも特に怪我など無いと……ねえ、これがどういう事かわかる?」
「う、運が良かった……のかな? あはは…」
「あははじゃないですよ! レニー達は今まで誰も達成できなかった洞窟踏破を果たしたんですよ? 一切の情報が残されていない悔やみの洞窟、その情報はギルドとして見逃せないのよ!」
おっともしかするとこれはまずいぞ。面倒な事になる前にちょっと打ち合わせをしよう。
「レニー、聞こえているな? あたり障りが無い適当な話をして洞窟の説明を待たせておけ。ミシェルと打ち合わせするから」
俺としては洞窟内に残してきたゴーレムを他のハンターやトレジャーハンター達の目に触れさせたくはない。一応ある程度の隠ぺい工作はしてきたけれど、勘のいい奴なら見つけてしまうだろうし。
そしてミシェル的にあの洞窟の正体を知られるのはどうなのか、そのあたりの摺合せも必要だ。というかこれは昨夜話し合っておくべきだったな……失敗した。
「ミシェル、話は聞いていたな? どうやら洞窟の詳細を開示する必要があるようだが、どのくらいの情報まで開示して良いか教えてくれないか?」
レニーがミシェルの方を向いたのか、何か考えている様子の表情が視界に入る。間もなく、ボソボソと周囲に聞こえないくらいの声で応答が入った。
「そうですわね、当家の所有物だ、というのは開示して結構です。今まで開示していなかったのは無駄にそれをした場合、噂を聞きつけたものが今以上に探索に向かっていただろうというのが理由です。
しかし、既に重要な物、祀られていた宝珠は回収しましたので、今となっては物好きに侵入されても困りませんし、それでも入るものは罰することもできますわね」
なるほど、そういう事であれば……
「ありがとう。俺としては残してきたゴーレムが気がかりでな。ミシェルの家の所有物だという事を報告しつつ、再度行くのは遠慮したいレベルで苦戦すると報告してもらおうと思うんだが」
「それでいいですわ。そうですわね……当家の名前……しかたないですわね……早いか遅いかの話ですし」
と、ミシェルがレニーに割って入り職員と対峙するのが見えた。なるほどミシェルが自ら説明をするのか。当事者というか、持ち主が話したほうが良いだろうし、いい選択だね。
あれ、そういやマシューが静か……立ったまま寝てるぞこいつ……。
「係員さん、あの洞窟については私から説明させていただきますわ」
「あなたはミシェルさん……でしたね。貴方の護衛任務ということでしたし、状況もレニー達と共に見ていたのでしょう。構いませんよ。レニーも何か補足することがあったら言ってね」
ミシェルとレニーに椅子に座るよう促して長期戦の体勢を取っている。こんな所で話さないで会議室で話せばいいものをと思うが、おそらくこれはわざとだろうな。
洞窟の情報をあえて周囲に漏らし、危険なら危険であること、何もなければそうであることを噂として広めさせる目的がありそうだ。
情報漏えいは本来であればあまり褒められた行為ではないけれど、噂の的である悔やみの洞窟だから仕方あるまい。
「まず、皆様が悔やみの洞窟と呼んでいる場所は当家……ルストニア家が代々管理する「紅の洞窟」というのが本当の名前ですの」
「ル、ルストニア家ー?」
レニーが驚愕の声を上げている。係員を含め周囲もまたざわめいているが、その半数が良くわかっていない感じである。ハンターとはいえもう少し歴史の勉強をした方がいいだろうな。
やはりミシェルはルストニアの末裔だったか。今までの情報からしてそうであろうと思っていたよ。
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